理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

愛しの孫娘 1

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 レスターは、フェノイン辺境伯家の長男として生まれた。
 辺境伯の爵位を持つ貴族は、たいていが国境付近を警備する役を担っており、その領地も広い。
 戦後、辺境伯との爵位は減り、一部を除いて侯爵の爵位に成り代わっている。
 
 ロズウェルド王国は平和になった。
 
 国境警備を印象付ける辺境伯の爵位は、印象や外聞を気にする貴族らの間では、もう流行らないのだ。
 元フェノイン領地も、今はアンバス侯爵が治めていた。
 
(大公様の初仕事の相手……忘れるわけがない)
 
 グレイは大公についての書物からだけではなく、直接、本人からも色々と聞き出している。
 魔術騎士とはいえ、まだ子供だったグレイの問いに、大公は苦笑しながらも答えてくれた。
 
 『レスター・フェノインは、独特の嗜好の持ち主でね。それが、いい趣味とは言えないもので、王宮から彼を懲らしめてくれと言われたのだよ』
 
 レスターは、とんでもない殺戮者だ。
 
 領地は広く、その名の通りの辺境。
 レスターの行為は、13年もの間、誰にも気づかれなかった。
 若い女性の行方がわからなくなったとしても、その女性たちの住んでいる場所が離れ過ぎていたからだ。
 まさか領主の息子が、人を手にかけているとも思わない。
 
 発覚したのも、偶然に通りかかった商人に、連れ去りを見られたことによる。
 その商人が王宮直属の上申処じょうしんどころに駆けこんだ。
 
 商人の中には、どこの領地にも属さない者がいる。
 いわゆる「流れ」と呼ばれる者たちで、彼らは領主に上申できないため、こうした王宮の直属機関に困り事を訴えるのだ。
 そして、王宮は、魔術騎士の隊を創設したばかりの大公に、レスターの件を「丸投げ」した。
 
わしは、ここに閉じ込められてからのほうが強くなっておる」
 
 レスターが左手を前に突き出す。
 恐ろしく爪が伸びていた。
 その指先を上下させる。
 
 ギリギリ目視できるかどうかといった速さで、黒い光がいくつも飛んできた。
 グレイは右手に持っていた剣で、それを弾く。
 すぐに開いた左手で顔を庇った。
 
 手のひらを中心に、直径1メートルほどの魔盾を出したのだ。
 その魔盾を埋め尽くすように、びっしりと黒いやじりが突き立っている。
 一瞬でも判断を間違えれば命はない。
 グレイは鏃つきの魔盾をしまう。
 
「見えてはおらぬが、えておる、か」
 
 たいして感心した様子もなく、レスターが言う。
 それから、またあの嫌な嗤いかたをした。
 思わず、顔をしかめる。
 
 レスターの体から感じる魔力は、かなりのものだ。
 対して、グレイは魔力の分配が受けられない。
 それなりの魔力量を有してはいるが、減る一方では、いずれ底をつく。
 
 大技を出すことも考えた。
 しかし、通用しないだろうと思う。
 
(魔力を無駄にはできない。私は時間稼ぎをするだけだ)
 
 サリーを逃がし、大公がここを探し当てるまで繋ぐことができればいい。
 なにより優先しなければならないのは、レティシアを探すことだ。
 自分がついていながら、目の前でさらわれてしまった。
 
 クっと腹に力を入れる。
 右手にあった緑の剣が色を変えた。
 赤い炎をまとい、切っ先も伸びている。
 
 魔術師と遠距離でやりあうのは分が悪い。
 かといって飛び込めば、反射魔術でやり返される。
 魔術師の戦い方の王道だ。
 
 だから、中距離で戦うことにした。
 攻撃されればレスターも対応せざるを得ない。
 その間、意識もこちらに向けているだろう。
 
「お前は、あのガキほどではないな。足元にも及ばぬほど弱い」
 
 大公よりも強い者などいるはずがない。
 知っているだけに、レスターの言葉は痛くも痒くもなかった。
 グレイは床を蹴り、距離を詰める。
 ちょうど剣先が、レスターの手首を切り飛ばせる程度に。
 
「く……っ……」
 
 グレイの口から小さく声がもれた。
 炎をまとった剣を、レスターは素手でつかんでいる。
 グレイは、この部屋の鉄扉を見た際に、己の魔術で溶かそうと考えていた。
 そのくらいグレイの炎は高温を有している。
 にもかかわらず、レスターの手は火傷も負っていなかった。
 
「暖かいものだ。火というのはいい。ここは、ちと寒いのでな」
 
 ふざけた言いように、腹が立つ。
 頭に血が昇りかけた。
 が、レティシアの声が耳元に聞こえてくる。
 
 『いやぁ、グレイはクールではないね』
 
 フッと肩の力が抜けた。
 こんなことだから「クールではない」と言われてしまうのだ。
 
(レスターは長年ここに幽閉されていた。だとすると、奴の魔力は隔離者たちの遺滓いしを吸い取ったものか)
 
 廃城同然のここに、食料などはない。
 水もない。
 井戸はあるが城の外だ。
 
 それでもレスターが生きていられたのは、魔力を体力や生命力といったものに還元しているからだろう。
 その源になっているのが、隔離者たちが遺した魔力かすに違いない。
 
「儂を少しは楽しませてくれぬか?」
 
 グレイは、剣に体重を乗せ、じりじりとレスターに近づく。
 魔術師とは思えないほどの反発を感じた。
 魔術で素力を上げているらしい。
 
「こう見えて、私は近接も得手としておるのだぞ」
 
 ニタリと嗤い、レスターが剣を掴んでいないほうの手を伸ばしてくる。
 長い爪がグレイの腹に軽くふれた。
 
「ぐ……っ……ふ……」
 
 横一線。
 きれいに描かれたそこから、血が溢れ出る。
 レスターは己の爪についたグレイの血を舐めとっていた。
 
「お前の血は悪くない。なにせあのガキの手下だからな」
 
 これはレスターの遊びであり、趣味の一環なのだ。
 少しずつ相手を切り裂き、なかなか殺さずにおく。
 苦痛に耐えきれなくなった者から「殺してくれ」と頼まれようが、殺さない。
 己の嗜好を満足させることしか考えないのだ。
 
 『好まれざる嗜好の持ち主で人に害を与える、という点では王宮に同意はするがね。あの男は、実際、たいした脅威でもなかったのだよ』
 
 なんでもなさそうに言う大公の言葉を思い出し、笑ってしまう。
 そんな場合でもないのだけれど。
 
(大公様は、お人が悪い……あなたにとって”たいした”ことのある者などいるのでしょうか?)
 
 グレイの口元に浮かんだ笑みが、すぐに消えた。
 じくりとした、けれど酷い痛みを腹に感じる。
 視線を落とすと、レスターの人差し指の爪が半分ほど埋まっていた。
 
「こうやって、内臓を1本ずつ切っていく。むろん、切り飛ばさぬように注意はするがな。でなければ、人はすぐに死んでしまうので、つまらんだろう?」
 
 グレイは剣に魔力をこめる。
 赤い炎が、白く変わった。
 
「無駄だ。そんなはした魔術、儂には効かぬわ」
 
 言葉には耳を貸さず、さらに剣へと魔力を流し込む。
 剣の色が青く揺らめいた。
 それでもレスターは剣を離さない。
 平然と握り締めている。
 
 ぷつ。
 
 嫌な感触が腹のあたりにあった。
 激痛に顔が歪む。
 口の端から、血がツ…と流れ落ちた。
 
 おそらく、どんな攻撃魔術もレスターには効かないのだろう。
 グレイにはわかっていた。
 レスターの言う「無駄」が、本当に無駄なのだということが。
 
「そうれ、もう1本」
 
 クイッとレスターの指が腹の中で曲がるのを感じた。
 瞬間、グレイは魔術を発動する。
 
「ぬ……お前……もしや……」
「魔力がなければ、楽しむこともできなくなるな」
「そんなことをすれば、お前とて無事では……」
 
 無事でいようなどとは、もとより思っていない。
 自分は、ローエルハイド公爵家の「有能」執事なのだから。
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