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村人は、郡役所の食糧倉庫を開くと、まず自分たちで食事をとり、次に食糧事情の悪い村へ供出することにした。隣村の食糧事情に関しては、村人たちはよく知っているからだ。そうやって、村どうしの交流をしている際の村人たちの表情は、トログリム国王の悪政に倦んでいることもあり、なごやかにさえ見えた。どの村も虐げられているので、横の連携は作りやすいのだ。
実際、トログリム国王は農民の貧困には、意外と無関心なのである。ふだんから自分のことしか見えないため、いつも自分だけが恵まれていないと思えて、周囲の者たちが才能も富も持っていると、ねたみ続けたのだから、当然の結果であるのだが。
「トログリム国王は、視野が極度に狭い方です。王族には、自分の領地の貧しい民には、食糧倉庫を開いて施しをする慈悲深い方が多いからこそ、ベオグラード王国は何代もの国王の治世を通じて、安定した国であり続けたのですが。実際、王家の家訓には、『民に優先的に食事を供せよ』というのがあるぐらいです」
村人たちの生き生きした表情を見るにつけ、ルイズの言葉の重みは、有子にもありありとわかる。
「朕も、そう思う。まあ、トログリムをそうさせてしまったのは、教育を家来に任せっぱなしにしてきた、朕の責任でもあるがのぅ……」
ボルフガング元国王が、しおらしくつぶやく。
「朕は若い頃、幾多の戦場を駆け巡ってきた。全ては、ベオグラード王国を侵略しようとする隣国と戦うためじゃった。それゆえ、幼いトログリムと充分に語らう時間がとれなかったのじゃ。このままでは甘えん坊の駄々っ子に育ってしまうと危惧した朕は、教育係を何人もつけて、個別に英才教育を施したのじゃ。朕には王子が三人いたが、そのうち二人は、英才教育にぶちぶち文句を言いながらも、真面目な子に育ってくれた……」
そこで、水差しから椀に水を注いで、一息つくと、また語り始めた。
「だが、トログリムだけは、英才教育の落とし穴に、気づかぬうちにはまってしまったのじゃ。トログリムにつけた教育係は、トログリムが試験で最高の成績をとっても、決して課題を減らしたりしなかった。むしろ、『国語より外国語の成績が悪いのは危険だ』という理由で、外国語の課題を増やしおった。それゆえ、トログリムは勉強する意欲を失ってしまったのじゃ。そりゃ、最高の成績をとったのに課題を増やされたのなら、良い成績をとりたいと思わなくなるのは道理じゃ。しかも、課題をこれ以上増やされたくないから、勉強の内容がわかってなくても、わかっていると嘘やごまかしばかりするようになってしまった……」
そのまま、椀の水を一口飲む。
「しかも、朕はトログリムの下がった成績を見るたびに、ことあるごとに、『親が金をかけて、これだけの教育を施してやっているのに、なぜ勉強しない?』と詰め寄った。当初、トログリムは反抗的な態度ばかりとっていたが、そのうち、表情そのものが乏しくなってきおった。今思えば、望まない方法ばかり押し付けられて、トログリムの心はゆがんできていたのじゃろうて。そのうち、努力もしない、成績も悪い、そのくせ、一時的に最高の成績をとったという自信だけにすがって生きる、虚栄心ばかりの子になってしまった……」
語りながら、ボルフガング元国王は、さめざめと泣き出した。
「朕がそれに気づいたときには、もうトログリムは二十歳を過ぎて何年もたっていたのじゃから、今さら、どうにもならんかった。無理に大金をかけられて、望まない勉強ばかりさせられてきたのだから、金のありがたみもわからず、民が金を稼ぐ苦労も知らぬ。増してや、自分の生活が民の税金で成り立っていることも理解できぬ。そんなドラ息子に育ってしまいおった……。こんなことなら、トログリムには机上の勉強を強制するのではなく、もっと民の生活を見せるべきじゃったと後悔ばかりしておるが、もう遅いしのぅ……」
「ちっとも遅くなんか、ありません!」
ふいに、有子が大声をあげたので、ボルフガング元国王もルイズも、驚いて顔を上げる。
「さっきから聞いてれば、何ですか? もう遅いとばかり、おっしゃってますね。教育に、遅すぎるということは無いんです。現に、あたしのいた世界では、生涯学習という言葉が、頻繁に使われていました。高校や専門学校や大学などの最終学歴だけで、学習が終わるわけではない、一生涯をかけて学ぶべきことがあるという意味です。トログリム国王が、民の生活を理解できない大バカ野郎なら、都へ攻め上って、ぶん殴ってでも目を覚まさせれば良いんですよ」
ボルフガング元国王とルイズのみならず、村人たちまでもが、有子のほうを見る。
「考えてみてください。トログリム国王ったって、元国王陛下の息子じゃないですか。息子をぶん殴れるのは、親だけですよ。元国王陛下ほどの腕力があるなら、息子を殴るぐらい、何でもないはずです。気の狂った無法者は、自分より強い力で殴られて、初めて正気に返るものなんですよ」
ボルフガング元国王は、あっけにとられて聞いていたが、村人たちは、「そうだ、そうだ」だの「ドラ息子をしつけるのは、親父の役目だぜ」だのと口々に唱和する。これには、ボルフガング元国王のほうが気圧されて、「そうじゃった。トログリムに人倫を説くことができるのは、朕だけじゃな」と言ったことで、有子も「そうですよ。さあ、一緒に都へ攻め上るんです!」と唱和して、村人の戦意は最高潮に高まった。
それに、吉報はそれだけではない。郡役所を攻め落としたことで、近隣の村々からは、ボルフガング国王のもとに馳せ参じる若者が急増し始めた。今や、ボルフガング元国王の兵力は、三千人を超えるまでになったのだ。
実際、トログリム国王は農民の貧困には、意外と無関心なのである。ふだんから自分のことしか見えないため、いつも自分だけが恵まれていないと思えて、周囲の者たちが才能も富も持っていると、ねたみ続けたのだから、当然の結果であるのだが。
「トログリム国王は、視野が極度に狭い方です。王族には、自分の領地の貧しい民には、食糧倉庫を開いて施しをする慈悲深い方が多いからこそ、ベオグラード王国は何代もの国王の治世を通じて、安定した国であり続けたのですが。実際、王家の家訓には、『民に優先的に食事を供せよ』というのがあるぐらいです」
村人たちの生き生きした表情を見るにつけ、ルイズの言葉の重みは、有子にもありありとわかる。
「朕も、そう思う。まあ、トログリムをそうさせてしまったのは、教育を家来に任せっぱなしにしてきた、朕の責任でもあるがのぅ……」
ボルフガング元国王が、しおらしくつぶやく。
「朕は若い頃、幾多の戦場を駆け巡ってきた。全ては、ベオグラード王国を侵略しようとする隣国と戦うためじゃった。それゆえ、幼いトログリムと充分に語らう時間がとれなかったのじゃ。このままでは甘えん坊の駄々っ子に育ってしまうと危惧した朕は、教育係を何人もつけて、個別に英才教育を施したのじゃ。朕には王子が三人いたが、そのうち二人は、英才教育にぶちぶち文句を言いながらも、真面目な子に育ってくれた……」
そこで、水差しから椀に水を注いで、一息つくと、また語り始めた。
「だが、トログリムだけは、英才教育の落とし穴に、気づかぬうちにはまってしまったのじゃ。トログリムにつけた教育係は、トログリムが試験で最高の成績をとっても、決して課題を減らしたりしなかった。むしろ、『国語より外国語の成績が悪いのは危険だ』という理由で、外国語の課題を増やしおった。それゆえ、トログリムは勉強する意欲を失ってしまったのじゃ。そりゃ、最高の成績をとったのに課題を増やされたのなら、良い成績をとりたいと思わなくなるのは道理じゃ。しかも、課題をこれ以上増やされたくないから、勉強の内容がわかってなくても、わかっていると嘘やごまかしばかりするようになってしまった……」
そのまま、椀の水を一口飲む。
「しかも、朕はトログリムの下がった成績を見るたびに、ことあるごとに、『親が金をかけて、これだけの教育を施してやっているのに、なぜ勉強しない?』と詰め寄った。当初、トログリムは反抗的な態度ばかりとっていたが、そのうち、表情そのものが乏しくなってきおった。今思えば、望まない方法ばかり押し付けられて、トログリムの心はゆがんできていたのじゃろうて。そのうち、努力もしない、成績も悪い、そのくせ、一時的に最高の成績をとったという自信だけにすがって生きる、虚栄心ばかりの子になってしまった……」
語りながら、ボルフガング元国王は、さめざめと泣き出した。
「朕がそれに気づいたときには、もうトログリムは二十歳を過ぎて何年もたっていたのじゃから、今さら、どうにもならんかった。無理に大金をかけられて、望まない勉強ばかりさせられてきたのだから、金のありがたみもわからず、民が金を稼ぐ苦労も知らぬ。増してや、自分の生活が民の税金で成り立っていることも理解できぬ。そんなドラ息子に育ってしまいおった……。こんなことなら、トログリムには机上の勉強を強制するのではなく、もっと民の生活を見せるべきじゃったと後悔ばかりしておるが、もう遅いしのぅ……」
「ちっとも遅くなんか、ありません!」
ふいに、有子が大声をあげたので、ボルフガング元国王もルイズも、驚いて顔を上げる。
「さっきから聞いてれば、何ですか? もう遅いとばかり、おっしゃってますね。教育に、遅すぎるということは無いんです。現に、あたしのいた世界では、生涯学習という言葉が、頻繁に使われていました。高校や専門学校や大学などの最終学歴だけで、学習が終わるわけではない、一生涯をかけて学ぶべきことがあるという意味です。トログリム国王が、民の生活を理解できない大バカ野郎なら、都へ攻め上って、ぶん殴ってでも目を覚まさせれば良いんですよ」
ボルフガング元国王とルイズのみならず、村人たちまでもが、有子のほうを見る。
「考えてみてください。トログリム国王ったって、元国王陛下の息子じゃないですか。息子をぶん殴れるのは、親だけですよ。元国王陛下ほどの腕力があるなら、息子を殴るぐらい、何でもないはずです。気の狂った無法者は、自分より強い力で殴られて、初めて正気に返るものなんですよ」
ボルフガング元国王は、あっけにとられて聞いていたが、村人たちは、「そうだ、そうだ」だの「ドラ息子をしつけるのは、親父の役目だぜ」だのと口々に唱和する。これには、ボルフガング元国王のほうが気圧されて、「そうじゃった。トログリムに人倫を説くことができるのは、朕だけじゃな」と言ったことで、有子も「そうですよ。さあ、一緒に都へ攻め上るんです!」と唱和して、村人の戦意は最高潮に高まった。
それに、吉報はそれだけではない。郡役所を攻め落としたことで、近隣の村々からは、ボルフガング国王のもとに馳せ参じる若者が急増し始めた。今や、ボルフガング元国王の兵力は、三千人を超えるまでになったのだ。
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