理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
91 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇

いくらでも残酷に 3

しおりを挟む
 レスターが彼に会った頃、彼はまだ子供だった。
 王宮に属しているなどとは信じられないほどの幼い風貌を、はっきりと覚えている。
 
 当時、レスターは25歳。
 
 十歳は年が下のように見えた。
 もちろん魔術師としてというのなら、それほど珍しくはない。
 魔力の顕現が早ければ、必然的に王宮に属するのも早くなるからだ。
 だが、彼は魔術師ではなかった。
 
 魔術騎士。
 
 辺境の地にいても、噂くらいは聞こえてくる。
 王宮に新設された魔術師とは別の特殊な隊。
 さりとて、レスターは剣の腕が立つ魔術師程度に認識していたのだ。
 その存在が、どれほど異質かを知らなかった。
 
 魔力に顕現して魔術を覚えなければ、魔術師にはなれない。
 そして、王宮に属していなければ、魔力は年を追うごとに減っていく。
 魔力とは、国王との契約によってのみ与えられるものだからだ。
 契約をせず、魔術も使わず、普通に生活していると、魔力が尽きて「持たざる者」となる。
 
 ただ、国王との契約なしで魔力が消失しない稀有けうな者が存在していた。
 そういう者を王宮魔術師たちは「半端者はんぱもの」と呼ぶ。
 そこには、あざけりと皮肉がこめられていた。
 半端者の特徴が、王宮魔術師たちにとっては許しがたかったのだろう。
 半端者は、王宮に属することを極端に忌避きひする。
 
 魔力には個性があった。
 単純な、力の源というだけではない。
 そのため、半端者の意思である「王宮の否定」が、逆に魔力を体にとどめてしまうらしい。
 
 王宮に属さなかったために消えていく魔力が、どこに行くのかは知らないし、王宮に属したがらない者も少なからずいる。
 なのに、その中からなぜ半端者が生まれるのか。
 レスターは魔力顕現の状況と関係があるのではないかと思っていた。
 
 レスターが魔力の顕現に気づいたのは、姉を殺したあとのことだ。
 まだ12歳だった。
 自分の「趣味」に気づき、自制ができず、肉親を手にかけている。
 
 満足感と達成感に、レスターは大きな衝撃を受けた。
 そして、その己の「趣味」を続けたかったため、王宮に属することを、ひどく忌避した。
 王宮などに仕えてしまったら、嗜好の追及はできなくなる。
 せっかく「趣味」に没頭できる辺境の地にいるのに、わざわざ王宮に属し、己を縛るなんてごめんだったのだ。
 
 魔力顕現の理由と王宮を忌避する理由が同一であること。
 
 それが、半端者になる条件なのではないか。
 なんとなくそんなふうに感じてはいたが、ただ思っていただけで、深く追求しようとはしなかった。
 レスターにとって、大事なのは半端者だろうが、魔術を使えることのみ。
 
 転移を含め、様々な魔術は彼の「趣味」の役に立つ。
 領主の息子という地位とも相まって、誰も自分を疑わない。
 結果、レスターは13年もの間、「趣味」を続けられたのだ。
 そう、あの日、あのガキがやってくるまでは。
 
「ジョシュア・ローエルハイド」
 
 ずいぶんと成長しているが見間違えようがなかった。
 
 黒い髪に黒い瞳。
 
 そんな者は彼しかいない。
 いや、今となっては、彼と孫娘の2人と言うべきだろうけれども。
 
「やあ、レスター」
『やあ、レスター』
 
 あの日の声が重なる。
 忌まわしい記憶に、顔をしかめた。
 あの日も、こんなふうにジョシュア・ローエルハイドは、ふらりと辺境の地にやってきたのだ。
 
 たった1人で。
 
 ローブは着ていなかった。
 立ち襟の血を混ぜたような暗い赤色をした長丈の上着の前を、2列に並んだ黒ボタンで留めており、その上着の下に、わずかに見えた灰色のズボン。
 膝までの黒いロングブーツには、金色をした真鍮しんちゅうの釦がついていた。
 
 近衛騎士の服装に似ていなくもなかったが、近衛の上着は長丈ではない。
 それに、剣を抜き易いよう前開きにしているのが一般的だ。
 
 動き易さなど関係ないとばかりの服装に、これが魔術騎士かと予測した。
 華奢な体に重そうな格好だと思ったことも覚えている。
 が、実際には、彼はとても軽々と動いていた。
 
 辺境の地では魔力感知はされにくい。
 それをいいことに、レスターは「趣味」を続け、その中で死人から魔力を奪う方法を見つけている。
 だから、好みに合う者の中でも魔力持ちは、レスターにとっての「ご馳走」なのだ。
 趣味と実用、という意味で。
 
わしは、あの時とは違うぞ、ガキめ」
「そうかい? 私には、少しも変わっていないように見えるがね」
 
 彼は顔色ひとつ変えない。
 それも、あの頃と同じだった。
 およそ子供らしくない雰囲気と態度。
 
 世の中では、16歳で大人とみなされるのだが、レスターは20歳以下をすべて子供だと切り捨てている。
 彼女らは、ほんの4年ほどで、見違えるほどの成長を遂げるからだ。
 思えば、5歳違いの姉は、まだ17歳だった。
 あれは失敗だったと言える。
 さりとて、初めてだったのだから、しかたがないことでもあった。
 
 『私には愛する女性がいてね』
 
 彼は、唐突に、そんなふうに言葉を切り出した。
 捕らえにきた相手にするとは思えない、世間話をするかのような口ぶりで。
 
 『今、口説いている最中なので、実に迷惑なのだよ』
 
 こんな辺境の地に赴かなければならなくなったことを、嘆いているようでもあった。
 古き会話がレスターの記憶から呼び覚まされる。
 
 『ならば、その愛しい女とやらの元に、さっさと帰れ、ガキ』
 『もちろん、そうするさ』
 『放っておく、ということだな』
 『いいや、レスター。仕事をおろそかにする男を、彼女は好まないのでね』
 
 彼の言っていることの意味を理解できなかった。
 理解する間もなかった。
 気づけば、ここに閉じ込められていたのだ。
 
 何が起こったのかも、何をされたのかもわからないまま、レスターは今もここにいる。
 あれから何年が経ったのか。
 彼の年齢からすると、20年か、30年か。
 その答えを、彼がくれる。
 
「33年もここにいるというのに、反省が足りないようだ」
 
 33年との言葉に、慄然とした。
 今のレスターは、鏡を見るのが嫌いだ。
 ここに閉じ込められる以前のレスターの容姿は、女性を誘うのに適していると言えるほど美麗だった。
 
 背は高く、薄茶色の髪と目は一見すると優しそうに見える。
 笑顔も爽やかで、少し会話をすれば女性はたいてい警戒心を解いた。
 そして、なんの疑いもなく、ついてきたのだ。
 
 レスターは外見に自信を持っていたし、自己顕示欲も強い。
 なのに、この中で「生きる」ことを強いられた結果、見る影もなく醜い姿に成り果てている。
 鏡を見なくても、己の醜さをレスターは自覚していた。
 
 ジョシュア・ローエルハイド。
 
 1日足りとも忘れたことのない名だ。
 憎しみが、心にこびりついている。
 
「儂を殺さなかったことを、後悔させてやる」
 
 この城に閉じ込められていた間、そのために魔力を溜め込んできていた。
 さっきの魔術騎士に奪われた魔力を補うため、そこいら中から遺滓いしをかき集める。
 
 時間さえあれば、孫娘を殺せていたのだ。
 魔術を発動させずに魔術を使い、意味のわからない言葉を怒鳴っていた、おかしな娘。
 目の前の男の孫娘であるというのも、うなずける。
 
 彼も彼の孫娘も、命の危険にさらされているという緊迫感がない。
 レスターは恐怖を好む。
 だから、恐怖しない者が許せなかった。
 
「私には愛しい孫娘がいてね」
 
 どくり、と心臓が嫌な音を立てる。
 自分は強くなった。
 魔力も昔とは桁違いに多い。
 にもかかわらず、レスターは体が震えるのを感じる。
 
「今、逃避行の最中なので、実に迷惑なのだよ」
 
 手の震えが指先にまで伝わり、爪がカツカツと音を立てていた。
 あの日には気づかなかったことに気づく。
 それは、あの日とは違い、彼が「とても」怒っていたからなのだけれど、それはともかく。
 
 なんだ、こいつは、と思った。
 
 まだ何もされていないのに、何をされるかわからないといった恐怖が足元から這い上がってくる。
 恐怖を好むレスターが、恐怖に足をすくませていた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...