理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
24 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇

副魔術師長の腹の中 4

しおりを挟む
 
「久しぶりだねぇ、会いたかったよぅ」
 
 甘ったるい声を出しながら、クィンシー・ロビンガム男爵がサイラスの首に抱き着いてくる。
 イスに座っているサイラスの背中に、ぴったりとくっついているのだが、この格好がしばらく維持されるのをサイラスは知っていた。
 
 毎度のことだからだ。
 
 サイラスに男色のはないので、嬉しくともなんともない。
 クィンシーは、そういう趣味の者にとっての垂涎すいぜんまと
 
 晴れた空のように青い瞳、通った鼻筋から続く赤くて薄い唇。
 王太子にも引けを取らないほどに眩しい金色をした髪。
 背は低くもないのだが、華奢で小柄な印象を与える体のシルエット。
 25歳にはとても見えず、なんなら15,6歳といっても通るだろう。
 
 男性だけではなく、女性からも「愛玩用」にと求められている。
 だから、こんなところを見られると、大変にまずい。
 噂になるのもまずいし、下手へたな恨みをかうのもまずいのだ。
 さりとて、ここに来ないわけにもいかなかった。
 
(私の言うなりになる者が多いのはいいのですがね)
 
 クィンシーは王太子ほど「素直」ではないのだ。
 どちらかといえば扱いが難しく、面倒くさい。
 
「ねぇ、にぃさんはボクに会いたくなかったぁ?」
 
 本音を言えば「会いたくなかった」になる。
 もちろん言えるはずがないので、肩口から垂らされているクィンシーの手をやわらかく握った。
 
「なかなか時間が取れないのを、いつも残念に思っていますよ」
「時間があったら、もっとここに来てくれるぅ?」
「当然でしょう? クィン、私はきみの兄なのですからね」
 
 クィンシー・ロビンガム男爵は、確かにサイラスの実の弟だった。
 外見から言えば兄弟には見えないほど似ていない。
 魔術で髪や目の色を変えていることもあるが、本当の色も弟とは違っていた。
 
 弟は父親譲りの金髪、サイラスは母親譲りのブルーグレイ。
 今のサイラスは魔術で、髪を銀色に、瞳も透き通るような銀に変えている。
 体はクィンシーより、ひと回りは大きく見えた。
 魔術師用のローブをまとっていても、しっかりとした体格なのがわかるからだ。
 
 サイラスの魔力が顕現したのは十歳。
 魔術師になるのは無理だと、その時には諦めていた。
 ロビンガム男爵家には長男であるサイラスしか子供がいなかったため、否応なく家督を継ぐ責任が生じる。
 だが、その翌年、クィンシーが生まれた。
 
 サイラスにとっては、自分が魔術師になるための希望の灯。
 
 だから、可愛がった。
 今思えば、可愛がり過ぎたのだ。
 クィンシーが5歳までサイラスは彼につききりでいた。
 
 十歳違いの弟が5歳を迎えられたら、王宮に入る。
 
 クィンシーが生まれた時には、すでに決めていたことだ。
 クィンシーはサイラスに大事に育てられ、無事に5歳の誕生日を迎えた。
 
(あの日は最悪でした。泣くわわめくわ……なだめるのに、ひと苦労しましたよ)
 
 兄との別れをクィンシーは、とにかく嫌がって暴れたのだ。
 結局、サイラスのもらした「嫌いになりそうだ」との言葉に、彼は大人しくなったのだけれど。
 そして、たいがいは「言うことをよく聞く」ようにもなった。
 
(私にこれほど執着してこなければ、もっと使い勝手がいいのですがね)
 
 クィンシーは、今年で25歳になる。
 社交界での華でもあった。
 兄であるサイラスが「寝ろ」と言えば、誰とでも寝る。
 そのため、周囲から好色であると思われているが、内実は違った。
 サイラスが渡す薬なくしてクィンシーは性的な興奮をいっさい覚えないのだ。
 
 もっとも、例外は何にでもつきもの。
 
 クィンシーがサイラスの頬に頬をすりつけてくる。
 舌で、ぺろりと舐められた。
 サイラスは、それを無表情で受け止める。
 
 兄だけを求める、クィンシーは残念な子なのだ。
 
 もちろんサイラスは実の弟と肉体関係を持ったりはしない。
 何度ねだられても、はねつけている。
 
「やっぱり駄目?」
「きみは、私の弟をやめたいと言っているのですか?」
「そんな……っ……違う! 違うよぅ、にぃさん……」
 
 クィンシーが腕をほどき、サイラスの前にひざまずいてきた。
 サイラスの膝に両手を乗せ、目には涙を浮かべている。
 爵位を譲り、魔術師となった今、クィンシーにはわずらわしさしか感じない。
 それでもこうして「飼って」いるのは、使いみちがあるからだ。
 
「だって……だって、にぃさんはボクとはあんまり会ってくれないでしょう? なのに、あいつとは四六時中ベッタリだ……」
 
 あいつ、というのは王太子のことを指している。
 会うと、クィンシーは、必ずこの手の不満をもらした。
 執着心も強ければ、嫉妬心や独占欲も強いのだ。
 
「私は副魔術師長なのですよ? 私の出世を喜んでくれないのですか?」
「そりゃあ……にぃさんが偉くなるのは嬉しいよ。でも……」
 
 話が長くなるのは、ごめんだった。
 早く切り上げて、ここから去りたい。
 無駄話に時間を割く暇などないと、心ではクィンシーを切り捨てている。
 たとえ残念な弟であっても、実の弟に冷淡になってしまうのには理由があった。
 
 クィンシーには魔力がない。
 
 それはサイラスが心を砕く意味がない、ということと同義だ。
 サイラスは魔術師以外の価値を認めていない。
 それでも、サイラスは、クィンシーの目元に浮かぶ涙を優しくぬぐう。
 微笑みかけながら、頬を撫でた。
 
「王太子は赤の他人。きみは私の実の弟。どちらが大事かなんて、聞く必要もないと思いませんか?」
 
 魔力を持たないクィンシーより、魔力を無尽蔵に与えてくれるであろう王太子のほうを何百倍も大事に思っている。
 サイラスの心の声はクィンシーには聞こえない。
 目を輝かせ、大きくうなずいた。
 
「そうだよねぇ、ボクは、たった1人の肉親。にぃさんの弟だもの。ボクのほうがあいつより大事に決まってる」
 
 ようやくクィンシーは機嫌を直したようだ。
 やっと本題に入れる。
 
「今度は誰と寝ればいいの?」
 
 クィンシーが、あたり前のように聞いてきた。
 数えきれないほどの男女とベッドを共にしてきたので、なんとも思っていないのだろう。
 それに肝心なこと以外は、あまり覚えてもいないに違いない。

 これでもサイラスは弟の「ためだけに」薬を作っている。
 性的な興奮や欲求を一時的に高めるだけではなく、事が終わったら、それらの感覚を消す特別仕様の薬なのだ。
 クィンシーは兄であるサイラスにしか性的な欲望をいだけないため、他の者との関係は、いわば強制的なものに過ぎなかった。
 
 今でさえ「残念な子」であるのに、発狂でもされたらかなわない。
 感覚を残させないようにしているのは正気を保たせる必要があるからだ。
 
「誰とも寝なくていいですよ、今回はね」
「寝なくていいんだぁ。珍しいなぁ」
「その代わり、失敗は許しません。そうですね、もし失敗したら……」
「しない、絶対しないよぅ! にぃさん、お願い……ボクを見捨てないで……」
 
 すがりついてくる弟の背をあやすように、ぽんぽんと軽く叩く。
 そして、優しく言った。
 
「きみがちゃんとできたら問題はないのですから、心配はいりません」
「……わかった。ちゃんとする……」
 
 これはまだ準備段階に過ぎないのだ。
 そんな手前で失敗など、できようはずもない。
 弟の体を引き離し、サイラスは仕事の内容について話す。
 
「ふーん、大公の邪魔をすればいいだけぇ?」
「そうなのですがね。それほど簡単ではありませんよ?」
「ボク、直接、会ったことないけど、そんなに強い人なのぉ? にぃさんが、簡単じゃないって言うくらい?」
「ええ、お強いかたですよ、大公様は」
 
 クィンシーは、あまりピンときていない様子だ。
 あの流星を知らないのだから、いたしかたがないと思えた。
 
「だから、最も信頼できる、きみに頼んでいるのです」
「そぉかぁ。うん。ボク、頑張るね。絶対に失敗しないよぉ」
 
 他の者が相手であるなら簡単なことでも、大公を相手にするとなると別だ。
 簡単なことが簡単ではなくなる。
 むしろ、危険なことになるとわかっていた。
 
 が、クィンシーは、残念な子だ。
 仮にクィンシーと自分との関係がバレたとしても、その時は、弟が勝手にした不始末にしてしまえる。
 それも見越して、サイラスはクィンシーを選んだのだった。
 
「じゃあ、ねぇ。にぃさん……ご褒美くれるぅ?」
 
 小さくため息をつく。
 なにをするということもないが、クィンシーはサイラスの体を見たがるのだ。
 見られて減るものでなし、目的を達成するためなら安いものだと思う。
 前払いなのは釈然としないが、サイラスはあっさりローブを脱ぎ捨てた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...