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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
話相手はウサちゃん 1
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なぜこんなことになった。
いや、理由はわかっている。
わかってはいるのだけれども。
(もっとマシな……もっと……)
思わずには、いられない。
ユージーンは、今のユージーンにとっては、長い道のりを駆けていた。
一刻も早く「無事に」大公の絶対防御の中に入らなければならない。
皮肉なことだが、今のユージーンにとっては、そこは安全な領域なのだ。
(わかっている……サイラスが悪いのではない……しかたがなかったのだ)
わかってはいるのだけれども。
釈然としない。
どうにも納得しがたい。
全力で駆けているせいで、息が苦しかった。
けれど、その甲斐あって領域内まではあと少し。
今この場にいるのはユージーンだけだ。
魔術師たちは、遠く離れた場所から監視を続けている。
とはいえ、大公に悟られる危険はおかせないので、ユージーンがいる場所には来られないのだ。
(だが……俺がうまくやらねば、せっかく……サイラスの立てた策が……)
息切れしながら、自分の使命を心に刻む。
サイラスとは細かく打ち合わせ済み。
ユージーンに求められているのは、レティシアをこの領域から連れ出すことだった。
もちろん簡単なことではない。
数日間しか猶予もないのだ。
それでもやり遂げなければならなかった。
レティシアを手にいれるための絶対条件なのだから。
(あれを俺の……正妃に……するのだ……でなければ……)
彼女の心を諦めるとの決断が無駄になる。
苦しい思いをしたし、本音を言えば、今でも苦しい。
けれど、他の誰かに取られるのだけは、絶対に嫌なのだ。
子供が玩具を欲しがるのとは、わけが違う。
1度、手に入れ損なったら、ニ度と手には入らない。
仮に彼女が誰かと婚姻関係を結んだとする。
夫を殺すなり、脅迫して別れさせるなりすることはできるだろう。
が、未亡人や元人妻を正妃として迎えいれるのは難しい。
というより、絶対にできない。
なぜなら、簡単に裏を見透かされ、国民から絶大な反感をかうことになるのが目に見えているからだ。
外聞が悪い、程度ではすまない。
つまり、彼女が婚姻してしまったら、指をくわえて見ているしかなくなる、ということ。
(どんな……手を……使って、も……手に、入れる……)
あまりに息が切れて、眩暈がした。
あと少しの距離が、果てしなく遠く感じる。
すでに全力は無理な状態となり、駆けるから歩くに変わっていた。
体を引きずるようにして前に進んでいる。
(説得……説得というのは……そういう、意味で……)
サイラスは言った。
『殿下が、あの娘を“説得”する時間を、私が作ります』
その意味がわからないほど、ユージーンは清くはない。
この領域から彼女を連れだし、ユージーンと2人で転移させる。
転移先がどこかは知らないが「時間的」猶予はサイラスが用意するのだろう。
その場所で、その時間で、彼女と既成事実を作る。
以前はユージーンも考えていたことだ。
男を知らない小娘など抱いてしまえばどうとでもなる、と。
心が小さく、ささくれる。
きっと彼女は嫌がるに違いない。
当然だ。
嫌われているのだから。
いや、憎まれてさえいるかもしれないのだ。
そんな男に、行為を強要されて喜ぶはずがない。
サイラスにも、そのあたりについて確認している。
返ってきた答えは、とてもあっさりしたものだった。
『腹に子ができていたらどうする、見捨てるのか?と、そう仰ればよろしいのです。あの娘は愛情深いので、可能性がある限り見捨てられないでしょうね。殿下は、あの娘に、その可能性を信じ込ませるだけの既成事実をお作りくださいませ』
要するに、彼女の性格を利用するということだ。
サイラスの言うことはもっともだと思う。
使用人ですら家族同然に扱う彼女が、できているかもしれない我が子を見捨てられるとは、とても思えない。
嫌がろうがどうしようが、既成事実さえ作ってしまえば、彼女を自分の元に引き留めてはおける。
それがサイラスの言う「彼女自身を手にいれる」ことの意味だった。
(そうだ……それで、いい……俺の傍に、あれがいるのであれば……)
ユージーンには、他に手立てもない。
道は1本道。
目の前にある道も1本道。
重い体を引きずり、這うようにして、その道の続く先に向かった。
ようやく「境」とおぼしき場所に辿りつく。
体を伸ばし、恐る恐る「境」に手を入れてみた。
そして、周りをきょろきょろと見回す。
しばらくそうしていたが、なんの変化もない。
大公がユージーンに気づいたなら、即座に攻撃を食らっていただろう。
サイラスからは「絶対に大丈夫」だと言われていたが、なかなかに覚悟のいることだった。
なにしろ、今のユージーンでは、攻撃されればひとたまりもない。
こんがり黒焦げになって人生即終了、だ。
下手をすれば、と考えかけてやめる。
あまりにゾッとする想像だった。
(ここまでは予定通り……さすがはサイラスだな)
息を整えてから、ユージーンは、今度は思いきって「境」をくぐり抜ける。
体に違和感はあるが、これは領域内に入ったからではない。
今朝からずっと感じているものだ。
(さて……ここからどうするか……まずは、彼女を探さねば……)
数日間しか猶予はない。
サイラスに魔力を吸い上げてもらったが、なくなるわけではなく、一時的なものに過ぎなかった。
早くレティシアを探し、どうにか領域の外に連れ出すのだ。
(……だが………どうやって……? 連れ出すといっても……)
思案しながら、とりあえず歩き出す。
森を抜けると大公の屋敷があると聞いてはいた。
しかし、近づくのは危険過ぎる。
彼女が森に入るのを見計らうしかない。
(あれのことだ。おそらくフラフラと森を歩き回っているに違いない)
レティシアは、そのあたりの貴族令嬢とは違う。
常識的にはやらないようなことでも、平気でやると知っていた。
たとえば、使用人の服を着て、屋敷の改装を自ら手伝う、とか。
つらつら思いを巡らせていた時だ。
ガサッと音がして、驚いたユージーンはそっちを見る。
そして、固まる。
「うっわ! めっちゃ可愛い! ウサちゃんだあ!」
探そうと思っていた相手が目の前にいた。
ユージーンの顔を覗き込むようにして、体を折り曲げている。
今のユージーンの身長もとい体長、約50センチ。
なぜこんな姿なのか。
もちろん理由はあった。
たとえ魔力が感知されなくても「人」の出入りができないからだ。
そもそも絶対防御は「人」に対して発動する。
それを逆にとらえれば「人」でなければ発動はしない。
領域内であろうと、空を飛ぶ鳥は自由に「境」を越えられるし、森に生息する動物とて同じ。
だから、ユージーンは人の姿を捨てる必要があった。
「うわーん! 久しぶりに見たよー! ウサちゃん!」
にゅっと両手が伸びてきた。
と、思ったら体をつかまれる。
(よ、よせ! お、下ろせ! 下ろさんか、馬鹿者ッ!!)
ユージーンは怒鳴っているつもりでも、鼻がピスピスしているだけだ。
なにしろウサギは怒鳴ったりしない。
鳴くことはあれど、言語を口にしたりもしない。
この姿には、ユージーンとて釈然とはしていなかった。
さりとて、大きな動物は目立つし、薬の量も多くなる。
それが己であろうと他人であろうと、魔術で人を動物に変えるのは至難の業。
しかも、感知される恐れもあった。
魔術によって開発されたものなのに、変化の薬は簡単に人を動物に変えることができ、しかも魔術のように魔力を必要としない。
よって、魔力感知には引っかからないのだ。
そういういくつもの理屈を、ユージーンは理解している。
理解はしているのだけれども。
「ふっさふさ~!」
抱き上げたユージーンの胸に、レティシアが頬をすりすり。
ウサギというのは、たいていフサフサしているものだ。
が、このウサギは王太子、ユージーン・ガルベリーなのである。
(やめ……っ……この! 俺は王太子だぞ! ふざけ……っ……)
ぴすぴすぴす。
いや、理由はわかっている。
わかってはいるのだけれども。
(もっとマシな……もっと……)
思わずには、いられない。
ユージーンは、今のユージーンにとっては、長い道のりを駆けていた。
一刻も早く「無事に」大公の絶対防御の中に入らなければならない。
皮肉なことだが、今のユージーンにとっては、そこは安全な領域なのだ。
(わかっている……サイラスが悪いのではない……しかたがなかったのだ)
わかってはいるのだけれども。
釈然としない。
どうにも納得しがたい。
全力で駆けているせいで、息が苦しかった。
けれど、その甲斐あって領域内まではあと少し。
今この場にいるのはユージーンだけだ。
魔術師たちは、遠く離れた場所から監視を続けている。
とはいえ、大公に悟られる危険はおかせないので、ユージーンがいる場所には来られないのだ。
(だが……俺がうまくやらねば、せっかく……サイラスの立てた策が……)
息切れしながら、自分の使命を心に刻む。
サイラスとは細かく打ち合わせ済み。
ユージーンに求められているのは、レティシアをこの領域から連れ出すことだった。
もちろん簡単なことではない。
数日間しか猶予もないのだ。
それでもやり遂げなければならなかった。
レティシアを手にいれるための絶対条件なのだから。
(あれを俺の……正妃に……するのだ……でなければ……)
彼女の心を諦めるとの決断が無駄になる。
苦しい思いをしたし、本音を言えば、今でも苦しい。
けれど、他の誰かに取られるのだけは、絶対に嫌なのだ。
子供が玩具を欲しがるのとは、わけが違う。
1度、手に入れ損なったら、ニ度と手には入らない。
仮に彼女が誰かと婚姻関係を結んだとする。
夫を殺すなり、脅迫して別れさせるなりすることはできるだろう。
が、未亡人や元人妻を正妃として迎えいれるのは難しい。
というより、絶対にできない。
なぜなら、簡単に裏を見透かされ、国民から絶大な反感をかうことになるのが目に見えているからだ。
外聞が悪い、程度ではすまない。
つまり、彼女が婚姻してしまったら、指をくわえて見ているしかなくなる、ということ。
(どんな……手を……使って、も……手に、入れる……)
あまりに息が切れて、眩暈がした。
あと少しの距離が、果てしなく遠く感じる。
すでに全力は無理な状態となり、駆けるから歩くに変わっていた。
体を引きずるようにして前に進んでいる。
(説得……説得というのは……そういう、意味で……)
サイラスは言った。
『殿下が、あの娘を“説得”する時間を、私が作ります』
その意味がわからないほど、ユージーンは清くはない。
この領域から彼女を連れだし、ユージーンと2人で転移させる。
転移先がどこかは知らないが「時間的」猶予はサイラスが用意するのだろう。
その場所で、その時間で、彼女と既成事実を作る。
以前はユージーンも考えていたことだ。
男を知らない小娘など抱いてしまえばどうとでもなる、と。
心が小さく、ささくれる。
きっと彼女は嫌がるに違いない。
当然だ。
嫌われているのだから。
いや、憎まれてさえいるかもしれないのだ。
そんな男に、行為を強要されて喜ぶはずがない。
サイラスにも、そのあたりについて確認している。
返ってきた答えは、とてもあっさりしたものだった。
『腹に子ができていたらどうする、見捨てるのか?と、そう仰ればよろしいのです。あの娘は愛情深いので、可能性がある限り見捨てられないでしょうね。殿下は、あの娘に、その可能性を信じ込ませるだけの既成事実をお作りくださいませ』
要するに、彼女の性格を利用するということだ。
サイラスの言うことはもっともだと思う。
使用人ですら家族同然に扱う彼女が、できているかもしれない我が子を見捨てられるとは、とても思えない。
嫌がろうがどうしようが、既成事実さえ作ってしまえば、彼女を自分の元に引き留めてはおける。
それがサイラスの言う「彼女自身を手にいれる」ことの意味だった。
(そうだ……それで、いい……俺の傍に、あれがいるのであれば……)
ユージーンには、他に手立てもない。
道は1本道。
目の前にある道も1本道。
重い体を引きずり、這うようにして、その道の続く先に向かった。
ようやく「境」とおぼしき場所に辿りつく。
体を伸ばし、恐る恐る「境」に手を入れてみた。
そして、周りをきょろきょろと見回す。
しばらくそうしていたが、なんの変化もない。
大公がユージーンに気づいたなら、即座に攻撃を食らっていただろう。
サイラスからは「絶対に大丈夫」だと言われていたが、なかなかに覚悟のいることだった。
なにしろ、今のユージーンでは、攻撃されればひとたまりもない。
こんがり黒焦げになって人生即終了、だ。
下手をすれば、と考えかけてやめる。
あまりにゾッとする想像だった。
(ここまでは予定通り……さすがはサイラスだな)
息を整えてから、ユージーンは、今度は思いきって「境」をくぐり抜ける。
体に違和感はあるが、これは領域内に入ったからではない。
今朝からずっと感じているものだ。
(さて……ここからどうするか……まずは、彼女を探さねば……)
数日間しか猶予はない。
サイラスに魔力を吸い上げてもらったが、なくなるわけではなく、一時的なものに過ぎなかった。
早くレティシアを探し、どうにか領域の外に連れ出すのだ。
(……だが………どうやって……? 連れ出すといっても……)
思案しながら、とりあえず歩き出す。
森を抜けると大公の屋敷があると聞いてはいた。
しかし、近づくのは危険過ぎる。
彼女が森に入るのを見計らうしかない。
(あれのことだ。おそらくフラフラと森を歩き回っているに違いない)
レティシアは、そのあたりの貴族令嬢とは違う。
常識的にはやらないようなことでも、平気でやると知っていた。
たとえば、使用人の服を着て、屋敷の改装を自ら手伝う、とか。
つらつら思いを巡らせていた時だ。
ガサッと音がして、驚いたユージーンはそっちを見る。
そして、固まる。
「うっわ! めっちゃ可愛い! ウサちゃんだあ!」
探そうと思っていた相手が目の前にいた。
ユージーンの顔を覗き込むようにして、体を折り曲げている。
今のユージーンの身長もとい体長、約50センチ。
なぜこんな姿なのか。
もちろん理由はあった。
たとえ魔力が感知されなくても「人」の出入りができないからだ。
そもそも絶対防御は「人」に対して発動する。
それを逆にとらえれば「人」でなければ発動はしない。
領域内であろうと、空を飛ぶ鳥は自由に「境」を越えられるし、森に生息する動物とて同じ。
だから、ユージーンは人の姿を捨てる必要があった。
「うわーん! 久しぶりに見たよー! ウサちゃん!」
にゅっと両手が伸びてきた。
と、思ったら体をつかまれる。
(よ、よせ! お、下ろせ! 下ろさんか、馬鹿者ッ!!)
ユージーンは怒鳴っているつもりでも、鼻がピスピスしているだけだ。
なにしろウサギは怒鳴ったりしない。
鳴くことはあれど、言語を口にしたりもしない。
この姿には、ユージーンとて釈然とはしていなかった。
さりとて、大きな動物は目立つし、薬の量も多くなる。
それが己であろうと他人であろうと、魔術で人を動物に変えるのは至難の業。
しかも、感知される恐れもあった。
魔術によって開発されたものなのに、変化の薬は簡単に人を動物に変えることができ、しかも魔術のように魔力を必要としない。
よって、魔力感知には引っかからないのだ。
そういういくつもの理屈を、ユージーンは理解している。
理解はしているのだけれども。
「ふっさふさ~!」
抱き上げたユージーンの胸に、レティシアが頬をすりすり。
ウサギというのは、たいていフサフサしているものだ。
が、このウサギは王太子、ユージーン・ガルベリーなのである。
(やめ……っ……この! 俺は王太子だぞ! ふざけ……っ……)
ぴすぴすぴす。
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