私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜

日室千種・ちぐ

文字の大きさ
4 / 22

ランドリックの親愛なる

しおりを挟む


 夫人の前を辞した時、日はまだ傾き始めたばかりだった。この頃は明るい時間が長い。
 一度城に寄ってからすぐに帰ると言っていたので、ランドリックはもう帰ってきているかもしれない。日があるうちに帰った日は、執務室でこまごまとした仕事をしているだろう。
 であれば、ジョゼットも顔を出した方がいいかもしれない。
 約束はしていないけれど。

 侯爵の執務室とは東西で対称の位置にあるランドリックの執務室に近づいた時、ちょうど部屋の扉が開いて、廊下が明るくなった。
 部屋に満ちる午後の光が扉から漏れる中に、長身のシルエットが進み出る。

「ジョゼ! ジョゼ、ああ、ここにいたのか」

 ゆったりした気楽な服装のランドリックは、ジョゼットを見つけるなり、ぱっと表情を明るくして走るように近づいてきた。

「ランドリック様、誰が通るかわからない廊下で、そのような大声で呼ばないでください」

 屋敷にいる日は、ランドリックはよくこうしてジョゼットを探し歩いている。
 貴人としてはかなりの奇行なので、万が一客人に聞かれたり見られたら、とジョゼットは気を揉んでしまう。今も、それを危ぶんでここに来た。
 もう幾度も苦言を呈しているのだが。

「自分の屋敷内だ。何も気にすることはないだろう。それより、教えて欲しいことがある」

 案の定、軽く流され、手首を引っ張られる。まるで十にも満たない子供のような無邪気さだ。

「お茶と茶菓子も用意したところだよ」

 促されて執務室に入ると、なんの躊躇いもなく扉が閉められた。そのままソファに並んで腰掛ける。腕の体温を感じられるほどに近い。
 これは、さすがに。と注意しようとしたジョゼットに気がついて、おっと、とランドリックは対面に移動した。
 正面に座ってからニヤリと笑って見せるのは、マナー違反だと叱られる前に気が付いたぞ、の主張だ。
 
 かつては入れかわり立ちかわり多くの女性と交際していたという話からは想像できない、まるでただの悪童だ。騎士たちを相手にする時とも、違う顔。
 さきほどの公園での一幕のように、これはジョゼットが相手の時だけだ。
 貴婦人たち相手のようには取り繕わないでよく、家族ほど近くもなく過剰に口出しもしない、気楽で話しやすい相手、なのだろう。

 まさに最初にジョゼットが引き合わされた時の目的通り、いや、その意図を遥かに超えて、ランドリックはジョゼットに親しんでいる。
 ただ、それはまるで動物や同性相手のような、素朴な親愛だ。
 気に入って、いつでもそばに置いて、可愛がって、心を預けて。
 好きだという気持ちばかり溢れるほど与えるけれど、そこに恋の熱はない。

 今日も、ジョゼットの前に小さな焼き菓子と良い香りのココアを用意させて、さあお食べと、ランドリックはご機嫌の様子だ。
 この執務室には、いつでもジョゼットの好む柑橘を使った焼き菓子がある。飾られている花は香りが優しく淡い色合いの花に鮮やかな青系の花が組み合わせられたもの。壁紙や調度品も爽やかな青みの色で統一されていて明るい印象。ソファは柔らかすぎず、軽く温かい膝掛けがいつでも備えられている。
 侯爵の執務室はもっと重厚で、仄暗く、余分なものない空間だったと思い出す。
 ランドリックの執務室も、ジョゼットが通いはじめた頃は同じような内装だったはずが、今は居心地が格段によくなって、長居しないよう気をつけなければいけないほどだ。

 馴染んだ部屋でココアを一口飲んで、ジョゼットは肩の力が抜けた気がした。
 顔を上げるとランドリックと目が合って、気づかれないように背筋を伸ばし直したけれど。

「母上はお疲れのようだったけど、ジョゼは大丈夫? このまま話してもいいかな? 実は、空翔馬部隊の有望な若者の話なんだ」

「あの、さすがに騎士団内のことを伺ってもわからないのですが」

「わからなくていいよ。いつも通り、俺の思考がおかしかったら止めてくれたらいいし、そうでなければ聞いてくれてるだけでいいんだ」

「そう、ですか?」

「そう。ジョゼに向かって話してるだけで、考えが落ち着くというか、まとまるというか」

 そう言われては、頷くしかない。ジョゼットがこの部屋にいる目的が「対話」なのだから。

 食べながら聞いてよ、とランドリックが話し始めた。

「騎士団では、出身に関わらず、見込みのある若手が入ったら、将来の上級騎士候補生として経験を積ませるのが慣例だ。今年は、俺が一人推薦したんだが、他の若い騎士や従者たちは不満があるようで、不穏な行動が見られるんだ。どうするのがいいかな、と」

「……」

「俺、騎士たちとは長く過ごしてきたから、騎士のことは結構わかるんだよね。基本的に皆あまり深く考えていない。上層部の判断に不満を露わにする奴は、考えの浅い直情型か、プライドが高くて反抗せずにはいられないかのどっちかだな。後者は、上から咎めてもかえって反抗を煽ることがある」

 要点ごとに、長い指を伸ばす。
 その淡麗な容姿には少し見合わない、骨太な指だ。

「なるほど……」

「それに騎士団には異動もあるしね。行った先々で何かしらあるだろうから、本人が自分で対処できるようになるのが一番いい。口出しは、なし。……そういう結論になるだろうな。
 ただし、反抗する者は度を越すと重大な規約違反をやらかす可能性があるから、放置は悪手なはずだ。対策としては、排除策で素行を監視して現場を押さえて除隊などの処分をするか、予防策で反抗の意欲を削ぐためにプライドを折るか……」

「……」

「けど、この前、長期遠征の後はそういった小さな反抗が減ることがわかったんだ。溜め込んだ不満を発散する機会を与えるのが重要なんだろうと推測している。……遠征を増やすのは無理だが、適当に対抗試合でもさせるかな。誰にとっても、実力を示して味方を増やす機会になるから、えこひいきにはならない」

「それは、正々堂々としたものになるのでしょうか?」

「試合の外での牽制も小細工もあるだろうな。俺はそんな小細工をする方が面倒だと思うんだけど、そういうのも『試合』の一部だと思う奴もいるようだな。うーん、完璧には防げないが、抑制のために抜き打ちにしよう」

「……よいのではないでしょうか。どなたと協調されるのです?」

「空翔馬部隊の長と副長でいいだろう。地削獣部隊にも話は通しておくなら、アルバインには知らせとくか」

 地削獣部隊長アルバイン・コルテスは、ランドリックの従姉妹の夫だ。
 かつてこの夫婦の仲をランドリックが引っ掻き回し、今も横恋慕していると噂では囁かれている。
 だがジョゼットから見ると、ランドリックにとってアルバインは最も好ましい友人らしいとよくわかる。話に名前が出てくると、途端に明らかに機嫌がよくなるし、将来騎士たちを統括する立場に共になってほしいのだと語るのを何度か聞いた。

 ジョゼットがランドリックの執務室に通い始めたころは、ちょうどアルバインたちが結婚をしたばかりだった。執務室に挨拶に出向いても、ほとんどいないなと思っていたら、使用人に耳打ちをされて、ランドリックが新婚家庭に日参していたことを知った。
 そのうち、従姉妹に叱られたか拒絶されて、やめたようだったが。迷惑極まりない。
 横恋慕の噂は、その時広まったのだろう。

 ただ、本人には確かめていないが、きっとただただ、従姉妹と友人に会いたい一心で入り浸ったのだろう。
 そんな関係のアルバインは、一、二度会っただけのジョゼットから見ても、信頼のおける騎士だ。ランドリックとの友情も、おそらく、多分、篤いのだろう。

「上手くいくといいですね」

 ジョゼットが本心から頷くと、ランドリックは、にやりと片頬を上げる少年めいた顔をした。
 だが、すぐにその眉が情けなく下がった。

「そっちはそれでいいけど、もうひとつ相談があって。女性のことで」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ストーカーに狙われたので歳上騎士様に護衛をお願いしました。

ねーさん
恋愛
 「氷の彫刻」と呼ばれる美貌の兄を持つ公爵令嬢のクラリッサは不審な視線に悩まされていた。  卒業を二日後に控えた朝、教室のクラリッサの机に置かれた一通の偏執狂者からの手紙。  親友イブを通じてイブの婚約者、近衛騎士団第四分団員のジョーンズに相談すると、第四分団長ネイトがクラリッサのパートナーとして卒業パーティーに出席してくれる事になって─── 〈注〉 このお話は「婚約者が記憶喪失になりました。」と「元騎士の歳上公爵様がまさかの××でした!?」の続編になります。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

【完結】令嬢憧れの騎士様に結婚を申し込まれました。でも利害一致の契約です。

稲垣桜
恋愛
「君と取引がしたい」 兄の上司である公爵家の嫡男が、私の前に座って開口一番そう告げた。 「取引……ですか?」 「ああ、私と結婚してほしい」 私の耳がおかしくなったのか、それとも幻聴だろうか…… ああ、そうだ。揶揄われているんだ。きっとそうだわ。  * * * * * * * * * * * *  青薔薇の騎士として有名なマクシミリアンから契約結婚を申し込まれた伯爵家令嬢のリディア。 最低限の役目をこなすことで自由な時間を得たリディアは、契約通り自由な生活を謳歌する。 リディアはマクシミリアンが契約結婚を申し出た理由を知っても気にしないと言い、逆にそれがマクシミリアンにとって棘のように胸に刺さり続け、ある夜会に参加してから二人の関係は変わっていく。 ※ゆる〜い設定です。 ※完結保証。 ※エブリスタでは現代テーマの作品を公開してます。興味がある方は覗いてみてください。

ホストと女医は診察室で

星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。

恋詠花

舘野寧依
恋愛
アイシャは大国トゥルティエールの王妹で可憐な姫君。だが兄王にただならぬ憎しみを向けられて、王宮で非常に肩身の狭い思いをしていた。 そんな折、兄王から小国ハーメイの王に嫁げと命じられたアイシャはおとなしくそれに従う。しかし、そんな彼女を待っていたのは、手つかずのお飾りの王妃という屈辱的な仕打ちだった。それは彼女の出自にも関係していて……? ──これは後の世で吟遊詩人に詠われる二人の王と一人の姫君の恋物語。

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

《完結》戦利品にされた公爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
戦いの《戦利品》として公爵邸に連れて行かれた公爵令嬢の運命は?

処理中です...