理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
69 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇

王子様の誤算 1

しおりを挟む
 なんだかもう、本当に。
 
 意味がわからない。
 
 これまでの人生を、丸ごとひっくり返されたような混乱に、ユージーンは陥っている。
 今まで明確だった自分自身のことも、進むべき道も、まったく見えない。
 
 自分はこんなに意志薄弱ではなかったはずだ。
 女に期待などいだいていなかったはずだ。
 王位に就くことだけを考えて生きてきたはずだ。
 国王となり自分の手で国を動かすと思ってきたはずだ。
 
 いくつもの「はず」が、頭の中にはある。
 さりとて、それは「はず」であって、もはや過去。
 現状、このすべての「はず」が、非常に不明確になっていた。
 なぜなら、かつてのユージーンにとって重要だった事柄よりも重要なことができているからだ。
 
(彼女は、俺を嫌っておらんのか? ……死にかけたというのに……?)
 
 小さなウサギの体で直立歩行。
 ふさふさした手で顎を支え、うつむき加減でウロウロ。
 
 ねぐらにしている穴の手前で歩き回っている。
 変化へんげ中なので睡眠も不要。
 
 昨夜は「他の動物」から身を守るため、巣の中でじっとしていた。
 が、今日は、じっとしていられない。
 食べられるかもしれない、との不安が頭をよぎりもしなかったのだ。
 
(嫌いっぽくない……? っぽく、というのはなんだ? 意味がわからん……っぽく、というところを省略すれば、嫌いと否定語の”ない”が残るのだから……おそらく、嫌いではない、と……しかし……っぽく、というのが……)
 
 ユージーンは真面目だった。
 わからないことをわからないままに、自分を納得させることができない。
 仮に「っぽく」というのが「ない」と同義の言葉だとすると。
 
 嫌いでない、のではない。
 
 二重否定となり、結果それは「嫌い」だということになる。
 深く考えず「っぽく」を無視して、前向きにごく単純に「嫌いではない」で納得してしまえばいい。
 思う気持ちもあるのだが、どうしても流してしまえなかった。
 彼女の前振りが、あまりにあまりだったからだ。
 
『卑怯だし、最低だし、ムカつくし、ウザいし、面倒くさいし、好みじゃない』
 
 どれだけ悪態をつくつもりか、というほど悪態をつかれている。
 心に比例して、耳が後ろにペタリと倒れた。
 
(卑怯……? なにがだ? お前にとってはそうでも、俺にとっては”策”に過ぎん。最低……確かに俺はお前を死にかけるほど傷つけたのだからな。最低と言われてもしかたあるまい……だが、むかつく? うざい? なんだそれは……わからんが、おそらく同類の悪態なのだろうな……)
 
 あげく、面倒くさいに好みではないと。
 
 繰り返し言われなくても、わかっている。
 とくに「好みではない」は、何度、言えば気がすむのか。
 そうたびたび言われずとも、ちゃんと理解している。
 心に刻まれている。
 嫌というほど。
 
(やはり……嫌われているというのが正しい解釈のようだが……わからん! あれレティシアは、なぜあのように俺の知らん言葉ばかりを使う?!)
 
 ウサギでさえなければ、逐一、問いただしていたところだ。
 ウサギであってでさえ「嫌いっぽくない」のところでは、彼女にできる限り訴えてみたのだが、まるきり伝わらなかった。
 むしろ、笑われた。
 
(ぼんぼん……天然……よくわからんのは、お前の言葉だ……)
 
 小さな体で、小さなため息をつく。
 初めて会った日から、レティシアはユージーンを振り回してばかりだ。
 
 頭の中を真っ白にするわ、混乱させるわ。
 
 彼女の一挙手一投足に、ユージーンの感情は右往左往させられる。
 重大な決定も深刻な決断も、彼女は笑顔ひとつで無意味なものにしてしまうのだ。
 
(俺が彼女の好みでないのは、よくわかった……あの写真の男……あれは誰だ? 見たことがない……が、見覚えがあるようでもある……)
 
 歳は自分と同じくらいに見えた。
 精悍な顔立ちで、甘いと称されているユージーンとは大違い。
 真面目で誠実そうな顔つきには、どこか優しげな雰囲気もあった。
 わざわざ比較する必要もないのだが、鏡に映した自分の姿を「わざわざ」思い出して比べてしまう。
 泥沼に足を突っ込むようなものなのだけれど。
 
(……似ても似つかん……彼女は、ああいう男を好むのか……)
 
 彼女に恋しい男はいないものだとばかり思っていた。
 が、存在しているのだと知り、気持ちが沈んでいく。
 泥沼どころか底なし沼だった。
 実在した「理想の男」を前に、完全に打ちのめされている。
 だいたい自分は、彼女に嫌われている、かもしれないのだし。
 
 『心までをも、お望みであれば、打つ手はありません』
 
 サイラスの声が、うっすらと聞こえた。
 やはり、残された道は1つしかないのだ。
 
 サイラスは、いつも正しい。
 
 言う通りにしていれば間違いはない。
 彼女には想う男がいるのだから、心を求めても無駄だろう。
 もとより、わかっていたことだった。
 
 自分は、彼女を殺しかけたのだから。
 
 それほどに傷つけておいて心を求めるなどムシが良過ぎる。
 自分の気持ちに気づいていなかった、というのは言い訳にはならない。
 
(……俺は、いつから彼女を好いていたのだろうな……)
 
 正妃選びの儀の時には、彼女の気持ちになど無頓着でいられた。
 大事なのは血筋だけだと、そう思っていた。
 彼女自身も、彼女の心も、どうでもよかったのだ、本当に。
 それが今では、この有り様。
 
 実に恋とは恐ろしい。
 
 レティシアの心が得られるのなら、なんでもしたくなる。
 なにをしても無駄だと思いつつも、あがきたくなる。
 彼女の笑顔や手の感触が忘れられなかった。
 
(父を愚かだと……その愚か者に成り下がっているのは誰だ……俺ではないか)
 
 今なら、わからなくもない。
 愛した女性を忘れられず、正妃を娶るのに十年を費やしたことの意味。
 側室を娶らざるを得なかった父の苦悩。
 
 同じ気持ちを知って初めてユージーンは理解していた。
 女性に対する期待は捨て、愛だ恋だとの感情も否定し続けてきたが、レティシアに対する気持ちだけは捨て切ることができずにいる。
 
 『あの娘のすべてを諦めるか、あの娘の心を諦めるか』
(わかっている! わかっているのだ、サイラス! だが……)
 
 そっと、唇にふれてみた。
 ふさっとした感触が伝わってくる。
 けれど、思い出したのはレティシアの唇のやわらかさだった。
 
 ウサギとして、ではあれど、口づけは口づけだ。
 
 もちろんユージーンにとって、口づけなど初めてのことではない。
 何度もしたことはある。
 ベッドをともにする女性がいたのだから、あたり前だった。
 ただし、あたり前でないことが、ひとつだけ。
 
(好いた女に口づけるというのが……あれほど違うものとは……)
 
 ウサギの口とレティシアの唇を、ただくっつけただけのものだ。
 口づけとは呼べない代物だったかもしれない。
 なのに、やたらに心臓がバクバクして、気分が高揚した。
 
 何度でも繰り返したくなる、そんな後を引くような口づけ。
 人にふれることも、ふれられることも好まないユージーンの、初めての経験でもある。
 
(俺は、あれに嫌われているのか、嫌われておらんのか……)
 
 こだわってしまうのは、そこだった。
 と、不意にピカリと光明が差す。
 あの「嫌いっぽくない」の前についていた言葉を思い出したのだ。
 
 『そんなに』
 
 底なし沼で溺れかかっていれば、藁どころか泥縄にだってすがるに違いない。
 ぴこん…と、ユージーンの耳もといウサギの耳が立ち上がる。
 
(もし嫌われていたとしても……それほどではない、ということか……)
 
 嫌われるにしたって、その度合いというものがあった。
 まったく見込みがないのか、それとも。
 
 人は手のとどかないものには手を伸ばさない。
 が、手のとどく可能性がわずかにでもあれば、手を伸ばさずにはいられない。
 
(そうだ……俺はまだ、さほど嫌われてはおらんのだ)
 
 ならば、もっと違う手の打ちようもあるのではなかろうか。
 ユージーンは、彼女の心を諦めきれていないことに気づく。
 彼女に笑いかけてほしかったし、ウサギではない自分とも笑いながら口づけをしてほしかった。
 
 しんと静まり返った森の中、空を見上げる。
 丸い月が見えた。
 レティシアが見ていたら「餅つき」を想像したかもしれないが、それはともかく。
 
 ユージーンには月の光が、希望のともしびに見えていた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...