あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第二章 ―― 紅い血の刻印

【033】おまじないと夢

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「それじゃあ、行ってくるよ」

 馬車を降りるとき、礼人はじっと桜子を見た。そして桜子の髪のリボンに触れる。

「似合ってる」
「っ、それは礼人様が選んでくれたから……」
「桜子さんに似合うようにと選んだんだよ。今日は、気をつけてね」

 それから真剣な面持ちをして、礼人は馬車を降りていった。走り出した車内で、桜子は、今日の放課後おまじないの紙を試す手順を考える。血は、裁縫道具の針を使って垂らすことに決めていた。

 そわそわしながら放課後を待つ。いつもは美味だと感じるお弁当の味がよくわからない。自発的な行動というのを、桜子は過去、あまりしたことが無かった。それが、許されなかったからだ。けれど今回は助けになりたいという想いが強くて、何もせずにはいられなかった。

 こうして放課後が訪れた。
 一人きりになった教室で、半紙を取り出す。そして紙に筆で六芒星を書いた。その際少し困った。願い事をしなければならないからだ。今、自分には分不相応なくらいの幸せが与えられているから、これ以上に欲しいものは思いつかない。唯一が、舞子の早い回復だった。だから、心の中で、『舞子さんが早く元気になりますように』と念じる。最後に血を垂らし、紙を折って図書室へと向かった。おまじないの紙を挟む本は、自分の好きな本ならばなんでもよいらしい。少し悩んだ末、桜子は英語の詩の本に紙を挟んだ。恋の詩が綴られている本だ。先日礼人が授業中に質問されていた本である。タイトルは、『月が綺麗ですね』だ。

 その後帰宅すると、馬車に乗りこんだとき、すでにそこには礼人がいた。

「礼人様」

 険しい表情の礼人は、それから怜悧な眼差しを桜子へと向ける。

「なにかかわったことは?」
「今のところは」
「――親指。手当てしていないみたいだけど?」
「こ、このくらいは……」
「ダメだよ」

 走り出した馬車の中で、大げさに礼人が親指に、常備してある包帯を巻く。大事にされているのが伝わってくる。

「あとは、夜だけど。もし実体があるようなら、四峰家で確保する。無いようならば、明日張り込む」
「は、はい!」
「どんな夢を見たか、どちらにしろ明日の朝には教えてもらうよ」
「はい!」

 そんなやりとりをしながら、二人で帰宅した。
 夕食のカツレツを食べてから、湯で体を清めた後、軽装で桜子は寝台に入った。寝付けないかもしない。ドキドキしている。わずかな怖さと――不謹慎だが好奇心。そんな状態でいたというのに、十二時の鐘の音を聞いた直後、不意に意識が曖昧になった。瞼が重くなり、自分が眠っていくのだと分かる。堕ちていくような感覚だった。それが終わると、目の前に黒い洋装の外套を纏った長身の青年が立っていることに気がついた。ただ首から上は見えない。白い手袋を嵌めた手が、そっと紙を差し出す。

『願いを叶えたかったら、東階段を上がって。そして二階を通って図書室へと来るように』

 受け取って一瞥すると、光の粒子になって紙は消えた。
 直後――ハッとして桜子は目を開けた。夢……?
 ほぼ同時に、ドアが開いて礼人が入ってくる。

「桜子さん、大丈夫?」
「あ、礼人様、夢を見ました……」
「そう。気分は? 具合は?」
「私は大丈夫です」

 桜子が答えると、安堵したように礼人が大きく息を吐いた。
 それから部屋の灯りをつけて、詩乃が持ってきてくれた温かなホットワインを受け取る。

「そう。六角の話と同じだな。実体は無かったけど、結界にも反応があった点も含めて」

 頷きながら桜子の話を聞いた礼人は、それから小さく首を傾げて、改めて桜子を見た。

「明日は、その夢の通りにしてもらうことになる」
「はい」
「けれど、絶対に無理はしないと約束してほしい」
「わかっています」

 そのようにして、夜が次第に更けていった。


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