理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

お祖父さまと逃避行 4

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 森の中の小道を、3人で歩いている。
 昼食後の散策は日課になっていた。
 大きな森の中、1時間ほど歩いてから帰る。
 レティシアが獣道を歩きたがるのは、少し困りものなのだけれど。
 
(お元気になられて本当に良かった)
 
 サリーは、顔色も良く、楽しげに歩くレティシアの姿に安心していた。
 あんなにも嫌いだったはずの「姫さま」が、今のサリーにとっては大事な主となっている。
 
 死にかけているレティシアを見て、全身が震えるほど怖かった。
 レティシアを失うということは、今の生活を失うことと同じだ。
 彼女がおかしな言葉を解説したり、おウチご飯に目をきらきらさせたり、笑ったりする毎日。
 屋敷はとても明るくなった。
 
 そういう日々をサリーも楽しんでいる。
 レティシアの危うげな言動を指摘するのさえ楽しかった。
 くるくる変わる彼女の表情を見るのも好きだ。
 
「そういえばさー、サリーって魔術が使えるんだよね?」
「日頃は使わないようにしておりましたので、申し上げておりませんでした」
 
 サリーは小さい頃から魔力を隠してきた。
 そのせいで、サリー自身、魔力があることを、ほとんど忘れている。
 レティシアに対し、意図的に隠していたというわけではないのだが、言いそびれていたことを申し訳なく思った。
 
「ん? もしかしてウチのみんなにも言ってないの?」
「ガドとマルクには話しておりましたが、ほかの者には黙っておりました」
「サリーは謙虚だなぁ。私なら履歴書の特技欄に書いてるよ、絶対」
 
 グレイのほうをチラっと見たが、軽く首を横に振られる。
 そうだろうとは思ったけれど、新レティシア語だ。
 
「りれきしょ、というのは、なんですか?」
「あー、就職……働き口を見つけるための書類かな。どの学校に通ってたとか、ほかにどんなとこで働いたことあるかとか、書くんだよ。その中で自分のことも書くわけ。特技や趣味なんかをさ」
「履歴……履歴の書類……なるほど。それは便利そうですね」
 
 グレイは執事として屋敷の者を取りまとめている。
 今は新しい使用人を雇う予定はないが、過去にはあった。
 サリーのあとから雇われた者たちは、グレイが雇い入れの判断をしている。
 最終的な判断は、屋敷の主である公爵がするとしても、グレイの判断がそのまま決定だと言えた。
 
「内定だね」
「内定、ですか」
「正式じゃないけど、ほぼ決まり、みたいな?」
 
 サリーは選ばれる側であり、選ぶ側ではない。
 だから、この新レティシア語はグレイの管轄だ。
 
「働くほうは雇い主に、履歴書で訴えるわけ。こんなに色々できるんですよー、ここで働きたいんですよーって」
 
 それで、特技に魔術ということか、とサリーは苦笑する。
 貴族の屋敷で働くのに、魔術は必要ない。
 むしろ、歓迎されないのだ。
 同じことを思っているのか、グレイも苦笑いをしている。
 
「あれ? 魔術って、書くと良くない感じ?」
「そうですね。魔力持ちは基本的には王宮魔術師を目指すべきですから」
「えっ? そうなの?」
 
 魔力が顕現すると、王宮にいる魔術師に感知される。
 そして、魔術師から裁定がくだされるのだ。
 魔力量が小さければ放免され、それなりの量だと王宮に連れて行かれる。
 その後は魔術師として勤めるべく、教育がほどこされるのだけれども。
 
「私は、王宮勤めをするのが嫌で、ずっと隠しておりました」
「貴族の屋敷で働くほうが良かったってコト?」
「まぁ……そうですね。魔術師になりますと、大勢の貴族と関わりを持つことになります。それなら、ひとつのお屋敷に勤めるほうがよいと考えました」
 
 魔術師は貴族よりも下に見られている。
 爵位を持たないからだ。
 そのせいで下級魔術師などは、貴族にていのいい便利屋のごとく扱われていた。
 大勢の貴族の小間使いになるなんてゾっとする。
 
「そうなんだ……なら、この間、魔術を使ったのってヤバいんじゃない? 感知、とかされて、王宮に来いって言われたり、とか……」
 
 レティシアが足を止め、心配げにサリーを見ていた。
 自分のせいで迷惑をかけているとも思っているのだろう。
 そんなレティシアに笑ってみせた。
 
 空元気からげんきでもなんでもない。
 本当に、もう心配は無用だからだ。
 理由を語ってきかせる。
 
「今回、大公様は私をお連れくださいました。それは大きな意味を持ちます。公爵家の使用人という立場ではありますが、大公様にとっても私は”信頼厚い”使用人だとみなされるはずです」
「簡単に申し上げますと、公爵家からサリーを引き抜こうとすれば、大公様のご不興をかうことになる、ということですね」
 
 2人の言葉に、レティシアは納得したようにうなずいていた。
 暗くなりかけていた表情に明るさが戻っている。
 
「あー、良かったぁ。サリー、取られちゃうかと思って焦ったよ」
「私がいないと困りますか?」
 
 冗談で言ったつもりだった。
 なのに、彼女は予想外の返事を口にする。
 
「困る困らないじゃなくてさ。サリーがいないと、寂しいじゃん」
 
 レティシアが王宮から戻った日のことを、なぜか思い出す。
 丁寧な言葉を使ったレティシアに「自分は使用人だ」と言った。
 その際に、彼女は困惑したような表情を浮かべていた。
 
 (レティシア様は……本当に私たちを使用人だと思っていないのね……)
 
 ずっと前から思っていたが、レティシアは、まるで友人のように接してくる。
 本当は、貴族であるなら主従の関係を重んじるべきなのだ。
 わかっているから、サリーはレティシアが近づこうとするたび、退いてきた。
 
 けれど、ドレスの裾をつかもうとする子供のように、レティシアはサリーを追いかけてくる。
 
 そんな彼女に、いつしか根負けしていた。
 それに、マリエッタやパットのこともある。
 レティシアは、1人1人を、ちゃんと見てくれているのだ。
 
 彼女がみんなを大事に思うから、みんなも彼女を大事に思う。
 
 簡単そうで難しい。
 が、彼女に言わせれば「それがフツー」らしい。
 サリーは、今、損得勘定抜きで、彼女のためにできるだけのことをしたいと思っている。
 
「グレイは転職……仕事を変えるって意味なんだけど、執事に転職してるよね。魔術師になんなかったのは、やっぱり王宮が嫌だったから?」
「その通りです」
「てか、グレイ、お祖父さまのそばにいたかっただけなんじゃない?」
「…………ええ、まぁ……」
 
 今さら、とサリーは言葉を濁しているグレイに呆れた。
 グレイの大公への忠誠心は誰もが知るところだ。
 元魔術騎士だったのだから、当然とも言える。
 
「我々の隊で、魔術師に転職した者は誰もいないのですよ」
「へえ! ほかのみんなはどうしてるの?」
「いろいろですね。各地に散らばって、医師をしたり、農地改良をしたり。魔術は、使う者もいれば使わない者もいるといったところでしょうか。ですが、おおむね平民の生活をしているようですね」
「そっか。人の役に立つ仕事してるみたいだし、王宮にいるより、いいね」
 
 元魔術騎士は全員が大公の部下だった。
 あんな上官を知って、他の誰の下につきたいと思うだろう。
 大公以上の存在など彼らにはいなかったに違いない。
 隊に所属していなかったサリーですら、そう思える。
 
「この頃のお祖父さまだよねぇ」
 
 パチンとロケットを開き、レティシアが写真を見ていた。
 グレイと目が合う。
 すぐにもレティシアが「戻って来られなくなる」とわかっていた。
 
「……素敵過ぎる……はぁ~、カッコいい……今も素敵なのに、若い頃も、また違う良さが……」
 
 ロケットの中には、24歳の大公の写真が入っている。
 白黒ではあるが、そもそも髪や目の色が黒なので、印象はそのままだ。
 サリーには、レティシアの言う「若い頃の良さ」がわかる。
 
(今のお歳の半分の年齢ですものね。今の大公様は、いつも微笑んでおられる印象だけど、お写真の大公様はキリっとしていて……こう精悍さのほうが前に出ているのよね……)
 
「サリー……」
 
 つんっと肘で突かれ、ハッとした。
 眼鏡の奥の目が細められているのに気づいて、つんっとそっぽを向く。
 グレイは大公に心酔しているのだから、少しくらい自分の気持ちをわかってくれてもいいように思えた。
 
 なにせ大公は、本当に素敵なのだ。
 恋愛の情というより「見ているだけで幸せ」レベル。
 
「レティシア様も!お戻りください」
 
 グレイの「も」に、少しトゲを感じる。
 誰に対抗心をいだいているのかと、サリーはやはりグレイに呆れるのだった。
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