婚約破棄を求められました。私は嬉しいですが、貴方はそれでいいのですね?

ゆるり

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厄介な神を惹きつけたものね

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「それで、まずどうするつもりなのかしら」
「まずはあの少女ですね」

 アリシエラが問うと、ラグノニオスが書類を取り出した。

「アンジェ・ルコット。ルコット男爵の娘ですが、メイドとの間に出来た庶子です。容貌が美しかったので、男爵に利益ある相手に嫁がせようとしていたようですね。……ルコット男爵が選んだのはブルダン商会の商会長のようです」
「ブルダン商会の商会長と言えば、お歳が―――」
「当年69歳」
「……お元気ね」
「はしたないですよ、アリシエラ」
「あら、私は、69歳でも現役でお仕事しているのを元気と評したのよ」
「そうでしたか、私の勘違いですかね」

 アリシエラとラグノニオスが意味深な笑みを交わす。それを見たフランベルツが首を傾げた。

「違う意味があるのか?」
「……いえ、忘れてくださいな」
「ええ、フランベルツ様が知らなくても良いことです」

 69歳はこの国では既に老齢だ。普通にしていれば、孫どころかひ孫がいる。そんな男が若く美しい女性を娶るとなれば、誰もが思うだろう。下の方も元気ですね、と。下品なのでフランベルツに説明したくない。とりあえず咳払いをして雰囲気を変える。

「……それで、彼女はどうでしたか。舞踏会にいたのでしょう?」
「ええ。エドワード殿下に連れられていたわ」
「あれは確かに転換点だったな」

 フランベルツが言う。転換点とは、世界の流れを変える存在だ。

「全く運命神アグノアティスも困ったものだ」

 今回の騒動は、神とそれに近い者達から見ると、ほとんどが神のお遊びの結果なのだと知っていた。

 運命神アグノアティスは人の運命を司る。ある時、アグノアティスは1人の少女を偶然見て衝撃を受けた。その魂が惨いほどに歪んでいたのである。
 その理由を知るために少女の頭の中をのぞくと、面白いことが分かった。その少女は異世界からこぼれ落ちてきた魂を持っていたのだ。そして、この世界を乙女ゲームの世界だと思い込んでいた。自身の名前や環境が、前世で遊んだゲームと酷似していたからだ。
 ゲームの内容も読み取ったアグノアティスは、その奇妙な一致に首を傾げたが、すぐに違うことを思い付いた。それは、その少女の思う通りに展開させてみたら面白いのではないかということだ。
 そしてこの世界に神の力をかけた。


「アリシエラには私の強い加護があるから何も影響はなかった筈だが、信心が浅い者ほど影響を受けただろうな」
「……私が聖女だということを忘れるくらいに?」
「そうだろうな。王族も一部の貴族も、すっかりアグノアティスに認識を制限されていたようだ」

 ゲームの中では、悪役令嬢とされる者は聖女ではなかった。公爵令嬢で第一王子の婚約者という立場だけだったのだ。悪役令嬢は嫉妬から婚約者の最愛の女性を妬み、苛め、殺そうとする。それにより処刑されてしまうのだとか。

 アリシエラからすると、まず婚約者がいるのに他の女性を寵愛する方が駄目じゃないかと思う。せめて結婚してから妾妃として迎えれば良いのではと。

「あれの周りではゲームと同じように展開が進んだようだぞ」
「私はいなかったですけどね」
「でも、ちゃんと彼女を苛める人もいたようですよ」

 アグノアティスは力をかけたが、人が本当に望むことを曲げるほど強いものではなかった。
 エドワード達がアリシエラよりアンジェを寵愛したのは本人の意思であるし、聖女を忘れたのはアリシエラを疎んでいたからだ。


 
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