私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜

日室千種・ちぐ

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ランドリックの親愛なる

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 夫人の前を辞した時、日はまだ傾き始めたばかりだった。この頃は明るい時間が長い。
 一度城に寄ってからすぐに帰ると言っていたので、ランドリックはもう帰ってきているかもしれない。日があるうちに帰った日は、執務室でこまごまとした仕事をしているだろう。
 であれば、ジョゼットも顔を出した方がいいかもしれない。
 約束はしていないけれど。

 侯爵の執務室とは東西で対称の位置にあるランドリックの執務室に近づいた時、ちょうど部屋の扉が開いて、廊下が明るくなった。
 部屋に満ちる午後の光が扉から漏れる中に、長身のシルエットが進み出る。

「ジョゼ! ジョゼ、ああ、ここにいたのか」

 ゆったりした気楽な服装のランドリックは、ジョゼットを見つけるなり、ぱっと表情を明るくして走るように近づいてきた。

「ランドリック様、誰が通るかわからない廊下で、そのような大声で呼ばないでください」

 屋敷にいる日は、ランドリックはよくこうしてジョゼットを探し歩いている。
 貴人としてはかなりの奇行なので、万が一客人に聞かれたり見られたら、とジョゼットは気を揉んでしまう。今も、それを危ぶんでここに来た。
 もう幾度も苦言を呈しているのだが。

「自分の屋敷内だ。何も気にすることはないだろう。それより、教えて欲しいことがある」

 案の定、軽く流され、手首を引っ張られる。まるで十にも満たない子供のような無邪気さだ。

「お茶と茶菓子も用意したところだよ」

 促されて執務室に入ると、なんの躊躇いもなく扉が閉められた。そのままソファに並んで腰掛ける。腕の体温を感じられるほどに近い。
 これは、さすがに。と注意しようとしたジョゼットに気がついて、おっと、とランドリックは対面に移動した。
 正面に座ってからニヤリと笑って見せるのは、マナー違反だと叱られる前に気が付いたぞ、の主張だ。
 
 かつては入れかわり立ちかわり多くの女性と交際していたという話からは想像できない、まるでただの悪童だ。騎士たちを相手にする時とも、違う顔。
 さきほどの公園での一幕のように、これはジョゼットが相手の時だけだ。
 貴婦人たち相手のようには取り繕わないでよく、家族ほど近くもなく過剰に口出しもしない、気楽で話しやすい相手、なのだろう。

 まさに最初にジョゼットが引き合わされた時の目的通り、いや、その意図を遥かに超えて、ランドリックはジョゼットに親しんでいる。
 ただ、それはまるで動物や同性相手のような、素朴な親愛だ。
 気に入って、いつでもそばに置いて、可愛がって、心を預けて。
 好きだという気持ちばかり溢れるほど与えるけれど、そこに恋の熱はない。

 今日も、ジョゼットの前に小さな焼き菓子と良い香りのココアを用意させて、さあお食べと、ランドリックはご機嫌の様子だ。
 この執務室には、いつでもジョゼットの好む柑橘を使った焼き菓子がある。飾られている花は香りが優しく淡い色合いの花に鮮やかな青系の花が組み合わせられたもの。壁紙や調度品も爽やかな青みの色で統一されていて明るい印象。ソファは柔らかすぎず、軽く温かい膝掛けがいつでも備えられている。
 侯爵の執務室はもっと重厚で、仄暗く、余分なものない空間だったと思い出す。
 ランドリックの執務室も、ジョゼットが通いはじめた頃は同じような内装だったはずが、今は居心地が格段によくなって、長居しないよう気をつけなければいけないほどだ。

 馴染んだ部屋でココアを一口飲んで、ジョゼットは肩の力が抜けた気がした。
 顔を上げるとランドリックと目が合って、気づかれないように背筋を伸ばし直したけれど。

「母上はお疲れのようだったけど、ジョゼは大丈夫? このまま話してもいいかな? 実は、空翔馬部隊の有望な若者の話なんだ」

「あの、さすがに騎士団内のことを伺ってもわからないのですが」

「わからなくていいよ。いつも通り、俺の思考がおかしかったら止めてくれたらいいし、そうでなければ聞いてくれてるだけでいいんだ」

「そう、ですか?」

「そう。ジョゼに向かって話してるだけで、考えが落ち着くというか、まとまるというか」

 そう言われては、頷くしかない。ジョゼットがこの部屋にいる目的が「対話」なのだから。

 食べながら聞いてよ、とランドリックが話し始めた。

「騎士団では、出身に関わらず、見込みのある若手が入ったら、将来の上級騎士候補生として経験を積ませるのが慣例だ。今年は、俺が一人推薦したんだが、他の若い騎士や従者たちは不満があるようで、不穏な行動が見られるんだ。どうするのがいいかな、と」

「……」

「俺、騎士たちとは長く過ごしてきたから、騎士のことは結構わかるんだよね。基本的に皆あまり深く考えていない。上層部の判断に不満を露わにする奴は、考えの浅い直情型か、プライドが高くて反抗せずにはいられないかのどっちかだな。後者は、上から咎めてもかえって反抗を煽ることがある」

 要点ごとに、長い指を伸ばす。
 その淡麗な容姿には少し見合わない、骨太な指だ。

「なるほど……」

「それに騎士団には異動もあるしね。行った先々で何かしらあるだろうから、本人が自分で対処できるようになるのが一番いい。口出しは、なし。……そういう結論になるだろうな。
 ただし、反抗する者は度を越すと重大な規約違反をやらかす可能性があるから、放置は悪手なはずだ。対策としては、排除策で素行を監視して現場を押さえて除隊などの処分をするか、予防策で反抗の意欲を削ぐためにプライドを折るか……」

「……」

「けど、この前、長期遠征の後はそういった小さな反抗が減ることがわかったんだ。溜め込んだ不満を発散する機会を与えるのが重要なんだろうと推測している。……遠征を増やすのは無理だが、適当に対抗試合でもさせるかな。誰にとっても、実力を示して味方を増やす機会になるから、えこひいきにはならない」

「それは、正々堂々としたものになるのでしょうか?」

「試合の外での牽制も小細工もあるだろうな。俺はそんな小細工をする方が面倒だと思うんだけど、そういうのも『試合』の一部だと思う奴もいるようだな。うーん、完璧には防げないが、抑制のために抜き打ちにしよう」

「……よいのではないでしょうか。どなたと協調されるのです?」

「空翔馬部隊の長と副長でいいだろう。地削獣部隊にも話は通しておくなら、アルバインには知らせとくか」

 地削獣部隊長アルバイン・コルテスは、ランドリックの従姉妹の夫だ。
 かつてこの夫婦の仲をランドリックが引っ掻き回し、今も横恋慕していると噂では囁かれている。
 だがジョゼットから見ると、ランドリックにとってアルバインは最も好ましい友人らしいとよくわかる。話に名前が出てくると、途端に明らかに機嫌がよくなるし、将来騎士たちを統括する立場に共になってほしいのだと語るのを何度か聞いた。

 ジョゼットがランドリックの執務室に通い始めたころは、ちょうどアルバインたちが結婚をしたばかりだった。執務室に挨拶に出向いても、ほとんどいないなと思っていたら、使用人に耳打ちをされて、ランドリックが新婚家庭に日参していたことを知った。
 そのうち、従姉妹に叱られたか拒絶されて、やめたようだったが。迷惑極まりない。
 横恋慕の噂は、その時広まったのだろう。

 ただ、本人には確かめていないが、きっとただただ、従姉妹と友人に会いたい一心で入り浸ったのだろう。
 そんな関係のアルバインは、一、二度会っただけのジョゼットから見ても、信頼のおける騎士だ。ランドリックとの友情も、おそらく、多分、篤いのだろう。

「上手くいくといいですね」

 ジョゼットが本心から頷くと、ランドリックは、にやりと片頬を上げる少年めいた顔をした。
 だが、すぐにその眉が情けなく下がった。

「そっちはそれでいいけど、もうひとつ相談があって。女性のことで」

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