いつかの空を見る日まで

たつみ

文字の大きさ
86 / 300
第1章 彼女の言葉はわからない

乖離の成果 2

しおりを挟む
 
「いい天気だねえ」
 
 と言っても、天気も管理されているので、当たり前なのだが、それはともかく。
 見上げると、空は青くて、心地良い風がちょうどいい感じに吹いている。
 住居の外にある、小さな丘は、綺麗な緑の下草に覆われていた。
 あつらえられているのだろう、そこには1本の大きな木がある。
 
 その下に、シートを広げ、ピクニック。
 
 足を伸ばし、フィッツと2人、並んで座っていた。
 いつも通り横に立っていたフィッツに声をかけ、座らせている。
 なぜか、フィッツは、少しの間を置いてから、腰を下ろした。
 前は、カサンドラが言えば、すぐ行動に移していたのに。
 
「あのさぁ、フィッツ」
「はい、ひ……キ……」
 
 フィッツが、言葉を詰まらせている。
 あれから10日、未だ努力中なのだ。
 小さく笑い、フィッツへと体を寄せる。
 腕を組み、肩に頭を乗せた。
 
「はい、駄目でした~、5秒お約束違反」
「5秒は厳しいですね」
「そうかもしれない。アイシャには3分あげたもんなぁ」
 
 途端、少しムっとしたような空気が漂う。
 一緒にいるのが長いからか、2人だけの時間が多いからなのか、表情だけではない空気感を察することができるようになっていた。
 
「でも、フィッツは愛称呼びするだけなんだから、5秒で十分だと思う。無理する必要はないけどさ」
「いえ、呼びたいと思っています。そのほうが、もっと近くなれる気がするので」
「鋭意努力だね」
「全力です」
「全力で、それかぁ。先は遠そうだよ、フィッツ」
 
 言って、声を上げて笑う。
 すると、フィッツも口元に小さな笑みを浮かべていた。
 ほかの人では気づかないくらいの、本当に小さな表情の変化だ。
 けれど、彼女にはわかる。
 
「もったいないよなぁ」
「もったいない? なにがですか?」
「フィッツがさ」
「私が?」
 
 ちろっと上目遣いで、フィッツに視線を投げた。
 フィッツも、こっちを見ていたので、視線が交わる。
 人に、じっと見られるのは、あまり気持ちのいいものではない。
 だが、フィッツの薄金色の瞳に見つめられるのは、嫌ではなかった。
 
「フィッツ、優しいしさ、なんでもできるし、見た目もいい。なのに、私みたいな意地悪で性根の悪い女しかそばにいないなんてもったいないよ」
 
 フィッツがフィッツでなければ、「使命」なんてものがなければ、今、こうしてフィッツと一緒にいるのは、自分ではなかったかもしれない。
 自分より「いい人」が、世の中には、ざらにいるのだ。
 フィッツは、自分にはもったいないと、常々、思っている。
 
「皇宮のメイドみたいな感じじゃなくてさ。もっと素朴で……なんていうか、いい人が、世の中には大勢いるんだよなぁ」
「いい人というのは、曖昧ですね」
「フィッツに優しくしてくれる人」
「優しいというのも、捉えどころがありません」
「うーん、フィッツを苦しませない人? 嫌なことをしない人とか?」
 
 確かに「優しい」という言葉を説明するのは難しい。
 なにをもって「優しい」とするかは、人それぞれ。
 一般的には、自分に親切だったり、親身になってくれたりすると、そう感じるのだろうけれども。
 
「では、私は、姫様を苦しませたり、嫌なことをしたりしていないのですね」
「してないね。逆に、私のことばっかりだから、申し訳なくなる」
「なぜですか?」
「私は、フィッツにしてあげられることがないじゃん」
「それは違います」
 
 フィッツが、じぃぃぃっと、彼女の瞳を覗き込んでいる。
 そのフィッツの瞳が、ふわっと、やわらかくなった。
 見たことのない色に、心臓が音をたてる。
 
「姫様は、私がいなくても、本当は困りはしないでしょう? それでも、こうして一緒にいてくださるではないですか」
「そ、そんなことない。フィッツがいないと困る」
「姫様には、力があると知っていますから」
「だから、それは使わないって言ってるでしょ」
「それも、私にしてくださっていることのひとつです」
 
 そうなるのだろうか。
 自分では、よくわからない。
 
 ただ、力を使わないことと、フィッツとが無関係だとは言えなかった。
 力を使えば、否応なく近くにいるだろうフィッツを巻き込むことになる。
 それを意識していなかった、と言えば、嘘になるからだ。
 
「ですが、姫様が私になにかしてくださるのであれば……」
「なに? できることなら、やってあげるけど」
「ご自身の命を大事にしてください」
「え?」
「姫様は、いつ死んでもかまわないというように見えます。ご自分の生死に無関心なのではないですか?」
 
 う…と、言葉に詰まった。
 つい最近まで、どこで野垂れ死にしてもしかたがない、と思っていたのは事実。
 とはいえ、思ってはいても、口に出したことはない。
 そのため、自分の内心に気づかれていたことに驚く。
 
「いつから、そう思ってた?」
「わかりません。鉱山に行く前には、そう思っていた気がします」
「そうなんだ」
「はい。姫様が、生きるのも死ぬのも、どちらでもいいというような姿を見ると、私は苦しくなります」
 
 組んでいた腕をぎゅっと握りしめ、フィッツの肩に頬をくっつけた。
 ヴェスキルの継承者だからなのかどうかは、もうどうでもいいと思える。
 いずれにせよ、自分の死により、フィッツは苦しむのだ。
 
「わかった……まぁ、私もね。最近は、ちょっと長生きしたくなってるんだ」
「そうでしたか」
「そうだよ。フィッツを置いてけないからさ」
「置き去りにはしないと言ってくれましたね」
 
 最終目的地は、ここではなかったが、ここで「長生き」をするのも悪くない。
 フィッツと2人なら、ずっと地下暮らしでかまわないと感じた。
 作り物であれ、空は青く、太陽だってある。
 なにより、自分と一緒にいることを願ってくれるフィッツがいる。
 
「フィッツがいないと困る。でも、困るから一緒にいるわけじゃない。前は、そうだったけど、今は違う。フィッツといるのが楽しいから一緒にいたいと思ってる。ほかの人じゃなくてね」
「外には、大勢の“いい人”がいるのに、ですか?」
「外には、そういう出会いもあるかもしれない。ただ、私は、もういいって感じ。このまま、楽しくやってけたら、それでいい。ほかの人はいらないや」
 
 フィッツからの返事がない。
 あれ?と思って、顔を上げた。
 パッと、フィッツが顔をそむける。
 カサンドラと腕を組んでいないほうの手で、口元を押さえていた。
 
「なに、ニヤニヤしてんの?」
「していません」
「いや、してるって」
「それは……」
「なに? 私、なんか変なこと言った?」
 
 よくわからないが、フィッツは喜んでいるらしい。
 一緒にいるのが嬉しいということだろうか。
 とはいえ、それは、何度も言ってきた。
 今さら、という感じもする。
 
「……ほかの者は不要というのが……心地よかっただけです……」
「フィッツってさ、無自覚に嫉妬深いよね」
「嫉妬……???」
「そうそう、アイシャにも嫉妬してたじゃん」
「あれは、そういうことでは……嫉妬……あの不快な感覚は嫉妬でしたか……」
 
 フィッツは、なにか感慨深げだった。
 自らの心に「嫉妬」などというものがあるとは思っていなかったのだろう。
 フィッツの心境が、簡単に、その言葉で置き換えられるものなのかは、彼女にも不明なところだけれども。
 
「それにしても、フィッツさぁ」
「はい、姫様」
「全力で努力してる割には、ちっとも呼べないね」
 
 動揺してか、体をぴくっと震わせるフィッツに、彼女は、くすくすと笑う。
 最初は、フィッツの考えていることなんて、まるきりわからなかった。
 少々、頭のイカレた男だからしかたがないと、諦めていた。
 なのに、こうしていると、わかることがたくさんある。
 
「時間はあるんだし、急がなくても大丈夫。ゆっくりのんびり、やっていこうよ」
「はい、ひ……キャ……」
 
 くくっと、含み笑いをもらしてしまった。
 不謹慎と言えば、不謹慎だ。
 フィッツの言った「呼びたい」は本心なのだと思う。
 だが「ティニカ」が、それを阻んでいるに違いない。
 
 フィッツは「使命」のためだけに、作られた存在だから。
 
 鎖を断つのは、簡単ではないはずだ。
 それでも「全力で努力」している。
 本来なら、笑うところではない。
 わかっているが、深刻になりたくもなかったのだ。
 
「私が意地悪だから、フィッツは苦労するなぁ」
「苦労だと感じたことはありませんが」
 
 彼女が笑うと、フィッツもまた、わずかに笑った。
 実に穏やかで、気分がいい。
 
「お腹が空いた。お昼にしよっか」
 
 自分もフィッツも、こうやって少しずつ変わっていくのだ。
 1人きりでは存在しなかったはずの可能性を手にして。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~

古堂 素央
恋愛
【完結】 「なんでわたしを突き落とさないのよ」  学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。  階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。  しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。  ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?  悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!  黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...