理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

正妃選びの儀 2

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 この大陸で、最も大きな国であるロズウェルド王国の第1王子に生まれて、22年。
 彼は王位に就くためだけに生きてきた。
 王族にふさわしい知識と教養、立ち居振る舞いを身に着け、武術の腕も近衛騎士にひけをとらないほどだ。
 
 少しであれば魔術も使える。
 これは手抜きをしたのではなく、必要がなかったから覚えなかった。
 国王が健在のため外交の場には時々しか顔を出さないが、それでも彼のことは諸外国も王位継承者として認識している。
 
 彼、ユージーン・ガルベリーは、自身が王位に就くことを微塵も疑っていない。
 
 それ以外の未来など考えたこともなかった。
 今日という日も、きたるべき日に備えるために過ぎないのだ。
 王太子の内に婚儀を済ませておく。
 そのための正妃および側室選びだった。
 
 現国王には子供が2人。
 いずれも男子ではあるが、第2王子が王位を継承する可能性などないと誰もが知っている。
  ユージーンは文句のつけようがないほど優秀だ。
 
 遠目からでもわかるほど濃く鮮やかな金髪は、王宮専任の美髪師が手入れをしており、首元でいつも艶々さらさら。
 大き過ぎず小さ過ぎず、薄い色だが深みのある緑の瞳。
 鼻筋も通っていて、顔の真ん中にバランス良くおさまっている。
 背は高く、ほっそりとはしていても、服の下にきっちりとした筋肉がついているのが見てとれる体つき。
 
 多くの女性が惹かれる、その容姿といい、若さなど跳ねのけて余りある王族然とした風格といい、王位を継ぐために生まれてきたと思わせるに足る存在感を示していた。
 ただし、第2王子に継承の芽がない理由は、こうしたユージーンの優秀さとは無関係なところにある。
 
 現国王が望んでいない。
 
 その1点に尽きるのだ。
 なんでも国王である父は、第2王子に「そのような重荷は背負わせたくない」らしい。
 自分には背負わせても平気なのかと思わなくもなかったが、第1子として生まれた責任というものがあるのだと受け流した。
 
 物心ついた頃から、父には愛されていないと知っている。
 側室の子である第2王子や、ユージーンの母である王妃には存分にそそがれている愛情。
 同等のものを父から与えられた記憶が、ユージーンにはなかった。
 そもそもほとんど会うことがないし。
 
 お付きの王宮魔術師、副魔術師長に育てられたと言っても過言ではないのだ。
 だから、ユージーンは父になにも期待していない。
 とっとと楽隠居して、自分に王位を譲れと思っていた。
 そうすれば副魔術師長の恩義に報いることもできる。
 
(正妃をめとらなければ正式な王位継承権を得られぬとはな……面倒なことだ)
 
 今の王妃、すなわちユージーンの母親には子が1人しかできなかった。
 それでは心もとないと、周囲は国王に側室を娶るように進言していた。
 が、母に対して愛情があるのは確かなようで、国王が側室を娶ったのはユージーンが生まれてから3年後のことだ。
 
 そして第2王子が生まれた。
 国王は第2王子を、それはそれは可愛がっている。
 なのに、なぜか側室には愛情が向かないらしい。
 未だに母とベッタリな生活をおくっていた。

 不可思議に思う頃もあったものの、最早、今のユージーンにとってはどうでもいいこととして扱われ、思考の端にも引っかからなくなっている。
 
 自分が王位に就く。
 それもできるだけ早く。
 
 それ以外はどうでもよかった。
 正妃も側室も、正式な権利を手にするためと世継ぎ問題を早々に片づけるため、という以外の存在価値はない。
 
 第2王子を生んだ側室のように愛情がなくとも子はできる。
 寵愛する相手が生んだ子だからといって愛情をいだけるわけでもない。
 
 父親を見ていて、いかに愛情というものが曖昧で不確かなものかを思い知った。
 自分は愛情など必要としない生き方をする。
 国王という地位と名誉と権力、そちらのほうが分かり易くて確実。
 手にいれるなら愛情より王位だ。
 
(そもそも……父上がもっと早く母上を正妃として迎えいれておれば、母上とて、もう何人かは子をもうけられたかもしれんのだ……俺は、父上と同じ愚はおかさん。それが責任を負った者の務めではないか)
 
 ユージーンは、高みから目の前に立ち並ぶ20人の女性たちを見下ろす。
 実のところ、正妃はすでに決まっていた。
 当然、愛情とは無関係だ。
 
 血筋。
 
 それだけを目的としている。
 20人目に並んでいる娘の血が、ユージーンには必要だった。
 ほかの者は、どうしても子がなせない際の予備に過ぎない。
 
(黒髪に黒眼……俺とあの娘の間にも、生まれるだろうか)
 
 ユージーンは、ふっと息を吐く。
 自分の地位を、そして自分の血筋を絶対的なものにするためには、どうしても黒髪、黒眼の子に生まれてもらわなければならない。
 
(あの娘はたしか16歳だったか……ならば、生まれるまで何度でも子を孕ませればよいか……時は限られているが、まだ猶予はある)
 
 どうせ正妃などお飾りだ。
 世継ぎを生む以外にすることもたいしてありはしない。
 子作りに励めるよう健康な体を維持させておけば、それだけでいいと思う。
 
 父のように妻とベッタリな生活などごめんだった。
 必要な時以外、会うのも嫌だし、ふれたくもない。
 王位を盤石にするために子を作る、子を作るために彼女を抱く。
 それ以上の気持ちなど、どこにもなかった。
 
 ローエルハイドの孫娘。
 
 彼女の父親が持たなかった血の鉱脈を彼女は持っている。
 祖父から譲り受けたであろう黒髪と黒眼が、その証。
 副魔術師長から、彼女が愛を求めるような女ではないとの報告を受けていた。
 ありがたい話だ。
 
(夫婦のいとなみとやらに感傷的な女など、うっとうしいだけだからな)
 
 愛情をかける気のない相手から愛を求められたって、正直、面倒くさい。
 血筋ゆえにローエルハイドの孫娘を選ばざるを得ないとしても、お互いに割り切った関係でいられるのが望ましかった。
 いくら贅沢をしようが、我儘をしようが、自分とは関係のないところでするのなら勝手にすればいい。
 彼女に期待しているのは、世継ぎ問題を解消させることだけだ。
 
(正妃はともかく……側室はこの中から決めてしまうわけにはいかんな。下手な者を選ぶと面倒なことになる)
 
 側室選びを何度も行うのは面倒だが、後々のことを考えると簡単に決めることもできない。
 より大きな面倒を避けるための面倒ならしかたがない、と気持ちを切り替えた。
 ユージーンは集まった女性たちに、すぐには決断しないことを告げる。
 全員が口を閉ざし、不満を述べる者はいなかった。
 
 正妃選びの儀が複数回に渡って行われることは珍しくないからだ。
 実際、父は母を選ぶまでに十数年を費やしている。
 
 愛せぬ者を王妃にすることはできぬ、と言って。
 
 実に馬鹿馬鹿しいと思えた。
 無駄に時間を浪費し、結果、世継ぎ候補を2人しか残せなかったのだから。
 
(俺が死んでいたら……父上はどうなさるおつもりだったのか。ザカリーが生まれたのは、まだしも幸運だったのだろうが)
 
 第2王子のザカリーは3つ下の異母弟として生まれた。
 仮にザカリーが生まれる前にユージーンが命を落とすようなことがあったなら、国は大混乱に陥っていたに違いない。
 愛などというものにこだわって国を危険にさらすなど、あまりに無責任に過ぎる。
 
 自分はそんな王にはならないと、ユージーンは固く決意していた。
 愛情をいだけるとは思えなかったが、子供は5,6人ほしいと考えている。
 もちろん世継ぎの最有力候補は黒髪、黒眼の子だ。
 
 ザッと女性たちに視線を走らせてから、そばに控えている副魔術師長にうなずいてみせた。
 形骸化されているとはいえ儀式には決まり事というものがある。
 最初に女性たちの意思を確認しなければならないのだ。
 
 とはいえ、彼女らは自らの意思でもって、ここに来ている。
 要するに次の問いかけは、あくまでも建前だった。

「それでは、最初に……辞退を申し出る者はいるか?」

 いるはずがない。
 思った、次の瞬間。
 
「はい! 辞退します!」

 想定外の言葉が、室内に響き渡っていた。
 しかも、辞退を叩きつけてきたのは、あろうことか正妃となるべきはずの、ローエルハイドの孫娘。
 
 この22年間、ユージーンは王太子としての道を着々と歩んできた。
 5歳の頃にはすでに自分の立場を把握し、それに準じる相応の振る舞いをしてきてもいる。
 たいがいのことには動じず、いつも冷静でいられた。
 
 が、今、生まれて初めての経験をしている。
 頭の中が真っ白になったのだ。
 
 なにをどう答えていいのか、どう振る舞うのが正解なのか。
 
 なにもわからずにいる。
 おかけで片肘をついた格好のまま動くこともできずに固まっていた。
 
(どういう……これは……どういう……??? 辞退……???)
 
 頭上にハテナが飛び交っている。
 ここにつどっているのは正妃や側室になりたがっている貴族令嬢だけのはずだ。
 なのに、なぜ辞退なんぞということになるのか。
 
 意味がわからない。
 
「殿下」
 
 声にハッとなる。
 とにかく今回の正妃選びの儀が台無しになったのは確かであり、無様をさらさないためには、この場をしのぐ言葉が必要だった。
 
「そこの者だけ残っていろ。あとの者は下がれ」
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