私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜

日室千種・ちぐ

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難問とその解

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 女性に関する相談。
 ランドリックの場合こちらが本命だ。近頃は少なくなっていたのに、やはりあるらしい。

 ジョゼットはあえて視線を下げて、ココアを飲んだ。ぬるくなっている。
 窓に目をやると、空は眩く、窓辺の絨毯の草花紋様が白く切り取られている。夏の気配は徐々に濃くなっているが、風は涼しく、午睡を誘うように穏やかな気候だ。
 ジョゼットは、自分が落ち着いていることを確認した。

「……はい、どうぞ」

「うん、ありがとう。実は、男だけの集まりだと聞いて行くと女性が遅れて参加するということが何度かあってね。まあそういう場に呼び出した奴らはしばらく連絡を断つんだけど」

「そうですか」

 ランドリックは友人から女性を紹介されても、最近は特に徹底して会わずに断っている。それを知りながら、騙し討ちのように会わせるなら、それは致し方ない判断なのかもしれない。
 ジョゼットに良し悪しのわからないことも、たくさんある。

「そういった会で俺と親しく話したことがある、と主張する男爵家の娘が、他の女性からいじめられていると何度も俺に訴えてくるんだ。聞く限り事件性は感じないから、適当にあしらってるんだけど」

 ため息。
 騎士団の問題より、苦悩が深そうだ。

「最近は夜会でもどこでも、俺を見つけ出して声をかけてくるようになって、困ってる。――かといって、急に突き放すと何するかわからないタイプだ、って思ったんだけど。これは、正解だよね?」

 途端に自信なさげになった声に、ジョゼットは思案をするていで、一呼吸置いた。
 最初に令嬢から近づいてきた時に、記憶がないと突っぱねず、適当にでも何度か話を聞いてしまったようだ。
 一度そこまで近付けてしまったらそうなりますよね、と言いたくなるのを呑み込んだ。

 かつてはそんな女性に取り囲まれ、当たり前のように結婚を迫られたり、逆に思い通りにならないと悪者にされて公衆の面前で罵倒されたりしたらしい。
 ランドリックに対しては、今の時点で気がつけたことを、良い点として認めるべきだろう。

「……そうですね。身分の違いに怖れを持たない方のようなので、何をするかわからないと警戒はした方がいいでしょうね」

「合ってた! よかった。それで、突き放す代わりに、公に問題解決したらいいと思ったんだけど、どうだろう。女性全員を呼び出して、決闘するのは危ないだろうから、代わりにそれぞれの言い分を演説してもらおうかな、と」
「それはやめてください」

 騎士団をまとめるのにふさわしい判断はできるのに、女性が絡むと途端にこうなる。
 早々に、ジョゼットは聞き役ではいられなくなった。

「女性は騎士とは異なります。そんな場を設けても、泣かれてしまってお終いでしょう」

「なぜ? 悪意を撥ね除けるなら、またとない機会だろうに」

「ご令嬢方はそんなことしませんよ。強く在りたいわけでも、強い者が正しいと見なされることもありません。万が一、万が一、そんな演説会を行ったとして、騎士の試合よりもよほど場外の駆け引きが多いでしょうし、納得し難い結果ならば受け入れることもないでしょう。……それに」

 言い淀んだが、ランドリックに手のひらで促され、ジョゼットは言葉を継いだ。
 今まで、どれだけ賢しらな発言をしても、ランドリックに冷たい視線を浴びせられたことはないのだ。

「……その男爵家のご令嬢はきっと、ランドリック様に窮状を訴えるという戦略をとっているのです。庇護欲をかき立て、守ってもらおうとしている。それなのに、公の場で自分でいじめを撥ね退けようとするでしょうか? 彼女の戦略に反してしまいます」

「守ってもらおうという、戦略? 非がどちらにあるか明らかな時に、戦略は必要か?」

「非の在処はわかりませんが、ランドリック様に守ってほしかったのではないでしょうか……」

 どこまで口にしていいのか、迷う。

「侯爵家の後ろ盾が欲しいということか? それとも騎士の助力が必要だった? 騎士は罪なき人々を守るものだから、戦略など必要ないと思うが」

 根幹が通じていない気がしたが、ジョゼットは重ねて言うのをやめた。
 そんな戦略でランドリックを絡め取ろうとする令嬢に不快感があったし、第三者であるジョゼットがあえて踏み込んで、令嬢の気持ちまで解説する必要はないだろう。
 けれど、ランドリックに少しでも興味を示す様子があれば。

「俺に、守って欲しい、というのはどういうことだ?」

 ジョゼットは、教えなければならない。

「ご令嬢からしたら、守られるというのはすなわち、思いを寄せてもらうのと同じ感覚なのでしょう。守ってもらう、庇護欲を感じてもらえると、想いも通じると、そう思ったのではないでしょうか」

 ランドリックが眉を顰めた。
 
「……わからないな。では、虐げられているというのも、戦略的な嘘だと?」

「私個人としては、嘘だと思います」

 だが、根拠を示すことはできないとも伝える。

「女性同士の関係性で本当に困っていたら、男爵家のご令嬢が頼る先としては、高位の貴婦人が妥当かと。男性、それも女性に人気のあるランドリック様を選ぶのは、火に油を注ぐようなもの。不自然です。……考えすぎかもしれませんが。もう一度、お考えください」

 ジョゼットからは、策は提案しない。あくまでランドリックの話をよく聞いて、女性目線での助言をするだけ。
 ランドリックの中に奇妙な女性像があって、それが騎士寄り過ぎたり、善良過ぎたりするために、結果として思考が破綻することが多いのだ。
 助言を得れば、ランドリックは一人でするすると難問の解に辿り着く。

「確かに、あの令嬢は具体的な被害や特定の令嬢の名前は一度も言ったことがないな。それに、俺に訴えてくるのは周囲に人がいない時にだけ。状況を打破しようという意志もなさそうだし、かといって俺に具体的にどうして欲しいという要求もない。少し奇妙な相談だとは思っていたんだ」

 時に、ジョゼットが思いもよらないような結論にも。

「では今回は俺個人として人を使って、きっちり調査してみよう。それを、必要なら男爵家に突きつける。公にしてもいい。その話が広まれば、同じようなことをする者はいなくなるだろう」

 程度を過ぎて強く跳ね返せば、その刃が返って、ランドリックの方が責められることもあり得る。

「ランドリック様、ご令嬢にはお困りかもしれませんが、敵、ではありませんので」

「わかってる。以前やりすぎだと注意されたのを覚えてる。叩き潰したりはしないよ。俺はジョゼの言葉はよく覚えてるんだ。ちゃんと、逃げ道は用意する」

 そう言ってから、ランドリックはふと、幼い子供のように首を傾げてジョゼットを見た。

「ねえ、ジョゼも、守ってもらいたいと思うの?」
「え、私ですか?」
「そう、ジョゼも、守ってもらえると嬉しいと、思ったりするの?」

 このごろは、時折こうして、ジョゼットならどうか、という質問を受ける。
 
「そ、うですね。それは、やっぱり人並みには、大事に守ってもらえたら嬉しいと思いますよ」
「本当に?」

 片眉を上げた、悪戯そうな顔に、ジョゼットはこほんと咳払いをした。
 ランドリックに会うまでのジョゼットなら、ただ、はい、と答えていただろう。
 けれど、この四年で、ジョゼットなりに自分の心の中の本当の答えを見つけていた。
 実家で口にしたら、二度と家から出してもらえなくなるかもしれない。
 ランドリックの前だから言える、ジョゼットの答え。

「本当です、けど。私はもしかすると、守られてばかりより、一緒に戦いたいかもしれませんね」

 ランドリックは、やっぱり馬鹿にしたりはしなかった。
 ただ、いいね、と言って、とても綺麗に笑った。


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