理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

正妃選びの儀 1

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 ん?と、月代結奈つきしろ ゆいなは思った。
 なんだかおかしい、変なのだ。
 
 見えているのは大理石っぽい、床。
 
 その視界から、腰を曲げて会釈をしているのだな、などと思う。
 混乱気味なせいで頭を上げることも忘れている。
 昨夜は普通に寝たような気がするが、起きたという記憶はなかった。

 起きた記憶がないのに立っているとは、これいかに。

 そして起きた記憶はないのに、服を着替えていることはわかる。
 間違いない。
 体がいつもの2倍は重いからだ。
 
 視界にある自分の足には見慣れない靴。
 仕事用のローヒールなパンプスでもなく普段使いのスニーカーでもない。
 およそ結奈が持っているはずのない高級そうな革靴。
 ファッションに疎くても、なんとなく「本物」だと感じる風合い。
 
 なぜに自分はこんな靴を履いて、こんな場所で会釈などしているのか。
 
 唐突にハッとなり、ようやく顔を上げることに思い至る。
 顔を上げ、周りや自分の全身を見れば何かわかるに違いない。
 すぐさま行動に移ろうとした時だ。

「この中から正妃と側室を2,3人選ぶつもりだ」

 少し低くて耳ざわりのいい声ではある。
 あるけれども、その言葉のせいで、またもや顔を上げるのを忘れてしまった。
 今の気持ちを、結奈は心の中で正しく言葉にする。

(ちょっと、なに言ってるかわかんないんですケド……)

 正妃という聞きなれない言葉は、すぐにはピンとこなかった。
 逆に側室との言葉に聞き覚えがあったから、正妃がなにかを類推できたのだ。
 とはいえ、声の主が言っていることの意味がわかったわけではない。
 
 現代日本では一夫多妻など認められていないし、逆ハーレムだってお断り。
 結奈は、愛し愛される一夫一妻制を望む、断固。

(なにこれ、夢? でも、私、そーいう願望ないよ? なんだ、側室って)
 
「ただし、この1回で決めるかどうかはわからん。正妃にも側室にも、求められるものは多いのでな。ふさわしいかどうかを、しっかり見極めさせてもらう」

 やはり耳ざわりはいい。
 いい声だとは言える。
 だけれども。

 イラっとした。

 なんだコイツ、と思う。
 夢なのだろうし、もちろん夢であるのは確かだとしても、イライラした。

(なんでこんな嫌な夢、見てんだろ……夢って願望だったり、現実にあったことを、ちょこちょこっと引っ張って変換して出来てたりするんだよね、たぶん)

 ならば、夢の原因はなにか。
 
 職場での人間関係は良好だし、最近は忙しくてあまりテレビも見ていない。
 映画を観に行く時間も小説を読む時間もない有りさまだった。
 こんな夢を創造するような影響を受ける要素はないと思える。
 
 夢にしてもひどい出来だ。
 怖いだけの夢なら何度も見たことがある。
 
 殺人鬼に追いかけられたり、車ごと海に飛び込んで沈んでしまったり。
 地下迷路に迷いこみ、さまよったあげく、なぜか大型冷蔵庫に閉じ込められ、恐怖のあまり飛び起きたことだってあった。
 
 けれど、こういうイライラするような嫌な夢は初めてだ。

(えっらそーにさあ! なぁにが、見極めさせてもらう、だよ! しかも正妃に側室だとお! そんなハーレム野郎こっちからお断りだっての!)

 両親は、見ていて恥ずかしくなるくらい仲が良かった。
 結婚記念日には結奈を置いて2人で旅行に行くくらい愛し愛され夫婦だった。
 それを27年間見てきた結奈にとって、結婚とはそうあるべきとの意識が強い。
 妻が複数いるような夫など論外も論外、選択肢の「肢」に入る余地もなし。

(てゆーか、何様?! 夢なら、もっといいキャラ出そうよ、私!)

 自分で自分に八つ当たりするほど腹が立つ。
 大好きな両親の、愛し愛され婚を馬鹿にされた気がしたからだ。
 あたかも「婚姻関係は子作りの意味しかない」と言われたようで。
 
 こうなったら、キツいひと言でもぶつけてやらなければ気がすまない。
 どのみち相手は自分の夢の住人に過ぎないのだから、設定や演出を台無しにしたところで、誰に文句を言われるだろう。
 否、誰にも文句は言われないし、迷惑だってかからない。
 
 結奈がそう結論したところで、またあの声が聞こえた。

「それでは、最初に……辞退を申し出る者はいるか?」

 え?という驚きとともに、憤った感情が鎮まっていく。
 やはり夢だと確信した。
 都合の良いほうに、ちゃんと道が作られているではないか。

「はい! 辞退します!」

 こういう時のお約束。
 背を伸ばし、挙手してからの発言。
 結奈は勢いで体を起こし、顔を上げていた。
 視線の先にいるのは声の主だろう。

(いやぁ、ないわー。ないない。あれはないなー)

 辞退できることに気を良くして、とても気楽に考えられる。
 少し高い位置にある立派なイスに座している声の主。
 非常に高級そうな、いかにも貴族っぽい服を身にまとっているところが、実に「らしい」と思えた。

(私、日本人だし。そりゃ日本人でも、こういう美形が好きって人もいるとは思うけどさ。私は違うんだなぁ。やっぱり黒髪に黒目がいい!)

 結奈には理想の男性像というものがある。
 本人はいたって普通だと思っているが、人が聞けば「ハードル高い」と言うのは間違いない、というくらいの理想だ。
 声の主は、その第1歩からつまずいている。
 
 目に眩しいほどの金髪に翡翠のような緑色の瞳。
 
 もちろん外見より中身の理想のほうが、はるかに重要だとは思う。
 それでも外見だって無視できない。
 とくに第一印象というものは。

(びっくりするよね、なにあのキラッキラ……全然、好みじゃない……せめて、こげ茶とか、うっすい金髪とかならなぁ……キラッキラはないわー)

 なにも絶対に漆黒のような黒髪でなければいけない、とまでは言わない。
 ハードルを下げることもやぶさかではない。
 しかし、限度というものがある。
 
 目の前の男性は結奈の定めたハードルを下回り過ぎているのだ。
 リンボーダンスをすれば確実にバーを落としてしまうくらいに。
 
(だいたい性格が気にいらない。偉そうで、何サマって感じだし……)
 
 そう思って見ると、座り方すら気にいらなかった。
 片肘をついて不機嫌そうな顔。
 
「殿下」
 
 その言葉に、内心で飛び上がる。
 現実感が半端なく、うっかりすると夢だと思えなくなるからだ。

(うっわ! 何サマって……王子様だったーッ!!)
 
 室内に微妙な空気が流れていた。
 喉が、こくんと上下する。
 なにか、してはならないことをした気がする。
 
 殺人鬼に追いかけられる夢でも迎え討とうとしてあっさり殺され、目が覚めたことを思い出す。
 そのせいなのかなんなのか、あの夢をたびたび見るはめになり、なのに、いつも結末は同じだった。
 忘れた頃にまた見てしまうので始末に悪い。
 
 この夢も、それと同じになりかねないのではなかろうか。
 
 出だしから嫌な流れの設定だ。
 繰り返し見たくなんかなかった。
 けれど、回避する方法というのがわからない。
 
 選ぶべき道、選択肢を間違わなければいいのだろうか。
 ひたすら逃げまくり逃げきれていたら、あの殺人鬼の夢も見なくなっていたかもしれないし。

(だよね……なんでいつも闘おうとするかなーって起きるたびに思ってたもん)

 仮に選択肢を間違わないというのが答えだったとして、この夢の「正しい選択」とはなにかを考える。

(いや、絶対ムリだし! 無理無理無理! ないないない!)
 
 おそらく、この夢の正しい選択は「辞退しないこと」もしくは「正妃になること」だ。
 
 結奈にとって「ありえない」選択。
 夢だからいいや、などとは思えなかった。
 夢でも、いや、夢なればこそ愛し愛され婚がしたい。
 
 現実では叶わないことを夢に見る。
 それこそが夢本来の正しい在り方のはずだ。
 
 と、いくら結奈が心の中で夢定義を繰り広げても、目の前の事態はなにも変わらなかった。
 気づけば、横には貴族のご令嬢らしき女性たちが、ずらりと並んでいる。
 彼女たちは、さっきまでの結奈と同じく会釈をしたままだ。
 にもかかわらず、なにやら「白い目」を感じる。
 
(いや、だって無理だし! こんなにいるんだから1人くらい辞退したっていいじゃんか! ライバルが減るって喜んでもいいトコだよー)
 
 心の中で正当性を訴えるも、誰の耳にも届かない。
 声に出していないのだから当然だった。
 あまりのアウェイ感に、夢だというのに焦ってしまう。
 いっそ逃げようかと思った結奈の前で「王子様」が立ち上がる。
 冷たい声が大きな広間に響いた。

「そこの者だけ残っていろ。あとの者は下がれ」
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