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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
愛しの孫娘 2
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サリーは、扉のすぐそばまで来ていた。
グレイがレスターを足止めしている。
逃げるなら今しかない。
わかっている。
自分の役目はレティシアを探すことだ。
わかっている。
けれど、そこから動けずにいた。
このままではグレイは死ぬ。
わかっている。
グレイが何をしているのかを、サリーは知っていたからだ。
グレイの能力の中に「釣引」というものがある。
相手の魔力を自分の器に引き込むのだが、グレイ自身の魔力に変換できるわけではなかった。
しかも、魔術師の魔力は、本人の器からなかなか離れない。
そのため、グレイが魔術を使っても魔力の引き合いになるだけなのだ。
魚を釣る者と釣られる魚の関係のように。
『足止めができても、たった1人。命懸けで使うような能力ではないな』
そんなふうにグレイは言っていた。
自分の器に人の魔力を無理に引き込むなど危険過ぎる。
その話を聞いた時、使い道がないなら封印しておくべきだと、サリーは言った。
大公や魔術師長らが魔力を「分配」するのと、人から魔力を奪うのとではわけが違う。
転移と即移が違うのと同じで、意思を歪められるのを「魔力」は嫌うのだ。
必ず、なにかしらの弊害が出る。
いくらグレイが類まれな魔力耐性の持ち主だとしても、あんな大きな、しかも独特の魔力を引き込めば「壊れる」に決まっていた。
「お前の魔力は遺滓なんだろう。お前本人のものではないから、易々と体を見捨てているようだな」
レスターの皺だらけの顔が歪んでいる。
2人の体が、黒い靄のようなもので覆われていた。
グレイにまとわりついているほうが多い。
レスターの魔力が彼の体を離れ、グレイの器に引き込まれているのだろう。
レスターもまた、ある意味、人から魔力を奪っていたのだ。
それが死者であったため、そこに意思はなく、己の魔力にできていたに過ぎない。
「そのための……」
「私の器を空にしておく必要があったのさ」
いつの間にかグレイの手から剣が消えている。
あえて魔力の無駄遣いをして、器を空にしたらしい。
(グレイ……あなた、優秀過ぎるんじゃない……?)
優秀過ぎるから、手立てを思いついてしまう。
相打ちなんて柄じゃないくせに、と思った。
サリーは扉に手をかける。
グレイが命懸けで足止めをしているのだ。
自分には自分の役目がある。
レティシアを探すため、部屋を出ようとした。
『困る困らないじゃなくてさ。サリーがいないと、寂しいじゃん』
ピタッと、サリーの足が止まる。
レティシアを探すことを最優先にすべきだと思ってはいた。
けれど、その「結果」を、彼女は果たしてどう思うだろう。
レスターを倒すことができて、無事にレティシアを連れ帰れたとしても。
帰った先にグレイはいない。
あんなに「ウチのみんな」を大事にする彼女の嘆きが、サリーを思い留まらせる。
サリーは、2人のほうに体を向ける。
魔力を込めて「霧寒」の魔術を放つ。
部屋に霜が降りそそぎ、空気も薄く氷の膜が張った。
グレイが驚いた顔でこちらを見る。
(何をしている?! 逃げろと言っただろう!)
目での会話を、サリーは無視する。
立て続けに「氷凍」「冷粒」を放った。
いくつもの氷柱が、レスターの体に突き刺さる。
効いてはいないだろうが、意識を分散させることはできるだろう。
グレイの傷口は「冷粒」により、微小な氷の粒が無数に張り付き、白くなっていた。
これで止血はできたはずだ。
少なくとも流れる血の量は減っている。
室内の温度は、かなり下がっていた。
3人とも霜にたかられ、真っ白だ。
「レティシア様の望みを無視するなんて、あなたは執事失格よ、グレイ」
グレイを見捨てることを、レティシアは望みはしない。
そんな彼女だからこそ「ウチの大事な姫さま」に成り得た。
力不足だろうし、足手まといにもなるだろう。
が、グレイを見捨て、レティシアを嘆かせることが自分の役目ではないのだ。
彼女を助けたいというのは、自分たちの「都合」でしかない。
レティシアの意思を尊重し、その手助けをする。
それが正しい選択だと思えた。
「どうやら儂を助けてくれたようだな、お嬢さん。お前さんは、儂好みでもあるし、どれ、礼をやろう」
音もなく黒い光が飛んでくる。
室内が真っ白になっていたため、サリーにも目視で確認はできた。
けれど、速過ぎて避け切れない。
とっさに頭を庇い、しゃがみこむ。
そんなことをしても無駄だと思っていたし、死も頭によぎった。
なのに、痛みすら感じない。
反射的に閉じていた目を開く。
その目が見開かれた。
「……優秀過ぎるのって……本当に嫌ね……」
いつレスターから離れたのか、グレイがサリーを庇っている。
背中に黒い鏃が、何本も生えていた。
せっかくの止血も台無しだ。
グレイの背中から血が溢れ、床に流れ落ちている。
「そいつはもう使い物にならん。なにしろ器は空なのだからなあ」
サリーはグレイの背中に手を回し、薄い霜を降らせた。
血が止まるかどうかはわからないが、何もしないよりはいいと思える。
「逃げてほしかったよ、サリンダジェシカ」
「やめて……そんな今際の際みたいな呼び方……」
顔をしかめるサリーに、グレイが小さく笑った。
自分は間違えたのかもしれない。
逃げたほうが良かったのかもしれない。
けれど、いつだって、どんな時も。
グレイは傍にいた。
今さら、いなくなられても困る。
自分たちは、ずっと支え合ってきたのだから。
「執事失格はともかく……男としては失格になりたくなかったんでね」
「…………ヘタレのくせに……」
グレイが口を開きかけた。
が、その姿が一瞬で見えなくなる。
どんっ!!
重くて、とても嫌な音がした。
音のほうに顔を向けると、グレイの体が壁からずり落ちていくのが見える。
壁にはグレイの血が、べったりとついていた。
グレイの落ちていくのに合わせて、壁が血塗られていく。
「お前さん、歳は20前後だろう? 本当に儂好みだ……ヒヒっ……」
レスターがサリーに近づいてきた。
魔術を使おうとしたとたん、そこかしこに痛みが走る。
腕、胸元、腹、太腿に脛、足首にまで細い切り傷がついていた。
メイド服も切り裂かれ、素肌が露出している。
「裸にして薄皮を剥がしてやろう。お前さんくらいの年頃だとな、薄い赤色がとてもきれいなのだぞ」
ぞわぞわっと背筋に悪寒が走った。
ひと思いに殺されるほうがマシには違いない。
が、レスターはさっきもグレイをすぐには殺さずにいたのだ。
弄び、甚振るのが趣味なのだろう。
「だが、その前に、あの男がどうなるかを見せてやる」
嫌な嗤いかたをして、グレイを見ている。
グレイは全身から血を流しながらも立ち上がろうとしていた。
止めたはずの血が大量に流れ出し、血だまりができている。
その体が、また壁に向かって投げ飛ばされた。
それでもグレイは立ち上がろうとする。
「グレイッ! もう、いいからっ! やめて……っ!」
男としてなんて格好をつけなくてかまわない。
格好をつけたあげくに死なれるよりは、無様でも生きていてほしかった。
ほとんど下着姿で傷だらけで、サリーはグレイの元に行こうとする。
その時だった。
バッターン!!
大きな音がして扉が内側に叩きつけられる。
そこから現れたのは「ウチの姫さま」であるレティシア、だった。
グレイがレスターを足止めしている。
逃げるなら今しかない。
わかっている。
自分の役目はレティシアを探すことだ。
わかっている。
けれど、そこから動けずにいた。
このままではグレイは死ぬ。
わかっている。
グレイが何をしているのかを、サリーは知っていたからだ。
グレイの能力の中に「釣引」というものがある。
相手の魔力を自分の器に引き込むのだが、グレイ自身の魔力に変換できるわけではなかった。
しかも、魔術師の魔力は、本人の器からなかなか離れない。
そのため、グレイが魔術を使っても魔力の引き合いになるだけなのだ。
魚を釣る者と釣られる魚の関係のように。
『足止めができても、たった1人。命懸けで使うような能力ではないな』
そんなふうにグレイは言っていた。
自分の器に人の魔力を無理に引き込むなど危険過ぎる。
その話を聞いた時、使い道がないなら封印しておくべきだと、サリーは言った。
大公や魔術師長らが魔力を「分配」するのと、人から魔力を奪うのとではわけが違う。
転移と即移が違うのと同じで、意思を歪められるのを「魔力」は嫌うのだ。
必ず、なにかしらの弊害が出る。
いくらグレイが類まれな魔力耐性の持ち主だとしても、あんな大きな、しかも独特の魔力を引き込めば「壊れる」に決まっていた。
「お前の魔力は遺滓なんだろう。お前本人のものではないから、易々と体を見捨てているようだな」
レスターの皺だらけの顔が歪んでいる。
2人の体が、黒い靄のようなもので覆われていた。
グレイにまとわりついているほうが多い。
レスターの魔力が彼の体を離れ、グレイの器に引き込まれているのだろう。
レスターもまた、ある意味、人から魔力を奪っていたのだ。
それが死者であったため、そこに意思はなく、己の魔力にできていたに過ぎない。
「そのための……」
「私の器を空にしておく必要があったのさ」
いつの間にかグレイの手から剣が消えている。
あえて魔力の無駄遣いをして、器を空にしたらしい。
(グレイ……あなた、優秀過ぎるんじゃない……?)
優秀過ぎるから、手立てを思いついてしまう。
相打ちなんて柄じゃないくせに、と思った。
サリーは扉に手をかける。
グレイが命懸けで足止めをしているのだ。
自分には自分の役目がある。
レティシアを探すため、部屋を出ようとした。
『困る困らないじゃなくてさ。サリーがいないと、寂しいじゃん』
ピタッと、サリーの足が止まる。
レティシアを探すことを最優先にすべきだと思ってはいた。
けれど、その「結果」を、彼女は果たしてどう思うだろう。
レスターを倒すことができて、無事にレティシアを連れ帰れたとしても。
帰った先にグレイはいない。
あんなに「ウチのみんな」を大事にする彼女の嘆きが、サリーを思い留まらせる。
サリーは、2人のほうに体を向ける。
魔力を込めて「霧寒」の魔術を放つ。
部屋に霜が降りそそぎ、空気も薄く氷の膜が張った。
グレイが驚いた顔でこちらを見る。
(何をしている?! 逃げろと言っただろう!)
目での会話を、サリーは無視する。
立て続けに「氷凍」「冷粒」を放った。
いくつもの氷柱が、レスターの体に突き刺さる。
効いてはいないだろうが、意識を分散させることはできるだろう。
グレイの傷口は「冷粒」により、微小な氷の粒が無数に張り付き、白くなっていた。
これで止血はできたはずだ。
少なくとも流れる血の量は減っている。
室内の温度は、かなり下がっていた。
3人とも霜にたかられ、真っ白だ。
「レティシア様の望みを無視するなんて、あなたは執事失格よ、グレイ」
グレイを見捨てることを、レティシアは望みはしない。
そんな彼女だからこそ「ウチの大事な姫さま」に成り得た。
力不足だろうし、足手まといにもなるだろう。
が、グレイを見捨て、レティシアを嘆かせることが自分の役目ではないのだ。
彼女を助けたいというのは、自分たちの「都合」でしかない。
レティシアの意思を尊重し、その手助けをする。
それが正しい選択だと思えた。
「どうやら儂を助けてくれたようだな、お嬢さん。お前さんは、儂好みでもあるし、どれ、礼をやろう」
音もなく黒い光が飛んでくる。
室内が真っ白になっていたため、サリーにも目視で確認はできた。
けれど、速過ぎて避け切れない。
とっさに頭を庇い、しゃがみこむ。
そんなことをしても無駄だと思っていたし、死も頭によぎった。
なのに、痛みすら感じない。
反射的に閉じていた目を開く。
その目が見開かれた。
「……優秀過ぎるのって……本当に嫌ね……」
いつレスターから離れたのか、グレイがサリーを庇っている。
背中に黒い鏃が、何本も生えていた。
せっかくの止血も台無しだ。
グレイの背中から血が溢れ、床に流れ落ちている。
「そいつはもう使い物にならん。なにしろ器は空なのだからなあ」
サリーはグレイの背中に手を回し、薄い霜を降らせた。
血が止まるかどうかはわからないが、何もしないよりはいいと思える。
「逃げてほしかったよ、サリンダジェシカ」
「やめて……そんな今際の際みたいな呼び方……」
顔をしかめるサリーに、グレイが小さく笑った。
自分は間違えたのかもしれない。
逃げたほうが良かったのかもしれない。
けれど、いつだって、どんな時も。
グレイは傍にいた。
今さら、いなくなられても困る。
自分たちは、ずっと支え合ってきたのだから。
「執事失格はともかく……男としては失格になりたくなかったんでね」
「…………ヘタレのくせに……」
グレイが口を開きかけた。
が、その姿が一瞬で見えなくなる。
どんっ!!
重くて、とても嫌な音がした。
音のほうに顔を向けると、グレイの体が壁からずり落ちていくのが見える。
壁にはグレイの血が、べったりとついていた。
グレイの落ちていくのに合わせて、壁が血塗られていく。
「お前さん、歳は20前後だろう? 本当に儂好みだ……ヒヒっ……」
レスターがサリーに近づいてきた。
魔術を使おうとしたとたん、そこかしこに痛みが走る。
腕、胸元、腹、太腿に脛、足首にまで細い切り傷がついていた。
メイド服も切り裂かれ、素肌が露出している。
「裸にして薄皮を剥がしてやろう。お前さんくらいの年頃だとな、薄い赤色がとてもきれいなのだぞ」
ぞわぞわっと背筋に悪寒が走った。
ひと思いに殺されるほうがマシには違いない。
が、レスターはさっきもグレイをすぐには殺さずにいたのだ。
弄び、甚振るのが趣味なのだろう。
「だが、その前に、あの男がどうなるかを見せてやる」
嫌な嗤いかたをして、グレイを見ている。
グレイは全身から血を流しながらも立ち上がろうとしていた。
止めたはずの血が大量に流れ出し、血だまりができている。
その体が、また壁に向かって投げ飛ばされた。
それでもグレイは立ち上がろうとする。
「グレイッ! もう、いいからっ! やめて……っ!」
男としてなんて格好をつけなくてかまわない。
格好をつけたあげくに死なれるよりは、無様でも生きていてほしかった。
ほとんど下着姿で傷だらけで、サリーはグレイの元に行こうとする。
その時だった。
バッターン!!
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