理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
90 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇

いくらでも残酷に 2

しおりを挟む
 
「遅くなって、すまなかったね、レティ」
 
 耳元で声がする。
 幻聴かと思った。
 が、頭にある、ふわりとした感触には、覚えがある。
 
 優しくて、大きな手。
 
 レティシアを安心させてくれる手だ。
 声のほうに顔を向ける。
 見上げた先に、理想の男性の姿があった。
 
「おじ……おじ……」
 
 じわわ…と、目が潤んでくる。
 言葉が言葉にならなかった。
 視界もぼやけているし、唇も震えている。
 
(お祖父さま……来てくれた……来てくれたんだ……)
 
 明確に意識したとたん、気持ちの糸が切れた。
 グレイとサリーを助けなければと必死で、けれど、いっぱいいっぱいだったのだ。
 
 縄がわずかに首に食い込んだ時、死を予感した。
 自分は死ぬのだと、生まれて初めて実感している。
 
 もちろん、レティシアには絶対防御がかかっているのだから、絞め殺されることはなかったのだけれど、本人はそれを知らずにいた。
 だからこそ、早い段階で魔術が発動したとも言える。
 
「う……う……うわーん……っ……!」
 
 安心したら、本当にそんな漫画みたいな声が出てしまった。
 涙が、ぼたぼたと、こぼれ落ちる。
 
「レティ、レティ、泣かないでおくれ。お前が泣くと、私はどうすればいいのかわからなくなるのだよ。本当に、遅くなって、すまなかった」
「ちが……っ……ち……おじ……っ……」
 
 ぼたぼたバタバタと落ちる涙を、胸ポケットからハンカチを取り出した祖父が拭ってくれる。
 祖父が悪いのではないと言いたくても、やはり言葉にならなかった。
 
 怖い思いをしたが、それは祖父のせいではない。
 悪いのは、1人で勝手に出歩いていた自分。
 そして、あの「ド変態じじい」だ。
 
「な……なわ……っ……」
 
 グレイとサリーを助けたかったが、縄があって動けなかったと言いたい。
 なのに、うまく言えない。
 喉がひっきりなしに、しゃくりあげている。
 
「そうだ。その嗟縄さじゅうは……」
 
 老人が言いかけた。
 その言葉に、祖父が指を、ぱちん、と鳴らす音が重なる。
 
「縄? そんなもの、どこにあるのかね?」
「…………へ……?」
 
 視線を下に落としてみた。
 今しがたまであった縄が、どこかに消えている。
 びっくりして涙が、すうっと引っ込んだ。
 
「な……何をしたっ?!」
 
 老人は叫んでいたが、祖父は完全に無視を決め込んでいる。
 そちらを見もしない。
 代わりに、抱きしめてくれた。
 レティシアにとっても、ひどく居心地のいい場所だ。
 その胸に顔をうずめる。
 
「心配かけて……ごめんなさい……」
「いいんだよ。私の愛しい孫娘」
 
 ぎゅっと祖父に抱き着いたのだけれど。
 すぐにハッとなる。
 顔を上げて、祖父の顔を見た。
 
「グ、グレイとサリーが……っ……」
「ああ、わかっているよ」
 
 ピンピンと、今度は2度の音がする。
 グレイとサリーが薄青く光っていた。
 
「グレイ、魔力は戻した。早く、起きたまえ」
 
 体の傷は治っているようだけれども。
 
(お、お祖父さま……鬼だ……グレイ、瀕死だったのに……)
 
 サリーも怪我は治っている。
 けれど、服までは元に戻らないらしい。
 祖父が、片手をレティシアから離し、空気を軽く撫でるような仕草をした。
 その手の中に、シーツのような白い布が現れている。
 
「きみは有能執事なのではないのかね」
「申し訳ございません!」
 
 しゃきーんと、グレイは立ち上がって祖父の元に駆けよってきた。
 祖父が手にしていた布を素早く受け取り、サリーの元に走る。
 サリーは、なぜかちょっと嫌そうな顔をした。
 
「私にではなく、サリーに詫びと礼を言うべきだろう、グレイ」
 
 グレイも色々と頑張ったのではないか、おそらく、たぶん。
 瀕死になるほどだったのだし、ボサっと見ていたとは考えられないのだけれど。
 
(うは~、グレイは元部下だからな~、お祖父さま、容赦ないな~)
 
 魔術騎士の隊では、こんなふうだったのかもしれないと想像する。
 グレイには大変に申し訳ないのだが、辛辣な祖父も素敵だと思ってしまった。
 きっと、そんなことは起こり得ないと予測がつくものの、ちょっぴり「叱られてみたい」との考えが、頭をよぎる。
 
(いやいや……私、そーいう趣味ないし……てゆーか、そんな場合じゃない!)
 
 レティシアは、ぎゅうっと祖父に抱き着いていた。
 祖父も、あたり前のようにレティシアの体に腕を回している。
 が、祖父に甘えている場合ではなかったのだ。
 体を少し離すと、祖父が頭をゆるく撫でてくれた。
 
「お前は2人と一緒に、城の外で待っていておくれ」
「お祖父さまは?」
 
 祖父の強さは知っている。
 そばにいるだけで、大きな安心感も得られていた。
 とはいえ、あの老人は常人とは違う。
 怪しげな魔術も使うので、心配になった。
 いつもの日常が唐突に姿を変え、非日常になることもあるからだ。
 
「心配してくれるのかい?」
 
 にっこりしてから、祖父がレティシアの額に小さなキスを落とす。
 そんな場合ではないとわかっていても、ふんにゃりしそうになった。
 
「そっちの女はわしのものだぞ! 儂が……」
「黙れ、このド変態じじいッ!! サリーのこと見ないでよッ!!」
 
 老人の言葉に、ふんにゃりどころか、ぶっつり神経がキれる。
 そのせいで、反射的に怒鳴っていた。
 慌てて、サリーの元に走り寄る。
 そして、自分の体で、老人の目からサリーを庇った。
 
「グレイ、2人を頼んだよ。くれぐれも、ね」
「かしこまりました!」
 
 グレイがサリーを支え、反対側にレティシアが立つ。
 顔色はあまり良くないが、体の傷は癒えているようだ。
 グレイにしても服は血まみれになっているものの、新しい血は流れていない。
 
(お祖父さまって、やっぱり凄いんだな。あんな大怪我を簡単に治しちゃうなんて、びっくりだよ)
 
 部屋から出つつ、チラッと中を振り返る。
 祖父も、レティシアのほうを見ていた。
 いつものように、やわらかく微笑んでいる。
 
「女性の服を剥ぐなどという悪趣味が過ぎる彼は、少しばかり懲らしめてやらなければね」
 
 レティシアは、こくっと、うなずいた。
 祖父の言った「少しばかり」が、どの程度「少し」なのか。
 どんなふうに「懲らしめる」のか。
 
 わからないが、任せてしまうことにする。
 それが酷いことだったとしても、祖父は自分を助けに来てくれたのだ。
 だから、その行動を否定する気はない。
 
「じゃあ、外で待ってる」
「すぐに行くよ」
 
 手を振るレティシアに、祖父も手を振り返してきた。
 3人で寄り添い、静かな石の廊下を歩く。
 グレイには出口がわかっているようだ。
 迷いなく歩く方角を見定めていた。
 
 廊下の角を曲がる際、来た道を振り返る。
 細い光が、さらに細くなっていた。
 
 そして、レティシアが入ってきた時とは違い、扉が静かに、閉じる。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。 話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。 混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。 そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変! どうなっちゃうの?! 異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。 ★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。 ★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。 ★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

処理中です...