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しおりを挟む春信は真っ先に店へと向かった。こうなってしまっては、身内として足を踏み入れるのも指を数える程度になってしまうだろう。
開店前である店の硝子戸を春信は引く。中では準備に取り掛かる何人もの従業員が、忙しなく棚に商品を並べていた。
「あら、坊ちゃん。おはようございます」
老齢の女性従業員である八重子が、春信の姿を見つけて声を上げる。その声に反応するように他の従業員も、各々挨拶を口にした。
春信はそれに答えてから、厨房に足を踏み入れる。
甘い匂いが一気に強まった。中では五人ほどの男女が、大鍋をかき回したり、餡子を餅に包む作業などをしていた。
春信の姿を見ると、「相変わらずお早いですね」と声が掛かる。
春信は「皆に比べたら遅いぐらいだから」と、逆にいたたまれなくなっていた。
ずっとこの場所にいては皆が気を遣うだろうと、出来るだけ短い時間だけ手伝うようにしていた。それに以前は、学校にも通っていた。卒業してからは母の介抱に切り替わり、何かと忙しい日々を送っていたのだ。
母の介抱については、以前までは女中や長男の妻がしていたのだが、妻が身重になり、女中もそう何人も雇えなくなってからは、春信自ら買って出ていた。
店にずっといたいという気持ちもあったが、祥一郎と自分の二人がいたら、従業員も気が詰まるだろうと遠慮していたのだ。
加えて今だに、春信の腕前は認められていない。厨房に立てない子息など、恥でしかなかった。
「手伝うよ」
春信は端の方で、梱包作業を一人でこなしていた女学生の梢の隣に立つ。彼女は酷く驚いた顔をした後、「は、はい」と頬を赤く染めた。
出来上がった羊羹を丁寧に、薄い木の皮で作られている経木に包んでいく。それを最後、竹の紐で結ぶ。
「いつ見ても綺麗です。春信さんのって」
梢が春信の手元に目を落としながら、緊張が混じる声で言った。
「僕は包装一つ狂いがあるだけで、その価値が落ちてしまうと思っている。だから精一杯やっているだけのことだよ」
調理に携われないのであれば、せめてこういう細やかな所に少しでも注力しようと春信は決めていた。
「やっぱり凄いですよ……春信さん。私も頑張らないと」
「充分に良くやってくれているよ」
春信の言葉に、梢はさらに恐縮したように身を縮めていた。
ある程度、落ち着いた所で春信は裏口から外に出る。
そこには目を細め、煙草をくゆらせている餡職人の仙太郎の姿があった。
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