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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
悩み解消のツボ 4
しおりを挟む「あちゃー……ちょっと強くし過ぎちゃった?!」
ベッドに倒れている王子様を見て、レティシアは少し焦る。
横向きになっている王子様の後頭部をさわってみた。
ちょっとプックリしている。
どうやら瘤ができているようだ。
それから、仰向けに転がし、胸に耳を当ててみる。
心臓の音が聞こえることに安心した。
「殺しちゃったかと思ったよー。あー、焦った。でも、大丈夫っぽいね」
話していたら、ちょうど具合のいいところに「例」の花瓶が見えたのだ。
王子様の頭の両脇から両手を伸ばして花瓶を掴み、ガシャーン。
殴った。
それほど力を入れた気はしない。
そもそも花瓶で人を殴ることに抵抗があったので、体が勝手に手加減をしたのだろう。
なのに、王子様がぶっ倒れたため、焦ってしまった。
レティシアは、己の身に、祖父の絶対防御がかかっていることを知らない。
個の絶対防御は身の危険を感じるまで発動はしないが、素力を補助する効果があった。
幅跳びで90センチしか飛べないところが、3メートル近く飛べたり。
遠投での40メートルが、150メートルほどになったり。
元の力のおよそ3倍には伸びる。
当然、腕力も例外ではない。
もしレティシアが本気の1撃をかましていたら、王子様は本当に死んでいたかもしれないのだ。
打ちどころが悪ければ、だけれど。
それにしても瘤どころではすまなかっただろう。
レティシアの現代日本での常識が功を奏したと言える。
実のところ、レティシアがウサギを見失わなかったのも、領域外へと早々に出てしまったのも、このパワーアップに原因があったのだ。
「ま、これで悩み解消だよね。これは、私に殴られてしかたなく、だもん」
自分の力加減を知らないレティシアは、呑気なことを言いつつ、ベッドを飛び降りた。
王子様の介抱は、誰かがしてくれるに違いない。
あの副魔術師長は最側近なのだから、近くにいるのだろうし。
「しかたない、しかたない。油断してたってことにはなるかもだけど、裏切ったことにはならないよね」
レティシア自身は、サイラスのことが嫌いだ。
けれど、王子様にとっては「大事な人」には違いない。
大事な人を裏切れないと悩んだり、困ったりする気持ちは理解できる。
自分との既成事実を諦めてくれようとしてくれたのは喜ばしかったが、そのことで、王子様に大事な人を裏切らせるのも心苦しかったのだ。
お人好しかもしれないと思うところはあるけれど。
「とりあえず、私的には最善を尽くしたわけだし。王子様にも瘤くらいは我慢してもらわないとさ」
ちらっと、ベッドを振り返る。
眠りの部屋の王子様状態なのを確認してから、扉に近づいた。
「これ、中から開かないんだよなぁ。でも、ここから出て、グレイとサリーを探さないと」
王子様が無事に帰してくれると言っていたので安心していたが、考えてみるとサイラスがどうするかはわからない。
あの副魔術師長を、レティシアは信用できなかった。
殴る前に、出る方法を聞いておけばよかったと思う。
だが、今さらだったし、あれは千載一遇のチャンスだったのだ。
位置もタイミングも。
だから、これもしかたがない。
それに中から開かない仕様なら、王子様も知らなかった可能性だってある。
ある程度の時間が経つのを待って、外から誰かが開ける段取りになっていたかもしれないし。
「……チョーやらしい。コトがすむまで待つとか……ありえないだろ! 王子様、お済みになりましたか?って、恥ずかし過ぎるわ! 開放感あり過ぎだわ!」
だいぶ憤慨しながら、なんの気なしに扉の把手に手をかけた。
とたん、がくんっという手ごたえがする。
「あれ?」
把手が、手の中で下がっていた。
きょとんとしつつ、手前に引っ張ってみる。
ギ…と、音を立てて扉が開いた。
「えー? なんでだよ? 開くじゃ~ん……ま、いっか! 開いたんなら」
重い扉を体全体で引っ張り、少しずつ開いていく。
半分ほどのところで手を離した。
隙間から、そうっと顔を少しだけ覗かせる。
廊下には誰もいなかった。
静かに、ゆっくりと体を横向きにして部屋から出る。
(うわぁ……なんか、コワイんですケド……)
石造りの廊下に壁と天井。
すべてが真っ赤に染められていた。
意味を知らないレティシアにとっては「趣味が悪い」としか思えない。
それに不気味だ。
天井に近い壁には、ぽつぽつと燭台が配置されている。
誰がどうやって火を灯しているのかわからないが、非常に雑だと言わざるを得なかった。
規則的に燭台は配置されているのに、不規則にしか火は灯されていない。
おそらく魔術によるものなのだろう。
燭台なのに蝋燭はなかった。
そのせいで廊下は薄暗く、視界が悪い。
火の灯っている辺りだけは、くっきり見えているけれども。
(気持ち悪っ……でも、グレイとサリーも、ここにいるんだから……)
どっちに向いて歩いて行こうか。
右、左と廊下の先を見てみる。
よく目を凝らすと、廊下を挟んで扉がずらりと並んでいた。
今、出てきた部屋の側にも、正面の側にも、一定の間隔を空けて同じ造りの扉がある。
ひとつずつ、外から声をかけてみようか。
思ったのだけれど、レティシアは現代日本でのことを思い出す。
(いや、ここじゃないな。見張りもいないし、おかしいよね。だいたい、こういう怪しげな城には地下室があるんだよ。でもって、変な実験してたりとかさ)
映画や小説の知識でしかないが、あながち間違ってもいないのではないかと思えた。
王子様のいる場所に見張りがいないのは、ここに自分と2人きりだとわかっているからなのではなかろうか。
まさか王子様がぶっ倒されるなんて考えもしないだろうし。
(よし! とりあえず地下を目指そう! 見つかるのも時間の問題なんだから、いちいち、ひと部屋ずつ探してらんないしね!)
レティシアは、ひとまず左のほうに向かって走る。
あれ?と思ったけれど、気にしてはいられないので、そのまま駆けた。
絶対防御の効果で、走る速度も3倍程度になっている。
だが、それを知らないレティシアは、この城の中では体が軽くなるのかもしれないと思い、「あれ?」を、あっさりスルーした。
あっという間に廊下の端に辿り着く。
下へと続く廊下もあった。
ここが何階なのかはともかく、地下を目指すのであれば、降りるだけだ。
レティシアは飛ぶようにして駆け下りて行く。
(サイラスって王子様には優しいみたいだけど、ほかの人には優しくないよね。私も酷い目にあったし。地下で2人に意地悪してるかもしれない……)
サイラスの恐ろしさは身に沁みていた。
あの心を圧し潰そうする言葉の魔術を2人にも行使しているかもしれないと思うと、どんどん心配になってくる。
誰にだって心の奥に小さな傷くらいはあるものだ。
それをサイラスは、言葉だけで大きな傷にしてしまう。
ぱっくり開いた傷口をさらに開く真似だって、平気でする。
流れ出した血が止められなくなるほどに。
(私は、お祖父さまがいたから戻って来られただけで……)
今ここに祖父はいない。
自分のせいで2人は巻き込まれたのだ。
1人で出歩くなんて馬鹿だった。
もし2人になにかあったら、取り返しがつかないことになる。
悠長に、お悩み相談室などやっている場合ではなかったのだ。
王子様に、ただちに2人を解放させるべきだった。
もっとも、あの時はそんな雰囲気ではなかったのだけれど。
(早く……早く見つけないと……っ……グレイ! サリー!)
地下が正解なのかはわからない。
間違っていたら時間が無駄になるけれど、迷ってはいられなかった。
どんどん階段を駆け降りる。
どこも似たような造りで、もう何階くらい降りたのかわからない。
同じところをグルグルしているような錯覚さえあった。
それでも、ほかにできることもないのだ。
額から汗が流れ落ちる。
「…………あ……」
ようやく階段が途切れた。
走るのをやめ、そうっと先に進んでみる。
降りた先にも長い石造りの廊下が続いていた。
空気が少し冷たい気がする。
周りは、さっきの廊下よりも、さらに薄暗い。
いかにも地下といった雰囲気満載。
そこに、ひと筋の光が見える。
どこかの扉が開いているようだ。
「……レ……っ!も……から……っ……て……っ!」
それは、間違えようもなくサリーの声だった。
ぎゅっと拳を握りしめ、レティシアは駆け出す。
薄暗がりの中、光の筋の元に向かって。
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