私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜

日室千種・ちぐ

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優しい助言

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 翌朝、両親はごく真っ当に朝食に出てきた。
 父は果実水を気に入ったようで二杯飲み、それから、侯爵に息子のしでかしたことを詫びて、すぐに領地に連れ帰ると約束をした。
 ジョゼットの結婚についてはただ固い顔でよろしくお願いしますと言い、侯爵夫妻の引き止めを丁寧に固辞して、質素な馬車に乗り込む。
 ジョゼットの結婚式に出席するつもりであれば、領地に帰っても数日でとんぼ返りだろうに。兄を連れ帰るというが、兄の居場所は知っているのか。兄を探すために都に滞在するなら、ここにいてもいいだろうに。
 そんな話をする機会はもちろんないまま、最後まで、父はジョゼットに一度も視線を向けなかった。

 ――馬車を見送って。

「家族がお騒がせをいたしました。きっとまだ引き続き、お手間をおかけするかもしれません」

 心のうちに鬱屈したものを抱えていても、ジョゼットの生家であり、家族である。ジョゼットは、侯爵夫妻に頭を下げた。
 笑って済ませてくれるとわかっていても、これは必要なこと。

「ジョゼットさんが気に病むことはなにもないわ。ただ、ご家族のことや妙な記者連れのご令嬢のことは、ランドリックと一緒に対応を考えてね。あの子抜きで対応してしまうと、拗ねてしまうだろうから。伝えるのも、お任せするわ」

 ランドリックが拗ねる、などと面白く言いながら、夫婦で事に当たりなさいよという、義理の両親からの優しい助言だ。ジョゼットは、素直に頷いた。




 さて、ランドリックの帰宅は明日だと知らせを受け取っている。
 それまでにジョゼットがやるべきことは、まだまだある。
 忙しくしている間は、難しいことは置いておけるのでありがたい。

 結婚式後に二人が住む予定の離れ、といっても侯爵家の先々代が隠居時に建てた大変立派な屋敷だが、その玄関に飾るべき花器を設置をしているところに、ランドリックが帰宅した。
 耳を澄ませていれば、本館の方からざわめきが聞こえたのかもしれない。だが何しろ遠い。
 だから、知らせが来るより先に、後ろから抱き締められた。
 驚いて、けれどすぐに胸が弾んだ。眉の間がふわりと開いたのが自分でもわかった。

「おかえりなさい、早かったのね」
「ただいま、すごく急いだんだ」

 ランドリックはジョゼットを腕の中でくるりとひっくり返すと、もう一度抱きしめて、頭の上にやたらめったらキスをした。
 ジョゼットの居場所を聞いて、本館からそのままやって来たのだろう。外の風の匂いがする。さらに、体温がいつもより高いせいか、押し付けられた胸の衣類の合わせから、馴染んだ香りも立ち昇った。
 
「先に顔だけ見たくて来たから、そのままだ。着替えてくるから、そのまま作業続けてて。一緒に確認しよう」

 言うが早いか、さっと全速力で駆け出していく。参謀官といえば階級で言うとかなり上になるのだが、いつまでも動作は若い騎士のように身軽だ。
 本館に戻って着替えて戻る。ジョゼットなら一時間はかかってしまう行程だが、ランドリックは素早い。花器の正面を、玄関扉に向けるか正面に向けるかで悩んでいるときにもう戻ってきて、正面向きの方が堂々としている、とさっくりと決めてしまった。

 それから、もういつでも暮らし始められる状態の離れの、主要な部屋を一緒に巡って。
 本館から届いたピクニックセットをテラスのテーブルに広げて、帰途では食事を少なくしていたというランドリックに付き合った。少し早い夕の刻。このまま夕食にしてもいいくらいの量の軽食が詰められている。
 それもあっという間にランドリックの口に運ばれて、減っていく。見ていて、爽快感がある。ジョゼットは取り分けた自分の分をゆっくり食べながら、頬を緩めた。

「留守中、何か変わりはなかった?」

 半分ほど平らげたランドリックが、自分の皿に載っていたベリーを摘んで、ジョゼットの口元に押し付けつつ尋ねた。
 返事をしようと口を開けると、ベリーを入れられてしまうだろう。
 けれどそれは、ジョゼットの好きなベリーだったから。
 すこし周囲を見回して、使用人も席を外していることを確認した。
 それから、間違えてランドリックの指まで噛んでしまわないようにそっとベリーを受け取った。
 緑の目は、ひたりとジョゼットに向いている。好意を隠さない、明るい目だ。
 ぷちぷち、と口の中でベリーが弾ける音すら、聞かれてしまっているように感じる。

 胸が詰まるほどの幸福感だったが、すぐに恥ずかしくなった。ジョゼットは急いで噛んで飲み込むと、先日の事の次第とその後の状況を、かいつまんで報告した。

「……それで、兄は結局両親と帰るのを拒否して暴れたそうで、まだ両親は都にいるし、兄は時々侯爵家の周りを様子を伺っているとか。両親の手には余るだろうから、どうしたらいいか相談したくて」

 実は、かなり心細く思っていた。侯爵家の警備は万全だ。けれど、両親はその外にいて、しかも。

「男爵家のボーニー様も、お屋敷の外で記者だという男性と一緒によくいらっしゃるそうで、このごろは兄に接触をしようとしている様子が見られるとか……」

 そう、あの奇天烈なボーニーという令嬢が、あの状態の兄と接触したなら何が起こるのか、ジョゼットにも予測ができない。

「どうしたらいいかしら」

 ジョゼットは、ランドリックの騎士としての能力を認めている。
 だからこそ、すっかりと頼り切って、いつもと違う心許ない表情でランドリックを見上げた。
 その、濃さを増しつつある緑の目を。

「ランドリック? あ」

 言葉はそのまま途切れた。

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