私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜

日室千種・ちぐ

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心に寄り添う

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「え、父と兄が、ですか?」

「ええ、私も詳細は知らないけれど。ジョゼットさんもランドリックから聞いていないの?」

 ジョゼットは、思わず息を詰めた。
 侯爵夫妻からは、二人に任せる、と言われたのに。
 ランドリックに任せるのはともかく、状況も把握していないのでは、期待に応えたとは到底言えないかもしれない。

「あら、ジョゼットさん、勘違いしないでね。相談したんでしょう? その結果、二人でそれぞれ違うことをしたっていいのよ。任せるのも大切よ。実際、あの子はそういう動きは思い切りが良くて早いから」                     
「……ですが、任せたあと、何も知らないのも」
「それは、別の問題ね」

 話す時間を取れないといっても、まったく会えていないわけではない。
 会えば言葉を交わすより、唇を交わしている時間が長いだけだ。ジョゼットも、ランドリックも、浮かれすぎて話すべきことを優先できていないだけ。
 夫人の生温かい目が、それは皆の知るところだと語っている。
 言い訳が何も浮かばない。目の眩むほどの恥ずかしさに、ジョゼットは顔を俯けた。



 機嫌のよい夫人を見送り、自分の支度もあるから部屋に戻るという母をジョゼットは引き止めた。式の準備が前倒しで整い、ぽっかりと時間が空いた。おかげでようやく、母に詳細を尋ねる時間を取ることができたのだ。
 直前の恥ずかしさを誤魔化したい気持ちもある。母に甘えている。自覚している。

 ただ、母が誘いに応じて残ってくれたのに、ジョゼットはつい驚いてしまった。
 誘いはしたものの、父が屋敷にいることを知った母は父を優先するだろうと、ごく自然に思っていたから。
 また今度ね、そう言って断られると思っていた。

「どうして驚いた顔をしているの?」

 変な子ね、と言う母が少し困った顔をしていたので、ジョゼットの驚きの理由は知られているのかもしれない。
 向かい合ってゆったりと座った母を見るだけで、ジョゼットは胸が温かくなるのを感じた。

「母さん、父さんが何故兄さんと一緒に来たのか、何か知ってるの?」
「ううん」

 母はゆっくりと答えを吟味している様子だった。焦る素振りもまるでない。
 かえってジョゼットのほうが落ち着かなくなった。

「ソムズはね、乱暴なところが嫌だって言われて、婚約を解消されたの。復縁にこだわってたみたいだけど、お相手はまったくその気がなくてね」

 それは知らなかった。
 昔から、父にならってか、妹のジョゼットを馬鹿にして軽んじていたことを思い出せば、婚約者にだけ誠実だとは想像できないから、妥当だろうか。
 兄に対するには冷めたことを考える。

「自分のせいで駄目になったのに、あなたの婚約をきっかけにその元婚約者から再婚約の申し出が来たのがプライドを刺激したのね。再婚約を受け入れたくせに、婚約者を大事にもせずに荒れ始めた。ジョゼットの結婚をなかったことにすれば、婚約者を取り戻せたのは妹の嫁ぎ先の威光じゃなくて、自分の魅力のおかげだということにできる、そう思ったんだと思うわ。ほんとに、馬鹿よね、ソムズも彼女も」

「……え、母さん?」

 思いがけず自分が思い浮かべたより厳しい言葉を聞いて、ジョゼットは目を白黒させた。
 これは、本当に母だろうか。

「実はね、ソムズに絡んでいたよくない人たちから隠れて、都のメゾネットを隠れ家として用意していただいたのよ。でも母さんはここに来たから、父さんはそこにソムズと二人で隠れてたはず。ずっとお互い真正面から向き合って来なかった二人が、向き合う機会になったならよいけど。それは、もう二人の問題にしてもらおうと思うのよ。母さんも、向き合わなきゃいけないんだけど、それは全部終わってから盛大にやってやるわ」

 急に、母が一人の女性に見えた。
 母でもない、妻でもない。自分と同じ、一人の。
 それは寂しいような、戸惑うような、でも眩しいような。

「どうして、急に? 何かあったの?」

 母としてしか見ていなかったら、遠慮して聞かなかったかもしれない問い。
 今は、聞いてみたかった。
 母のふっくらとした手が、膝の上で揉み合わされ、そしてギュッと互いに固く組まれた。

「この前ね、私言ったでしょう? 『もう、ソムズのことはいいよ。私達のことはほっといていいから』って。――でも、もしかして、いいえきっと、ジョゼットには突き放したように聞こえただろうと思ってね」

 固まっているジョゼットに、母は幼い子に話すようにゆっくりはっきりと言葉にした。

「ジョゼットは、自分で選んでここにいる。それは、母さんがしようとも思わず、できなかったこと。母さんはすごく誇らしいし、すごく自慢だし、応援してる。ジョゼットには、存分に、自分で歩いて行って欲しい。本当の気持ちよ」

 母の乾いて温かな手が、ジョゼットの手を握った。

「だから、父さんのこともソムズのことも、気にしないでいいわ。もちろん、母さんのことも。母さんだって、自分で選んで、生きてきたのよ。ジョゼットに負わせるものは、何にもないの」

「母さん……」

 ほんとうにいいのか、とジョゼットの中でささやく声がする。
 子爵領は都から遠く、田舎で、女性の立場が弱い。よく隠れて俯いていた母。ため息を、日々つかなければいけない場所へ母を返して、自分は後悔しないだろうか。
 ジョゼットの苦しみを見たように、母はジョゼットの顔を覗き込んで、ふふふと笑った。

「ほんとにね。口ばっかりで心も行動も伴わない相手を信じられるかって、叱られたのよ。ジョゼットは、母さんが言う『いいのよ』を信じられないのよね。本当だわ。――どうにかジョゼットに迷惑をかけないように引っ込もうと思ってたんだけど、結局それもいつも通り、手持ちの選択肢の中の、無難な選択でしかなかったのね」

 母はしばらく黙って、それから、ぽん、とジョゼットの手を優しく叩いた。

「ジョゼットにもこちらの侯爵家にも、迷惑をかけてしまうけど、母さん、ジョゼットに心配をかけないように、父さんとはきっちり話をするつもりなの。もう子は育って、夫婦二人一対一ですもの。対等よ。侯爵家も手助けしてくださるそうだし。それにもともと、母さん、父さんとは長期戦のつもりだったから」

 ほわ、とまるで惚気けているかのような表情に、微かな緊張も混じっている。ジョゼットは母が父を優先していたのには、子供を守る意図もあったのかもしれないと、初めて気がついた。

「とりあえず、結婚式はきっと大丈夫よ。『ジョゼットの家族として振る舞えないなら、式から叩き出す』って、きっぱりおっしゃっていたから。素敵な結婚式になるわ、きっと」

「それは、誰が言ったの? ううん、母さんを叱ったのだって……?」

 もちろん、予想はしていた。だって、ジョゼットが問題を半分預けた人だ。
 けれど、正直ここまでジョゼットの心に寄り添ってくれるとは、信じられなくて。

 あら、と母が破顔した。
 子供の頃、いいことがあったとジョゼットが報告をすると見せてくれた、まるで母自身が幸せであるかのような、明るい笑顔だ。

「ランドリック様よ。あなたの旦那様になる人。幸せになるわね、ジョゼット」

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