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アデライト編
愚かな私に罰を
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別邸に着いた私が見たものは、暴れて喚き散らしているオーウェンの姿だった。
「何をしているの。こんなに暴れて、公爵家の別邸で……」
「はは、いい気味だと思っているんだろう。今でも私を愛しているくせに、兄と結婚するなんて、長い間、君の婚約者として縛り付けておいて、今更なかったことにだと、しかも恋人とも別れさせたくせに」
「そんな事は知らないわ。この結婚も王家の意向よ。私の家がどういう家系か貴方だって知っているでしょう」
「解っているさ。でも君は私を選ばなかった。兄をローフェルを選んだ。兄には勝てない。折角君を手に入れて兄を見返せると思ったのに、公爵家の婿に入れば将来、何の憂いも無く過ごせて、病弱な奥方のご機嫌さえ取っておけば楽に暮らせるはずだった」
「そ…それが貴方の本音なのね。だったら、貴方選ばなくて正解よ。私は貴方のアクセサリーや人形でもないわ。生きている人間よ。貴方のしたことに傷つかないとでも思っているの」
「私からしたら君は綺麗なお人形だよ。ただそこにいればいいだけのね。美しい花と変わりない」
「もう、帰って!そして二度と私の前に顔を見せないで、貴方を愛していた私が愚かだった。こんな人を……」
私は涙を流しながら、オーウェンを罵った。
こんな人だと思わなかった。ローフェルが優秀な人間でいつも彼に劣等感を持っていたのは知っているが、私を手に入れることで優越感を持とうとするオーウェンに嫌悪感を抱いた。彼に対してこんな気持ちが生まれるなんて、子供の頃の私には想像もできないだろう。
ああ、今解った。彼は母親を早くに亡くした私が彼に夢中になって依存していく姿を見るのは愉快だったのだろう。ローフェルはずっと私を愛していた。ローフェルに見せつける為の存在。私はただ、彼の自尊心を高める為だけの道具としてだけ。
彼は私を愛していなかった。ローフェルより上に立ちたかっただけ。
オーウェンにとって私はただの人形、彼の隣で幸せそうに笑って生きていく都合のいい女であればいい。
「オーウェン・ブリュッセル。貴方とはもう二度と会わないわ。ローフェルと一緒に幸せになる。それが私の選んだ道。もう貴方とは関わりたくない」
私の言葉にオーウェンは驚いていた。彼はまだ子供の頃の私のイメージが強かったのだろう。きっと泣いて縋る私を想像していたのに違いない。
彼に愛されていないと自覚した私がそんな事をするはずがないのに、どこまでも自分勝手な酷い男。
踵を返して、使用人に彼を追い出すように指示しようと、後ろ向いた瞬間、オーウェンは、私の腕を強く掴んで階段を上った。別邸にある私の部屋に私を投げる様に放り込むと鍵を掛け、乱暴にキスする。その唇を私が噛んで、その隙に部屋を出ようとした。
彼は酔っている勢いと私に拒まれたことで逆上し、寝台に投げ込むと両手首を片手で掴み、片方の手で体を弄っている。
何人もの女と関係を持っていたオーウェンは手慣れた仕草で、私を弄ぶ。その顔を思い出すだけで吐き気がしそうな悍ましい表情を浮かべていた。
破瓜の痛みと心の痛みで次第に抵抗しなくなった私の体を彼は何度も貫いた。
心と体が冷たくなっていくのがわかる。起きた現実を拒否するかのようにぼんやりと天井を見ている。
きっと私は壊れたのだ。現実から目を背けたくて、今起こっている事から逃れたくて……
心のどこかで、オーウェンを信じていた。まさかこんな事をするとは思わなかった。起きた現実を受け入れるのに時間がかかった。
そのまま狂ってしまえば楽だったが、神はそんな私を正気でいさせた。
外で乳母と家令が戸を叩いている音に気が付いた時には数刻立っていた。もう夜が明けようかというような頃だった。
私は乳母だけを中に招き入れた。
大きな悲鳴を出しそうな乳母に
「これは私が望んだことなのよ。いい、このことは誰にも言わないで!私の為を思うなら解ったわね」
乳母は大きく頷き、震える私を抱きしめながら背中を撫でてくれた。母が亡くなってから母代りの彼女はこんな時でも私の気持ちを理解しようとしてくれた。
オーウェンは私を抱いて満足したのか。夜が明ける前に帰っていた。
誰が見ても何があったかわかる程、部屋は荒れ、寝台には血痕がついている。乱れた着衣と私の手首には痣が出来る程掴まれた跡がありありと残っていた。
この状態で合意があったなんて誰も思わない。そんな事は分かっている。でもそれでも自分の矜持は守りたかった。
酔った男に乱暴されたという事実を。惨めな現実を受け入れたくなかったのだ。
その日、私の中の淡い初恋は消え去り、オーウェンを憎みながら生き続ける女。
アデライト・クロムウェルが誕生した。
私が彼に感謝したのは、彼のこの行為のおかげで、強い女公爵が生まれたことだけだ。何の迷いもなく躊躇することなくオーウェンを断罪できる女になれた。
感謝するわ。オーウェン。いつかこのお礼はさせてもらうわ。
私は湯あみをし、本宅に帰る時、別邸の自室の扉を閉め、誰もここには立ち入らない様に指示した。
その後、何事もなく帰ってきたローフェルの顔を見た。でも何もなかったことにはできない。目を伏して顔を背けてしまう。オーウェンと同じ顔を見るのが怖くて、穢れた自分を見られるのが辛かった。
幸いに私の持病の薬には、避妊効果の薬草が入っている。
妊娠は免れそうで少し安堵した。
でも彼の子供の頃にかかった病気。
子供が出来なくなるという定説は最近、学会で覆されていることから安心はできなかった。
結婚式に来たオーウェンは何事もなく私達を祝福した。そう彼は泥酔状態で何をしたのか忘れていた。都合の悪いことは忘れていたのだ。
どんどん私の中で黒く歪な思いが育っていくのを感じながら、幸せそうな微笑みをオーウェンに向けていた。
そんな私の変化にローフェルが気付いているとも知らずに。
既に御伽噺を信じていたような私はいなかった。私の中に復讐しようとするもう一人の私がいるからだ。
アリスティアが渡した手紙の中の鍵はこの部屋の鍵。彼の犯した罪をまざまざと見せる為に残しておいたもの。
それをオーウェンを地獄に落とす為に利用しようとはこの時は思わなかった。彼が私達の幸せを奪うまでは……
「何をしているの。こんなに暴れて、公爵家の別邸で……」
「はは、いい気味だと思っているんだろう。今でも私を愛しているくせに、兄と結婚するなんて、長い間、君の婚約者として縛り付けておいて、今更なかったことにだと、しかも恋人とも別れさせたくせに」
「そんな事は知らないわ。この結婚も王家の意向よ。私の家がどういう家系か貴方だって知っているでしょう」
「解っているさ。でも君は私を選ばなかった。兄をローフェルを選んだ。兄には勝てない。折角君を手に入れて兄を見返せると思ったのに、公爵家の婿に入れば将来、何の憂いも無く過ごせて、病弱な奥方のご機嫌さえ取っておけば楽に暮らせるはずだった」
「そ…それが貴方の本音なのね。だったら、貴方選ばなくて正解よ。私は貴方のアクセサリーや人形でもないわ。生きている人間よ。貴方のしたことに傷つかないとでも思っているの」
「私からしたら君は綺麗なお人形だよ。ただそこにいればいいだけのね。美しい花と変わりない」
「もう、帰って!そして二度と私の前に顔を見せないで、貴方を愛していた私が愚かだった。こんな人を……」
私は涙を流しながら、オーウェンを罵った。
こんな人だと思わなかった。ローフェルが優秀な人間でいつも彼に劣等感を持っていたのは知っているが、私を手に入れることで優越感を持とうとするオーウェンに嫌悪感を抱いた。彼に対してこんな気持ちが生まれるなんて、子供の頃の私には想像もできないだろう。
ああ、今解った。彼は母親を早くに亡くした私が彼に夢中になって依存していく姿を見るのは愉快だったのだろう。ローフェルはずっと私を愛していた。ローフェルに見せつける為の存在。私はただ、彼の自尊心を高める為だけの道具としてだけ。
彼は私を愛していなかった。ローフェルより上に立ちたかっただけ。
オーウェンにとって私はただの人形、彼の隣で幸せそうに笑って生きていく都合のいい女であればいい。
「オーウェン・ブリュッセル。貴方とはもう二度と会わないわ。ローフェルと一緒に幸せになる。それが私の選んだ道。もう貴方とは関わりたくない」
私の言葉にオーウェンは驚いていた。彼はまだ子供の頃の私のイメージが強かったのだろう。きっと泣いて縋る私を想像していたのに違いない。
彼に愛されていないと自覚した私がそんな事をするはずがないのに、どこまでも自分勝手な酷い男。
踵を返して、使用人に彼を追い出すように指示しようと、後ろ向いた瞬間、オーウェンは、私の腕を強く掴んで階段を上った。別邸にある私の部屋に私を投げる様に放り込むと鍵を掛け、乱暴にキスする。その唇を私が噛んで、その隙に部屋を出ようとした。
彼は酔っている勢いと私に拒まれたことで逆上し、寝台に投げ込むと両手首を片手で掴み、片方の手で体を弄っている。
何人もの女と関係を持っていたオーウェンは手慣れた仕草で、私を弄ぶ。その顔を思い出すだけで吐き気がしそうな悍ましい表情を浮かべていた。
破瓜の痛みと心の痛みで次第に抵抗しなくなった私の体を彼は何度も貫いた。
心と体が冷たくなっていくのがわかる。起きた現実を拒否するかのようにぼんやりと天井を見ている。
きっと私は壊れたのだ。現実から目を背けたくて、今起こっている事から逃れたくて……
心のどこかで、オーウェンを信じていた。まさかこんな事をするとは思わなかった。起きた現実を受け入れるのに時間がかかった。
そのまま狂ってしまえば楽だったが、神はそんな私を正気でいさせた。
外で乳母と家令が戸を叩いている音に気が付いた時には数刻立っていた。もう夜が明けようかというような頃だった。
私は乳母だけを中に招き入れた。
大きな悲鳴を出しそうな乳母に
「これは私が望んだことなのよ。いい、このことは誰にも言わないで!私の為を思うなら解ったわね」
乳母は大きく頷き、震える私を抱きしめながら背中を撫でてくれた。母が亡くなってから母代りの彼女はこんな時でも私の気持ちを理解しようとしてくれた。
オーウェンは私を抱いて満足したのか。夜が明ける前に帰っていた。
誰が見ても何があったかわかる程、部屋は荒れ、寝台には血痕がついている。乱れた着衣と私の手首には痣が出来る程掴まれた跡がありありと残っていた。
この状態で合意があったなんて誰も思わない。そんな事は分かっている。でもそれでも自分の矜持は守りたかった。
酔った男に乱暴されたという事実を。惨めな現実を受け入れたくなかったのだ。
その日、私の中の淡い初恋は消え去り、オーウェンを憎みながら生き続ける女。
アデライト・クロムウェルが誕生した。
私が彼に感謝したのは、彼のこの行為のおかげで、強い女公爵が生まれたことだけだ。何の迷いもなく躊躇することなくオーウェンを断罪できる女になれた。
感謝するわ。オーウェン。いつかこのお礼はさせてもらうわ。
私は湯あみをし、本宅に帰る時、別邸の自室の扉を閉め、誰もここには立ち入らない様に指示した。
その後、何事もなく帰ってきたローフェルの顔を見た。でも何もなかったことにはできない。目を伏して顔を背けてしまう。オーウェンと同じ顔を見るのが怖くて、穢れた自分を見られるのが辛かった。
幸いに私の持病の薬には、避妊効果の薬草が入っている。
妊娠は免れそうで少し安堵した。
でも彼の子供の頃にかかった病気。
子供が出来なくなるという定説は最近、学会で覆されていることから安心はできなかった。
結婚式に来たオーウェンは何事もなく私達を祝福した。そう彼は泥酔状態で何をしたのか忘れていた。都合の悪いことは忘れていたのだ。
どんどん私の中で黒く歪な思いが育っていくのを感じながら、幸せそうな微笑みをオーウェンに向けていた。
そんな私の変化にローフェルが気付いているとも知らずに。
既に御伽噺を信じていたような私はいなかった。私の中に復讐しようとするもう一人の私がいるからだ。
アリスティアが渡した手紙の中の鍵はこの部屋の鍵。彼の犯した罪をまざまざと見せる為に残しておいたもの。
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