7 / 7
7
しおりを挟む
腕の中の愛しい存在を強く抱きしめる。彼女のぬくもりを感じて安心すると同時に、もう2度と失わないように大切に守っていこうと心に誓った。リーンは前世のことを詳しく思い出してはいないらしい。そのままでいい。俺たちは今この時を生きているのだから。思い出す必要がないくらい今で満たそう。前世のことなんて俺だけが知っていればいい。
貧しさは人の心の余裕を失わせる。「あの家のせいで…」「あの男が憎い…」幼い頃からそう聞かされ続ければ、両親がいつも怒っているのも、お腹がすいてどうしようもないのも、何もかもその男のせいだと思い込んで育つ。いつか自分たちと同じように全てを奪ってやる。復讐心を支えに成り上がり、巨万の富を得た。
あの男を恨むものは多い。共謀して没落に追い込むことなど容易かった。そこで止めておけばよかった。どうして彼女に近付いてしまったのか。彼女はあの男の悪事には何一つ関わっていないのに。憎しみに目がくらみ、復讐の境界線を見誤った。僕も、僕の仲間たちも。
人の心がないような男でも大切なものがあるらしい。溺愛しているという1人娘がいた。何不自由なく生きていたところに起きた突然の悲劇。弱っている彼女に近付き、援助の申し出をすればすぐに靡くかと思えばそうはいかなかった。
「ありがたいお話ですが、援助していただく理由がありませんわ」
自分の手で没落させておいて、助ける理由なんてない。ここで引いておくべきだった。どうしようもなく困っているはずなのに、それを感じさせないよう気丈にふるまい、まっすぐこちらを見つめる瞳が忘れられず何度も彼女の元を訪れた。給金のいい仕事を紹介し、衣食住を保障した。
「あなたにはもらってばかりで…何も返せるものがないわ」
逢瀬を繰り返すたびに、自分に向けられる好意を感じるのに付き合おうと告げれば何度も固辞された。あの男の大切な娘を弄んで、幸せの絶頂のタイミングで捨てるという企み。彼女に関してだけは計画通りに運んでくれない。それでも熱心に思いを伝えていくうちに、僕たちは恋人同士になった。
一緒に過ごす時間が増え、将来についての話をする頃には彼女は僕の家で暮らすようになっていた。復讐という目的の元に集まった仲間たちが、それをどんな思いで見ていたかに気付きもせずに。
体調がすぐれないらしい彼女のもとへ向かうと、青褪めた顔でベッドに腰掛けていた。世話をするようにつけていた使用人に目を向けると顔を背けられる。何かがおかしい。ふと彼女の足元に瓶が転がっているのが見えた。どうしてこの薬が…。
「あなたは…お父様をうら…で」
僕が到着する前に事情を聞いたのだろう。動揺のあまり言い訳じみた言葉が口からこぼれるが、彼女に届いているかは分からない。
「私のことは忘れて幸せに生きて」
隠してあったはずの銃を手にして彼女は微笑む。止めるために彼女に駈け寄るも間に合わず、銃声が部屋に響く。
「医者を呼べ、今すぐに」
彼女の体温がみるみるうちに失われていく。それが少しでも遅くなるようにと強く抱きしめた。どうして今気が付いた。復讐のために近付いておきながら、なかなか手放せなかった理由を。会うたびに感じる鼓動の速さは、彼女から目が離せないのは、今こんなに胸が苦しくて辛いのは―――
彼女の死後、自分たちのような者が現れないように、教育環境の整備や雇用の確保、金銭的援助などに持てる財産の全てを費やした。世間からの評価は得られたが、何も嬉しくなかった。ただ、彼女の分まで生きなければと思った。誰かの為に生きた彼女の為に。
―――意識が薄れていくのを感じる。
今までの出来事が脳内を駆け巡る。そこに、彼女の姿はない。最後くらい出てきてくれてもいいじゃないか。…いや違う。今までずっと思ってきたんだ。だから思い出す必要がないんだ。
君のいない人生は幸せだったと言えないが、君を思いながら過ごす日々は悪いものでもなかった。
「―――」
誰かが僕の名前を呼んでいる。
愛を誓い合ったあの丘で、彼女がこちらを向いて手を差し伸べてくる。どうやらお迎えにきてくれたようだ。
ずっと見たかった、あの柔らかな微笑みを浮かべて―――
僕はそっと目を閉じた。
走馬灯に君はいない・完
貧しさは人の心の余裕を失わせる。「あの家のせいで…」「あの男が憎い…」幼い頃からそう聞かされ続ければ、両親がいつも怒っているのも、お腹がすいてどうしようもないのも、何もかもその男のせいだと思い込んで育つ。いつか自分たちと同じように全てを奪ってやる。復讐心を支えに成り上がり、巨万の富を得た。
あの男を恨むものは多い。共謀して没落に追い込むことなど容易かった。そこで止めておけばよかった。どうして彼女に近付いてしまったのか。彼女はあの男の悪事には何一つ関わっていないのに。憎しみに目がくらみ、復讐の境界線を見誤った。僕も、僕の仲間たちも。
人の心がないような男でも大切なものがあるらしい。溺愛しているという1人娘がいた。何不自由なく生きていたところに起きた突然の悲劇。弱っている彼女に近付き、援助の申し出をすればすぐに靡くかと思えばそうはいかなかった。
「ありがたいお話ですが、援助していただく理由がありませんわ」
自分の手で没落させておいて、助ける理由なんてない。ここで引いておくべきだった。どうしようもなく困っているはずなのに、それを感じさせないよう気丈にふるまい、まっすぐこちらを見つめる瞳が忘れられず何度も彼女の元を訪れた。給金のいい仕事を紹介し、衣食住を保障した。
「あなたにはもらってばかりで…何も返せるものがないわ」
逢瀬を繰り返すたびに、自分に向けられる好意を感じるのに付き合おうと告げれば何度も固辞された。あの男の大切な娘を弄んで、幸せの絶頂のタイミングで捨てるという企み。彼女に関してだけは計画通りに運んでくれない。それでも熱心に思いを伝えていくうちに、僕たちは恋人同士になった。
一緒に過ごす時間が増え、将来についての話をする頃には彼女は僕の家で暮らすようになっていた。復讐という目的の元に集まった仲間たちが、それをどんな思いで見ていたかに気付きもせずに。
体調がすぐれないらしい彼女のもとへ向かうと、青褪めた顔でベッドに腰掛けていた。世話をするようにつけていた使用人に目を向けると顔を背けられる。何かがおかしい。ふと彼女の足元に瓶が転がっているのが見えた。どうしてこの薬が…。
「あなたは…お父様をうら…で」
僕が到着する前に事情を聞いたのだろう。動揺のあまり言い訳じみた言葉が口からこぼれるが、彼女に届いているかは分からない。
「私のことは忘れて幸せに生きて」
隠してあったはずの銃を手にして彼女は微笑む。止めるために彼女に駈け寄るも間に合わず、銃声が部屋に響く。
「医者を呼べ、今すぐに」
彼女の体温がみるみるうちに失われていく。それが少しでも遅くなるようにと強く抱きしめた。どうして今気が付いた。復讐のために近付いておきながら、なかなか手放せなかった理由を。会うたびに感じる鼓動の速さは、彼女から目が離せないのは、今こんなに胸が苦しくて辛いのは―――
彼女の死後、自分たちのような者が現れないように、教育環境の整備や雇用の確保、金銭的援助などに持てる財産の全てを費やした。世間からの評価は得られたが、何も嬉しくなかった。ただ、彼女の分まで生きなければと思った。誰かの為に生きた彼女の為に。
―――意識が薄れていくのを感じる。
今までの出来事が脳内を駆け巡る。そこに、彼女の姿はない。最後くらい出てきてくれてもいいじゃないか。…いや違う。今までずっと思ってきたんだ。だから思い出す必要がないんだ。
君のいない人生は幸せだったと言えないが、君を思いながら過ごす日々は悪いものでもなかった。
「―――」
誰かが僕の名前を呼んでいる。
愛を誓い合ったあの丘で、彼女がこちらを向いて手を差し伸べてくる。どうやらお迎えにきてくれたようだ。
ずっと見たかった、あの柔らかな微笑みを浮かべて―――
僕はそっと目を閉じた。
走馬灯に君はいない・完
4
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
凍雪の約束
苺迷音
恋愛
政略として嫁ぐことが決まっている令嬢・キャローナと、従者として主を守り抜くことが全てだった青年・クリフォード。
降りしきる雪の中、彼女が差し出した右手。彼はその手を取り、守り続けてきた忠誠と義務の境界を自ら踏み越える。
そして、雪は命の音を奪っていった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
collage
優未
恋愛
好きになった人は、父の罪を暴くために近付いてきただけだった。
国家反逆罪を犯した父と共に処刑された主人公だが、気が付くと彼と出会う前に戻っていた。
1度目となるべく違う行動を取ろうと動き出す主人公の前に現れたのは…?
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
王子様の花嫁選抜
ひづき
恋愛
王妃の意向で花嫁の選抜会を開くことになった。
花嫁候補の一人に選ばれた他国の王女フェリシアは、王太子を見て一年前の邂逅を思い出す。
花嫁に選ばれたくないな、と、フェリシアは思った。
能ある妃は身分を隠す
赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。
言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。
全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。
『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様
恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。
不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、
伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。
感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、
ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。
「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」
足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。
「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」
一度凍りついた心は、二度と溶けない。
後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、
終わりのない贖罪の記録。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる