【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ

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セレンティア編

5※残酷な表現があります。苦手な方はスルーしてください。

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 王城にある場所に一人の女が寝台に座っていた。

 今日は何やら外が騒がしい。

 部屋にある唯一の窓には転落防止の金網が嵌っている。

 コツコツと階段を上がってくる音が一つしかない扉の前で止まった。

 ──ギィィィッーー。

 扉が開くとそこには女の待っていた愛しい男が立っていた。


 「陛下!やっぱり来て下さったのですね」


 無言の男の顔を見るなり女は頬を紅潮させ、駆け寄ろうとした。だが、女は気付いてしまった。[陛下」と呼んだ男の異変に…。

 無言の男は不気味な程、ご機嫌な様子で、抱きしめているあるものと外の景色を楽しんでいた。


 「そなたも外の素晴らしい景色を眺めるがよい。余はこの時を長い間待っていた。エリアーナと共に…」


 エリアーナ…?陛下が今抱いているのはあのエリアーナなの…。


 エリアーナ…それは亡くなった王太子コーネリウスの生母であり、国王の最愛の妻でもあった前王妃。病で亡くなったと公表されているが、真実は違っていた。

 
 「さあ、今宵は素晴らしい宴になりそうだ。エリアーナも喜んでいるだろう。親友のアルモネラが一緒なのだから」


 その言葉に王妃アルモネラは背筋に冷たいものが走った。額から嫌な汗が滲み出る。2ヶ月前、姪のサンドラが王太子を刺殺して直ぐにアルモネラはここに連れて来られ、誰にも会わせてもらえない監禁生活を強いられた。

 本来なら、九族皆殺しと言われている大罪をサンドラが犯したにも拘わらず、公にはアルモネラは病死と発表されている。

 アルモネラは僅かに期待していた。どんなに冷遇されても美しく健康的なアルモネラに国王も多少の情はあるのではないかと…。

 だが、その淡い希望は国王が抱いているものを見た瞬間に足元から崩れ落ちて行った。



 国王が大切そうに抱いているのは美しいドレスを纏った白骨の遺体だった。その首にかけられている美しいブルーダイヤモンドを一目見れば誰の遺体なのかも分かった。

 
 「エリアーナ…」
 「そうだ。ここに居るのはエリアーナだ。余が全身全霊をかけて愛し守ると誓った唯一…。それを貴様の醜い横恋慕で死なせたのだ。そなたが王太子コーネリウスに盛った媚薬でな」


 低く唸る様にアルモネラの犯した罪を暴いているのは、アルモネラが本当に欲しくて欲しくて仕方のなかった男の声だった。

 アルモネラとエリアーナは親友で、エリアーナから学園で国王アンドレアを紹介された時一目惚れをした。長く異国の地で育ったアルモネラは王太子の顔を知らなかった。

 同時に親友のエリアーナが羨ましく憎くもあった。

 自分は筆頭侯爵家に生まれていて、筆頭伯爵家の令嬢だったエリアーナとは大きな身分の差がある上に、儚げで病弱なエリアーナより、健康で美しい肉体を持った自分の方がアンドレアを支えられるはずだと思いあがっていた。

 アルモネラは、ある日、コーネリウスに使った媚薬と同じものをエリアーナに使った。その結果、幻覚症状を引き起こしたエリアーナは階段を踏み外して落下したのだ。

 大怪我をしたエリアーナはアンドレアの二番目の子供を懐妊していた。

 その後、事故の事は伏せられ、病死と発表された時にアルモネラは安堵した。


 ──これで、わたくしがしたことは分からない。


 しかし、エリアーナの事故を不審に思ったアンドレアはずっと調べていた。そして、アルモネラがエリアーナに嘘を吹き込んで追い詰めていた事も分かっている。

 自分の大切な二人の人間を死なせた罰を与える為にアンドレアは今まで、偽りの仮面を付けてアルモネラに接していた。殺しても飽き足らない憎い悪魔の様な女を…。

 遂に念願が叶って、ダグラス侯爵一族を処罰できる今、アンドレアの心は歓喜で震えるほどだった。 


 アルモネラは、外から聞こえる叫び声や助けを求め、赦しを乞う声のする方に目を向けて驚愕した。

 外の景色は処刑場で、悲鳴を上げているのは自分の一族…ダグラス侯爵家の者達だった。

 残忍な方法で次々と死体となって処刑される姿がその窓から見える。公開処刑にしなかったのは、その方法がかつての戦時中の残酷さを匂わせる手段だったからに違いない。

 民衆に見せる見せしめではなく国王アンドレアの狂気に似た復讐の為の処罰。

 アルモネラは今更ながら自分が生かされた訳が理解できた。

 アンドレアは、最も残酷に苦しめる為だけにアルモネラを幽閉した。この場所から見える一族の末路を見せつけ絶望の淵に叩き落とすためだけに…。

 アンドレアは狂っている。エリアーナを失った時から狂ってしまったのだろう。彼の目には狂気の色がはっきりと浮かんでいた。

 処刑されている者には兄のダグラス侯爵も姪のサンドラの姿もあった。四肢を失い。馬に命が尽きるまで引き摺られている。目を疑うような光景にアルモネラは後悔した。

 わたくしは亡き侯爵から兄からアンドレアに嫁ぐことが一族の繁栄のためだと言われてきたのに、その通りにして、サンドラの事にも協力した。

 憎いエリアーナの息子。彼女にそっくりなあの男のカップに媚薬を塗り、部屋には興奮する作用の香を対いて置く様に指示した。

 そしてサンドラに中和剤の薬を持たせて、コーネリウスの部屋に行かせたのだ。

 エリアーナの時は失敗して、階段から勝手に落ちた。あの時も同じように別の男に襲わせるつもりで待機させたのに、エリアーナは部屋から逃げたのだ。全力で逃げて落下した。

 一族が滅んだのは誰の所為?わたくしはただ欲しかっただけ…この美しく残酷で冷たい男を…。この国で一番権力を持っているこの男をただ欲しくて愛しただけよ。それをエリアーナのような何の取りえもない女から奪って、本当に相応しいわたくしのものにしたかっただけ。

 あの女より自分が下だなんてありえない。わたくしは悪くない。全部エリアーナが、兄が父が悪いのよ。わたくしはただ、この男に愛されたかっただけなのに…。きっとエリアーナがいなくなればわたくしの方を…見てくれなかった。

 陛下は…今もエリアーナに囚われ続けている。

 何の為にわたくしは…。

 窓の外から見える残酷な現実を見ながら、アルモネラは発狂した。


 「ふふふふっーーーあーーーはははは、おかしいわ。わたくしは手に入らものをずっと求めていた。こんなに愛しているのに…愛されてもいない、なんて空虚な人生だったのだろう…おかしくてたまらない」


 狂ったアルモネラの笑い声が木霊する中、アンドレアは白骨遺体を抱いて部屋を出た。

 途中、アンドレアは目線を斜め上に向けて呟いた。


 「全部、終わったよ。これで君も満足かい?エリアーナ…」


 そこに彼女の姿を見るように悲しそうに誰にも聞こえない独り言を口にした。


 もう陽は傾き始めていた。


 東からは月が昇り始めている。

 コーネリウスの残したダグラス侯爵家の悪事の証拠はアンドレアの復讐心を更に煽るものだった。

 エリアーナは階段から落ちても死んではいなかった。長く眠った状態のまま、コーネリウスの成婚の翌日に静かに息を引き取ったのだ。この塔で…。

 アルモネラは何時の日にか、幽鬼となったエリアーナに会うかもしれない。自分も会いたい。例えそれが幻でも幽鬼であっても。

 唯一の存在を失ったあの日からアンドレアは生きているが死んでいる様な日々を送っている。二度と帰らない愛しい人との思い出を胸にこれからも生きていくしかないアンドレアの心は更に重く沈んでいった。




 コーデリカが18才になった時、ユリウス・ジュラールと婚姻し、女王となった。

 新しい時代の到来となったのだ。
 
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