理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

お祖父さまと逃避行 3

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 準備は着々と整っている。
 サイラスに、予定は未定などというものはないのだ。
 
 予定は予定通りに進める。
 
 そのために準備には余念がなかった。
 予測を立て、その予測を確かなものにする裏取りも、必ず行う。
 けして手は抜かない。
 
 王太子に彼女の真意を正させたのも、弟の従僕に彼女の使用人から話を聞き出させたのも、その一環だった。
 そして、予定通り、魔力を顕現させた彼女は死にかけている。
 さらに予定通り、大公に救われ、屋敷を離れた。
 
 サイラスは、予測という曖昧なもので動くなど愚かだと思っている。
 予測は補完されて始めて「予定」となるのだ。
 そして、サイラスの「予定」とは、たまたま「今」ではない、ということに過ぎない。
 近い未来に「そうなる」のが決定していても、今まさに起きている事態ではないというだけ。
 
「殿下、そろそろ動く時が近づいております」
「そうか」
 
 2人は執務室にいる。
 この部屋に入ることが許されているのは、王太子とサイラスだけだ。
 信用のおけない者を入れては、気兼ねのない話などできない。
 物騒な話など、もっとできない。
 だから、侍従も入らせないようにしている。
 
 サイラスは執務机の前に立ったまま、王太子を見ていた。
 最近の王太子は、口数が少ない。
 レティシア・ローエルハイドの心を諦める決断が、かなりこたえたようだ。
 なにしろ初恋に気づいた直後に報われないと悟ったのだから、無理もない。
 が、サイラスは鼻で笑ってやりたくなる。
 
 どこで間違えたかは知らないが、最初は王太子とて「彼女の気持ちなど、どうでもよい」と考えていたはずだ。
 そのままでいればよかったものを、自ら墓穴を掘っている。
 
 傷心も落胆も、王太子自身の身から出た錆。
 
 同情の余地などない。
 というより、サイラスは誰にも同情したことなんてなかった。
 すべては自己責任だと思っているからだ。
 
 選択肢は無数に転がっている。
 選ぶのは本人であって、結果が期待したものと違っていても、それは選んだ本人の問題だ。
 王太子の初恋を、ぺっちゃんこにしたのはサイラスだが、それはともかく。
 
「彼らの行き先は、比較的、早くからわかっておりました」
 
 大公が選んだ先としては、少し意外に感じた。
 彼の領地は広いばかりで、ほとんど人の住んでいない森ばかり。
 王宮が把握していないような未開の場所も多々ある。
 そこを転々とされたら、探し出すのにも手間がかかったのは間違いない。
 
 けれど、大公が選んだのは、そういう手間のかかる場所ではなかった。
 王宮を辞し、屋敷を出た大公の主な生活拠点。
 ある大きな森に、彼は自分で屋敷を建てて生活している。
 近づきはしなかったが、魔術師にもそれとなく監視はさせていた。
 そこに大公様ご一行は現れている。
 
(見つかっても問題はないということでしょうかねぇ。それとも、こちらを、おびき出すためでしょうか)
 
 考えて、すぐに結論を出した。
 大公であれば、前者に違いない。
 あえておびき出すなど、大公が取るとは思えない、俗な策だ。
 だいたい彼にはおびき出す必要などないだろうし。
 
「それは、どこだ?」
 
 半分だけ死んだ魚のような目をしないでほしいと思う。
 いっそ「死んだ魚」のほうが、扱い易い。
 
 王太子の目には、まだ力は残されている。
 おそらく王太子としての責任などから逃れられずにいるのだ。
 必死で、自分を立て直そうとしている。
 王位に就くことだけを考え、最優先していた自分に。
 
 立て直しが必要なのは、まだ完全には戻りきれていないからだ。
 中途半端でいられるより「死んだ魚」のほうが面倒がなくていい。
 なだめたり、さとしたりといった、したくもない努力をせずにすむ。
 
「大公様のお屋敷のある、ご領地にございます」
「大公の領地といえば森ばかりではなかったか?」
 
 王太子も釈然としない顔をしている。
 遅ればせながら、サイラスの「意外」に追いついてきたらしい。
 眉根を寄せ、顔をしかめていた。
 
「だが……どうせ、あれが掛けられているのだろ?」
「そうでしょうね」
「ならば、こちらに打つ手はないのではないか?」
 
 そう、あの森は大公の絶対防御につつまれている。
 目に見えるものではないが、確信していた。
 愛する孫娘がいるのに、かけない理由がない。
 
「ご安心を、殿下」
 
 半分死んだ魚のような目の王太子に、サイラスは微笑みかける。
 大公が、絶対防御を使うことなど、はなからわかっていた。
 あの領地を選んだのは意外でも、大公の動き自体は意外ではないのだ。
 
(愛しい孫娘のために、あなたはなんだってするのでしょう?)
 
 彼の本質はそこにある。
 サイラスの最も評価していることでもあった。
 
「突破する方法を、すでに見つけてございます」
「できるのか?」
 
 ひどく驚いたのか、王太子が目を見開く。
 ようやく「死にかけた魚」から「生きた魚」に戻ったようだ。
 これで計画の「一部」も話し易くなる。
 
「できますとも。お約束したでしょう? 彼女を殿下の正妃にすると」
「そうだな。さすがはサイラスだ。俺の期待を裏切ることがない」
 
(私は、あなたに微塵も期待などしておりませんがね)
 
 内心を顔には出さず、口元に笑みを浮かべた。
 王太子からの、お褒めの言葉を喜んでいるように見せるためだ。
 何を思っていようが、心の中は見えない。
 誰にも伝わらない場所でのみ、サイラスは愉悦に浸る。
 
「ただ、不本意ではありますが、殿下の手助けを必要とすることがありまして」
「お前には、いつも苦労をかけている。この間は、俺のせいでお前の策を台無しにしまっているしな。かまわん、なんでも言え」
 
 策は、なにも台無しにはなっていなかった。
 王太子のことも、すべて予定通りに進んだ結果に過ぎない。
 彼女の魔力を顕現させたのはサイラスだ。
 王太子は、わずかなきっかけですらない。
 むしろ、無関係と言ってもいいくらい蚊帳の外にいる。
 
 知らぬは本人ばかりなり。
 
 サイラスは、王太子に罪をなすりつけただけだった。
 王太子のレティシア・ローエルハイドに入れあげ過ぎた熱を覚ますためだ。
 幾重いくえにも張っておいた準備が功を奏している。
 
 夜会後、王太子の態度に異変を感じた。
 だから、馬車の中で、必要もないのに追加情報を与えたのだ。
 彼女がどう出てくるかは不確定要素ではあったが、複数の備えはしており、状況に合わせて対処するつもりだった。
 
(あれは、なかなか最善に近い結果でしたねぇ)
 
 いすせれにせよ、彼女と2人で話せる時間を作ると決めていた。
 が、王太子を追いはらう口実を何にするかで、少し迷っていたのだ。
 彼女に入れあげている王太子に無理なく立ち去らせるには、どの口実が1番「もっともらしい」だろうか、などと。
 
 しかし、そんな迷いを消してくれたのは彼女自身。
 王太子を打ちのめし、その場を去らせる口実を自ら作ってくれた。
 
「大公の絶対防御を破ることはできませんが、その領域に入ることができない、というわけではありません。ただ、魔術師では魔力を感知される恐れがあり、大公に気づかれてしまう可能性が高いのです」
「俺の魔力は気づかれんのか?」
「殿下の魔力は、一時的に私が吸い上げますので問題はありません」
 
 王太子は王族だ。
 国王となった暁には「与える者」となる。
 が、今はまだ魔力を「与える権利」を有していないため、王太子は魔術師から魔力を搾取してもいないのだ。
 
 王太子自身が持つ魔力は、下級魔術師程度。
 それが、辿り着く先もないのに流れ出ている。
 王族は魔術師とは違い、器を持たないからだ。
 器がないからとどまるということもない。
 
 サイラスならば簡単に吸い上げることができる。
 魔術師は器を持つがゆえに、どうしても微量の魔力が残ってしまうのだ。
 いわば器に魔力のかすとでもいうものが残り、それが魔力感知に引っかかる。
 
「俺は魔力を持たない体になる、ということだな」
「戻るまでには数日間かかるでしょう」
「その間に、大公の領域に入ればよいのか」
 
 もちろん入っただけでは意味がなかった。
 王太子には「してもらわなければならない」ことがある。
 
「あの娘を見つけ、領域の外に連れて出して頂きたいのです。あとは転移で、殿下と彼女を別の場所にお連れいたします」
 
 王太子の耳に、唇を近づけた。
 誰が聞いているわけでもないが、王太子にわからせるためだ。
 
「その後、殿下が、あの娘を“説得”する時間を、私がお作りいたしますよ」
 
 もちろん言葉での説得ではない。
 クィンシー用の薬の改良版も作成済み、それを飲ませるつもりでいる。
 サイラスの言葉を正しく理解したらしい王太子が、無表情で答えた。
 
「わかった。そのように進めてくれ」
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