淫愛家族

６５

「これでも遅いぐらいよ。もっと早くに手を出すかと思っていたもの」
「――言っている意味が分からない」
「そんなことは良いの。それより、早く食べてよ。次が来ないじゃない」

　涼華に促され、睦紀は渋々フォークに手をのばす。食欲など沸くはずがなかった。

「あなたは私が好きで結婚したたわけじゃないでしょ。父に言われて仕方なく結婚した。違う？」
「何を言って――」
「別に責めてるわけじゃないの。ただ、あなたは優しい人だから、さすがに私も少し罪悪感があるってだけ。だから、逆にその方が私も楽」

　空になった皿が引き下げられ、今度はメイン料理が運ばれる。マッシュポテトとローストビーフに飴色のソースが添えられた、見た目も美しい一皿だ。

「そもそも、僕を好きじゃなかったってこと？」
「そんなのお互い様でしょう。あなたはいつも父の顔色ばかり伺っていたし、私だって父に言われなかったら結婚せずに独身を謳歌していたわ」
「じゃあ、どうして僕と結婚したんだ？」

　結婚したいと切り出してきたのは涼華の方だ。嫌なら嫌で訴えれば、さすがの俊政だって無理強いはしないように思える。

「最初に言っておくけど、私は別にあなたのことを嫌いなわけじゃないの。真面目で優しいし、顔だって綺麗。ちょっと面白みにはかけるけど、結婚相手には理想的ね」

　そう言いつつ、涼華は窓の外に視線を向ける。つられるように睦紀もそちらに視線を流す。
　パノラマの展望で夜景が煌びやかな光を放ち、薄暗い店内を淡い光で染め上げていた。