婚約破棄を求められました。私は嬉しいですが、貴方はそれでいいのですね?

ゆるり

文字の大きさ
10 / 17

アンジェ:私は恐ろしいの

しおりを挟む
 エドワードのもとを訪ねたアンジェは、切々と被害を訴えた。ゲームの中では苛めで死ぬことはなかったが、この世界でもそうかは分からない。事実、アンジェは命の危機を感じていた。

「エドワード様、もう耐えられないのです……。今日は階段で後ろから背を押されました……」
「なんと!怪我はないか?」
「いえ、何とか手すりを掴めたので大丈夫でした。でも、またいつ命を狙われてしまうかと考えたら怖いのです……」

 エドワードが優しくアンジェを抱きしめた。その慣れた胸元にすがりつく。

「誰がしたのだ」
「……ポートマス公爵令嬢だと思うのです。暗紫色のドレスを着ていて」
「顔は見たか?さすがに責任をとらせるには、アンジェがアリシエラから殺されそうになったときちんと証言することが必要だ。あれでも公爵令嬢だからな」

 アンジェは顔を見ていない。でも、証言しなければ今後も命の危機を味わい続けることになる。

「……顔を見ました。あの方は、ポートマス公爵令嬢です」

 アンジェは嘘をついた。そうすれば、エドワード達がちゃんと証拠を見つけてくれると思ったのだ。ゲームの中ではそうだったのだから。

「分かった。俺はアリシエラとの婚約を破棄して、あいつを断罪する。そうしたら、アンジェは俺と結婚してくれるか」
「……私には婚約者が」
「そんなものはどうとでもなる。たかが商人のジジイだろう」
「……本当に、エドワード様が何とかしてくださるのですか?」
「当然だ。愛しいアンジェ。俺と結婚してくれ」

 跪いてアンジェの片手を握り、真摯に見上げてくるエドワードにアンジェの胸が高鳴った。ちょっと展開を巻いて進めてしまった気がするが、これでアンジェは幸せになれるのだ。

「はい。エドワード様、私でよろしければ」
「ああ、アンジェ、愛しているよ」
「……エドワード様、ずっとお慕いしていました」

 アンジェはエドワードに抱きしめられて、幸福の絶頂を味わった。

 エドワードは3日後にアンジェに断罪の舞台を教えてくれた。王主催の舞踏会にてアリシエラに婚約破棄をつきつけ、殺人未遂の罪を断罪するのだという。ゲームより時期がずれてしまったが仕方ない。卒業式はまだ少し先だ。幸い、アンジェは既に社交界デビューを済ませていたから参加できる。





 その舞踏会でのことはあまり覚えていない。エドワードに金に煌めくドレスを送られて、少し眩しいなと思いながらも、喜んで彼の瞳の色のドレスを纏った。これで、アンジェはエドワードのパートナーだと見なされるだろう。フレドリックとバカモンドもアンジェとエドワードの援護をしてくれると約束してくれていた。

 そして、何が起こったのだろうか。いつの間にか、アンジェはエドワード達と共に貴族達から冷たい視線を向けられていた。断罪した筈のアリシエラは、堂々とした態度で王達と対峙し、自らの正当性を勝ち取り優美に去っていった。美しい人だった。……アンジェが1度も見たことがない人だった。彼女は、誰かを苛めるような人に見えなかった。

「アンジェ、見たんだろう……。アリシエラが、君を階段から突き落とそうとしたんだろう……?」

 エドワードの縋る様な眼差しに耐えきれず、視線を逸らした。エドワード達は、アンジェの証言以外の証拠を探すこともしていなかったのか。
 今まで輝かしく思っていたものが、急に色褪せて見えた。アンジェは何をしてきたのだろう。何を信じてきたのだろう。




 1人、全てが閉ざされた部屋にいる。そこは王城の1室だった。家に帰ることは許されず、騎士に連れられてアンジェはここに閉じ込められた。
 鉄柵のある窓の向こうに見える空は、不思議といつもより青く見えた。アンジェは初めてこの世界の本当の空を見た気がした。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

婚約破棄が私を笑顔にした

夜月翠雨
恋愛
「カトリーヌ・シャロン! 本日をもって婚約を破棄する!」 学園の教室で婚約者であるフランシスの滑稽な姿にカトリーヌは笑いをこらえるので必死だった。 そこに聖女であるアメリアがやってくる。 フランシスの瞳は彼女に釘付けだった。 彼女と出会ったことでカトリーヌの運命は大きく変わってしまう。 短編を小分けにして投稿しています。よろしくお願いします。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

私を裁いたその口で、今さら赦しを乞うのですか?

榛乃
恋愛
「貴様には、王都からの追放を命ずる」 “偽物の聖女”と断じられ、神の声を騙った“魔女”として断罪されたリディア。 地位も居場所も、婚約者さえも奪われ、更には信じていた神にすら見放された彼女に、人々は罵声と憎悪を浴びせる。 終わりのない逃避の果て、彼女は廃墟同然と化した礼拝堂へ辿り着く。 そこにいたのは、嘗て病から自分を救ってくれた、主神・ルシエルだった。 けれど再会した彼は、リディアを冷たく突き放す。 「“本物の聖女”なら、神に無条件で溺愛されるとでも思っていたのか」 全てを失った聖女と、過去に傷を抱えた神。 すれ違い、衝突しながらも、やがて少しずつ心を通わせていく―― これは、哀しみの果てに辿り着いたふたりが、やさしい愛に救われるまでの物語。

お前との婚約は、ここで破棄する!

ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

堅実に働いてきた私を無能と切り捨てたのはあなた達ではありませんか。

木山楽斗
恋愛
聖女であるクレメリアは、謙虚な性格をしていた。 彼女は、自らの成果を誇示することもなく、淡々と仕事をこなしていたのだ。 そんな彼女を新たに国王となったアズガルトは軽んじていた。 彼女の能力は大したことはなく、何も成し遂げられない。そう判断して、彼はクレメリアをクビにした。 しかし、彼はすぐに実感することになる。クレメリアがどれ程重要だったのかを。彼女がいたからこそ、王国は成り立っていたのだ。 だが、気付いた時には既に遅かった。クレメリアは既に隣国に移っており、アズガルトからの要請など届かなかったのだ。

本当の聖女が見つかったので私はお役御免だそうです

神々廻
恋愛
この国では聖女を探すべく年頃になると、国中の女聖女であるかのテストを受けることのなっていた。 「貴方は選ばれし、我が国の聖女でございます。これから国のため、国民のために我々をお導き下さい」 大神官が何を言っているのか分からなかった。しかし、理解出来たのは私を見る目がまるで神を見るかのような眼差しを向けていた。 その日、私の生活は一変した。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

処理中です...