私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜

日室千種・ちぐ

文字の大きさ
16 / 22

半分背負う

しおりを挟む
 ちゅ、ちゅ、と軽い音を立てて唇を上、下、と啄まれる。

「嬉しいな、ジョゼに頼ってもらうって、嬉しいものだな。どう思うって聞かれると俺は苦手なんだけど、どうしたらいいか、なら結構得意だ。任せてよ」

 人の心を解するのが苦手なランドリックは、いつもジョゼットの助言を求める。今日は逆に自分の得意な分野で頼られて、すっかり上機嫌らしい。

「まず、ソムズ殿には侯爵家から護衛も兼ねた人間を見張りにつけて、周囲から遮断させよう」

「うん……む」

「その間に、ソムズ殿がそうなった経緯をもう少し調べさせよう。このまえ男爵家を調べたときに良い伝手も得た所だから、そう苦労はしないよ」

「……、は」

 どうして、ジョゼットは相槌も満足に打てないのに、ランドリックは喋ることができるのか。不思議で、仕方ない。
 言葉をベリーを直接受け渡しするかのように、唇はずっと触れ合ったまま。気まぐれに唇の際どいところを舐められるたび、温まった蜂蜜のように、思考は端からとろけて流れていく。

「そのボーニーというのは以前付き纏われた男爵家の娘だよ。縁談はどうなったんだろう。興味がないからって途中で放置するのはよくなかったね」

 心地いい。
 ランドリックに心配事を預けて解けた心で、ジョゼットが考えられたのはそれだけだ。
 キスの合間に、ランドリックの指が柔らかに耳に触れ、首に触れ、髪を梳いて、また髪の中に手を差し込んで地肌をかすめるように指を滑らせた。

「ねえ、ジョゼ、いい?」

 深くまで口づけで繋がる許可を取るのに「いい?」だけで事足りるようになっている。
 それくらい、二人の間では重ねられた問い。けれど決して、省かれることはない。

 ぼんやりとしたまま頷きそうになったジョゼットを、ランドリックがちょっと待って、と顎を支えて止めた。

「ここで止めるのはすごく嫌だけど、聞いておかないと……ね、この場合、某ボーニーは、もう令嬢としての扱いから外していいよね? 実際、脅迫は犯罪だよ。もう懲りない子供の悪戯では済まない。ねえ、ジョゼ、どう思う?」

 ランドリックにとっては、人の心は未知のもの。
 それがジョゼットであっても。
 いや、ジョゼットだからこそ、万が一行き違ってしまうことを酷く恐れている。
 だからこうして、ジョゼットの意見を確認する。特に女性の扱いについては、教師に念入りに確認する子供のように、慎重だ。

「う、ん。そうね」
「そうだよね?」
「脅迫は、度を超えてるわね」

 ぼんやりと乱れた息をしていたジョゼットが、ふるりと体を震わせた。
 とても、嫌な言葉だ。この数日、眠ろうと目をつぶるといつも胸を押し潰し、眠りを浅くしていた言葉。
 おそらく男爵家の令嬢が手回しできる程度の記者がどれほど渾身の記事を書こうとも、侯爵家にとっては、本来は取るに足らない。
 けれどそれが、次期侯爵夫人の座を射止めた田舎出の子爵令嬢を快く思わない勢力に利用されたら。騒ぎは、もしかすると、小さなものでは済まないかもしれない。
 さらにもし、どこか権力のある家が騒ぎに乗じてゼンゲン侯爵家の評判を落とそうと思えば、ちょうど結婚式を挙げるころは、面倒な騒ぎの只中かもしれない。

 ようやく思考が冷めてきたジョゼットは、慌ててランドリックに向けて付け足した。

「あくまで法に照らして対処する、ということよね?」
「そうだね、前回は内々に直接の抗議で済ませたけれど、今度は公にして扱うというだけだよ」

 公的に扱うとなれば時間がかかるだろう。ますます、半月やそこらで事態が解決しているかどうかわからない。ジョゼットの脳裏に枝分かれの未来がいくつも浮かんできたが。
 ちゅ、と鼻の頭を吸われて、はっとした。
 ランドリックは普段は凛々しい眉を下げて、ソワソワと、もうひとつの問いへの待てが限界の様子だ。
 催促のように、今度は唇の表と裏の境目をぺろりと舐められる。
 ジョゼットは小さく、でもはっきりと頷いて、ランドリックの腰に手を回してしがみついた。

 ランドリックに心配事を半分明け渡したジョゼットの心は軽く温かい。
 実際の解決には時間がかかろうが、半分背負ってくれたことが嬉しい。
 できれば、ジョゼットも、ランドリックの背負うものを、半分引き受けられたらいいのに、と。
 そう思った。




 ところが。

「こちらの色のほうがジョゼットの目の色には近いですわ」
「まあ、本当。ではリボンはそちらにしましょう。この長さに、四百本切り揃えて、花の形を作って頂戴。夏のお式は生花が長持ちしにくいから、このリボンの花はよいですわね」
「田舎では珍しくないんですが、本当によいのでしょうか?」
「とてもよろしいわ」

 侯爵夫人とジョゼットの母が、式の参列者に渡す小さな花を侍女たちと用意している。
 和やかだ。
 ランドリックと話をした翌々日には、何故か母だけが侯爵家に現れて、そのまま逗留している。それを侯爵夫人は、花嫁の支度は実母と一緒にするのがやっぱり良いと、大歓迎している。
 常に父の行先について回り、常にその一歩後ろに控えていた母が、父から離れてここにいることに、ジョゼットは未だに戸惑う。

 兄と父が今どうなっているのか、ジョゼットは把握していない。
 ランドリックもまた、騎士団の務めに加えて単独での式の準備が多く、婚約者同士ゆっくり話す時間がないからだ。二人はいまも部屋を分けていて、夕食の時間を過ぎれば、同じ屋敷内にいても気軽に会うことはできない。
 このところ、屋敷の外では兄の姿が見えなくなったことだけは聞いている。
 ボーニーという男爵令嬢も、その仲間の記者も、あれきり現れないようだ。勝手に切られた期限の七日は、とうに過ぎている。
 状況はわからない。だがランドリックが任せろと言ってくれたことだ。あえて意識を向けないようにして。
 代わりに、できることをしているつもりだ。

「さあ、これで、細かいところまで、準備は完璧に整ったわ。素晴らしい。式の三日前なんて」

 満足そうに笑う侯爵夫人の笑顔に、曇りはない。
 式は、無事に行うことができそうだ。ジョゼットも、心の底からほっとした。

「頑張ったわね、ジョゼットさん。今日はもうランドリックも帰って来ているから、少しゆっくりしたらいいわ。実は父君の子爵殿とソムズ殿も一緒に来られたのよ。お二人は……少しお疲れのようだから、明日にでもお話ししたらどうかしら?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ストーカーに狙われたので歳上騎士様に護衛をお願いしました。

ねーさん
恋愛
 「氷の彫刻」と呼ばれる美貌の兄を持つ公爵令嬢のクラリッサは不審な視線に悩まされていた。  卒業を二日後に控えた朝、教室のクラリッサの机に置かれた一通の偏執狂者からの手紙。  親友イブを通じてイブの婚約者、近衛騎士団第四分団員のジョーンズに相談すると、第四分団長ネイトがクラリッサのパートナーとして卒業パーティーに出席してくれる事になって─── 〈注〉 このお話は「婚約者が記憶喪失になりました。」と「元騎士の歳上公爵様がまさかの××でした!?」の続編になります。

【完結】令嬢憧れの騎士様に結婚を申し込まれました。でも利害一致の契約です。

稲垣桜
恋愛
「君と取引がしたい」 兄の上司である公爵家の嫡男が、私の前に座って開口一番そう告げた。 「取引……ですか?」 「ああ、私と結婚してほしい」 私の耳がおかしくなったのか、それとも幻聴だろうか…… ああ、そうだ。揶揄われているんだ。きっとそうだわ。  * * * * * * * * * * * *  青薔薇の騎士として有名なマクシミリアンから契約結婚を申し込まれた伯爵家令嬢のリディア。 最低限の役目をこなすことで自由な時間を得たリディアは、契約通り自由な生活を謳歌する。 リディアはマクシミリアンが契約結婚を申し出た理由を知っても気にしないと言い、逆にそれがマクシミリアンにとって棘のように胸に刺さり続け、ある夜会に参加してから二人の関係は変わっていく。 ※ゆる〜い設定です。 ※完結保証。 ※エブリスタでは現代テーマの作品を公開してます。興味がある方は覗いてみてください。

ホストと女医は診察室で

星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

恋詠花

舘野寧依
恋愛
アイシャは大国トゥルティエールの王妹で可憐な姫君。だが兄王にただならぬ憎しみを向けられて、王宮で非常に肩身の狭い思いをしていた。 そんな折、兄王から小国ハーメイの王に嫁げと命じられたアイシャはおとなしくそれに従う。しかし、そんな彼女を待っていたのは、手つかずのお飾りの王妃という屈辱的な仕打ちだった。それは彼女の出自にも関係していて……? ──これは後の世で吟遊詩人に詠われる二人の王と一人の姫君の恋物語。

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

処理中です...