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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
頭のネジが2,3本 1
しおりを挟む「うっわぁ! これは素敵だねえ! こういうの好きだよ~」
レティシアが、目をきらきらさせている。
最近は、こういう姿も見慣れてきた。
グレイの瞳が、わずかに細められる。
その瞳からブリザードが吹き荒れることは、もうなかった。
レティシアが、王宮から戻って1ヶ月になろうとしている。
まだ1ヶ月というべきか、すでに1ヶ月というべきか。
悩みどころではあるが、グレイ自身はなんとなく彼女に対しての警戒を解いてもいいような気になっていた。
(ああいうお姿を見ていると、危なかし過ぎて別の意味で警戒したくなるな)
レティシアは、できたばかりの書棚の周りをグルグルと歩き回り、ためつすがめつしている。
少し前から行われている部屋の模様替え。
レティシアの希望は「できるだけシンプルに」だった。
加えて「書棚がほしい」とのこと。
当然、グレイは購入する方向で考えていたのだけれど。
『高級家具店でオーダーメイドおっ?! そんなの買わなくていいよ! カラーボックスで十分だから!!』
意味不明な言葉を混ぜながら、レティシアは拒否している。
どこの誰に見せるわけでもないのに、以前の彼女は贅沢三昧。
まるで金を使うことそのものに意味があるとでもいったふうに、手当たり次第、高級品を買い漁っていた。
だから、グレイが今回も購入を前提として考えるのも当たり前だったのだ。
(カラーボックス、というのは……さすがにナシだろう)
最近のレティシアは、よく意味不明な言葉も使う。
姫さまが使うのだから合わせたほうがいい、という判断のもと、周りでも同じ言葉を使うようにしていた。
とくにグレイやサリーは最初に知る立場なので、きっちり覚えて使っている。
カラーボックスというのは簡素な木組みの棚のことだそうだ。
なんなら材料と道具を貸してもらえれば自分で作る、と彼女は言った。
サリーが卒倒しそうになったので、慌ててグレイが別の提案をしたのだ。
「トニーは器用だなぁ。ここの細工なんて見事だよ! お店に出せるレベルだね。う~ん、素晴らしい! 気に入ったわー。大事に使うね!」
言われた、外仕事をしているアンソニーこと、トニーは恐縮している。
まさか彼女に褒められるとは思っていなかったのだろう。
トニーに作らせてみてはどうかと提案したのはグレイだったので、この結果に安堵した。
「あれ……? あれっ?! トニー、指、怪我してない?! ま、まさか……この棚を作る時に……」
顔を青ざめさせるレティシアに、トニーも顔を青くする。
慌てた様子で、首を横に振った。
「ち、違います! これは、ば、馬車の手入れをしていた時ので……っ……」
「……ホント? 隠してない?」
「ほ、本当です。隠していません」
少しホッとしたようにレティシアが表情を緩めた。
見ていると、やはり本気でトニーの心配をしているように思える。
以前はまったく興味を持っていなかったはずの「使用人」たちに、最近の彼女は、とても気さくに声をかけていた。
中にはテオのように言葉づかいが荒い者もいたが、まるで気にしない。
普通に話し、普通に笑う。
(無邪気というか……無防備になったというか……)
それは、本当に見ていて「危なかしい」と思わずにいられないほどなのだ。
警戒心の強かったサリーまでもが、口や手を出している。
つまり、レティシアの世話を焼いているということ。
一緒にいる時間が長いので、放っておけないのだろう。
もとよりサリーは世話焼きな性格をしている。
よちよち歩きをしているに等しい「姫さま」を、見過ごしにできないのも分かる気がした。
「ふぁ~……ようやく片付いたねー」
言われて、グレイも周囲を見回す。
この部屋は、こんなに広かったのだなと思った。
「姫さま、本当に良かったのですか?」
サリーの問いに、レティシアは、きょとんとした顔をする。
問われている意味がわかっていないのは明らかだ。
「この部屋にあった物の、ほとんどすべてを売ってしまわれることですよ」
グレイが助け舟を出す。
サリーよりも前からグレイは、今のレティシアと向き合うことにしていた。
また癇癪持ちの彼女に戻る可能性はある。
それでも、幼少期のレティシアを知っているグレイは、今の彼女を信じたかったのだ。
「あー、あれねー。いらなかったし……てゆーか、邪魔だったし。お父さまも、いいって言ってたから、いいんじゃないかな」
「ですが……その……」
「臨時ボーナスとやらに全額つぎ込むことも、ですか?」
この部屋にあった高級品の数々は、ほとんど売り払われることになっている。
服などの必要品と思われるものすら、大半がその中に入っていた。
そして、売却費用の全額を、彼女は屋敷の者たちに均等配分すると言う。
『私の我儘で模様替えするんだしさ。臨時ボーナスは必要だよ』
臨時ボーナスというのは、特別な手当のことらしい。
屋敷勤めをしていれば、多かれ少なかれ突発的な仕事は発生する。
自分の仕事以外のことをするのは、あたり前のことなのだ。
給料分プラス手当など聞いたことがない。
そもそも屋敷で働くというのは衣食住が保証されることも意味している。
たとえ給料が安くても、屋敷勤めをしたがる者が多いのは、食べるのに困らないからだ。
さらにローエルハイドの屋敷の給料は、ほかと比べれば破格だった。
「私が稼いで買ったものじゃないのに、私がもらうのはおかしいじゃん? お父さまからのオッケーも出てるし、問題ないと思う」
ごく自然なことのようにレティシアが言う。
自分の持ち物が売り払われ、使用人に配分されることに、なんら抵抗感はなさそうだ。
「だいたい、みんな、自分の仕事があるのに手伝ってくれたんだよ? これで、なんもなしっていうのは、ないわー」
「ナシですか」
「ナシだね!」
ビシっと人差し指を立て、レティシアは力強くうなずいた。
グレイはサリーに肩をすくめてみせる。
(姫さまが、こう言っているんだから、アリなんだろう)
(かなりの額になるのよ? アリですませていいの?)
(せっかくの厚意を拒否するわけにもいかないと思うが)
相変わらずの目での会話。
サリーとのつきあいは5年に過ぎないが、なにしろ苦楽を共にしてきた仲なので、なにかと通じ合うところがあった。
「姫さまのご厚意に感謝いたします」
グレイとサリーが頭を下げる。
顔をあげると、レティシアがとても「微妙」な表情を浮かべていた。
「それね……それなんだよなぁ……」
ぶつぶつと呟いたあと、彼女が2人に近づいてくる。
簡素になったベッドと、テーブルに書きもの机がひとつずつ、壁際にはトニーの作った「書棚」がずらりと並んでいるだけの部屋。
今までのように何かを避けながら歩いてくる必要はない。
「そろそろ、その姫さま呼び、やめない?」
レティシアの言うことには、いちいち驚かされてきたけれど。
隣でサリーも無言になっている。
いつもの目での会話も、ない。
「いやぁ、もういいんじゃないかなぁって思うんですケド」
なにが「もういい」のか、さっぱりわからない。
姫さまは姫さまであり、それ以外で呼んだことなど1度もなかった。
やめろと言われても、ではどう呼べばいいのか、想像もできずにいる。
というより、思考が停止状態になっている。
「もうさ、グレイともサリーとも仲良しじゃん? みんなとだって、だいぶ仲良くなってきたし……そもそも、姫様なんてガラじゃないよ、私」
わけがわからな過ぎて、心臓がバクバクしていた。
動揺が激しく、なにやら眩暈を覚える。
「……では……その……どうお呼びすれば……?」
サリーのほうが、しっかりしているようだ。
わずかな警戒心を声音に感じつつ、グレイは自分の不甲斐なさを嘆いていた。
女性であるサリーに危険な任務を押しつけたような気分になる。
「ん? 名前でいいけど?」
「お、お名前です、か……?」
「まー、まだちょっと馴染めないとこあるけど、名前のほうがマシかな」
馴染めないのなら無理をしなくてもいいのに、とグレイは心の中で泣き言。
対してサリーは声を上ずらせていたものの「かしこまりました」と答えた。
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