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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
おウチに帰ろう 2
しおりを挟む「それ、どーゆーこと?」
レティシアが、きょとんと首をかしげた。
大公は相変わらずで、そんなレティシアを見て微笑んでいる。
サリーは、まだ不機嫌そうだ。
(下着姿を見たのはまずかったな。あの状況では、見ずにすませるほうが難しかったが……)
あの地下室で、レスターに服を切り裂かれ、サリーはほとんど下着姿だった。
目を覆うわけにもいかなかったので、グレイはその姿を見ている。
あれは不可抗力というものだ。
とはいえ「見たくて見たのではない」なんて言おうものなら、ホウキの柄で殴られるかもしれない。
いや、きっと殴られる。
女性には、いらぬことは言わないに限る、と思った。
サリーのひん曲がった機嫌が直るまでは、当たり障りなく接していくことにする。
ひと通り荷造りを済ませ、4人は居間で寛いでいた。
大公とレティシアは、ソファに横並びで座っている。
グレイとサリーは正方形の足置きに、それぞれ腰を下ろしていた。
本来なら立っているべきなのだが、レティシアが気にする。
それをわかっている大公から座るように促されていた。
ソファではないものの、それに付属する足置きは用途と違う使い方にも十分に耐えうるくらい、やわらかい。
背もたれがないのには慣れている。
厨房の丸イスに比べて、ずっと座り心地が良かった。
あえてイスを勧めなかったのは、大公の2人に対する配慮だろう。
目線を上にするのなら立つべきだからだ。
が、この足置きに座る分には、目線は大公とレティシアより下になる。
「サイラスと王太子の姿を見たのですが、あれは本物ではないかもしれません」
「偽物ってこと?」
「確信があるわけではございませんし、可能性も低いとは思うのですが」
地下室で意識を失っているフリをしていた時、扉が少し開かれた。
その向こうにサイラスと、顔までは見えなかったが王太子らしき人物の姿も目にしている。
話していたのは、サイラスとレスターだ。
小声ではあったが、グレイには会話の内容が聞こえていた。
「だが、根拠はあるのだろう?」
グレイの正面にいる大公が聞いてくる。
うなずきながら、あの場面を記憶から引っ張り出した。
「屋敷に来た時のサイラスの話し方と、地下にいた者とでは違っておりました」
「話し方って?」
「発音と言いますか。奴は、気取った話し方をしていたでしょう?」
「確かに、砕けてはいなかったね。話し方は丁寧だったよ」
地下にいたサイラスも、けして乱れた話し方をしていたわけではない。
丁寧と言えば丁寧ではあったけれども。
「顕著だったのは”ん”の発音です。屋敷に来たサイラスは”ん”など使いませんでしたから」
「ん?って、なに?」
グレイの言っている意味がわからずにいるレティシアに、大公が説明を付け加える。
向けている視線は、優しく穏やかだった。
「たとえば、“いるのです”と“いるんです”の違いのことだよ」
「あー、なるほど! “の”が“ん”になっちゃうのか。それって癖?」
「貴族教育を受けた者は、あまり“ん”を使わないものなのさ」
「そういえば、お祖父さまも使わないね」
指摘され、大公がおどけた様子で肩をすくめる。
そして、本気とはとれない口調で言った。
「私も、すっかり貴族気質が染みついているようだ」
貴族階級に属していると、教育の中で、言葉遣いや話し方、発音に至るまで、子供の頃から叩き込まれる。
たいていの貴族は、貴族としかつきあわない。
そのため、覚えこんだ話し方や口調を変える必要もないのだ。
「ん? でも、グレイって……そのあたり微妙な気がしなくも……」
「私は……なんと申しますか……」
「彼が魔術騎士になったのは11歳。その後、ウチの執事になったのは15歳。周りに感化され易い年頃だったのだよ」
言いにくいことを、大公がサラリと代弁する。
魔術騎士の隊にも屋敷にも、平民出の者が多くいた。
囲まれて生活している内に、自然と「そちら」寄りになっている。
気持ちの問題もあるかもしれない。
グレイは自分が貴族だとは意識していないのだ。
「ほら、その年頃だとマルクのような話し方に憧れたりするだろう?」
「あ~……あるね。そーいうの」
レティシアが納得したように、大きくうなずいている。
サリーは知らん顔。
目で会話してくれようともしない。
(これがレティシア様の仰っておられた“アウェイ感”というものか……)
レティシアが戻ってきた当初のウチの状態を、そんなふうに称していた。
思うグレイに、レティシアの視線がそそがれる。
「違うよ、グレイ。これはアウェイじゃなくて、グレイがいじられてるだけ」
「いじられ……?」
「そう。いじられキャラなんだよね、グレイって。からかい易いって感じ」
なんだか、どちらがいいのかわからない。
このままでは、いずれ「有能執事」の看板を下ろさなければならなくなるのではなかろうか。
地下室では、大公に叱られてしまったし。
「もともとグレイは、からかわれ易い体質をしているからねえ」
「そんな気がしてたよ、私も」
「た、大公様、レティシア様……今はサイラスの件のお話を……」
これ以上「いじられ」のほうに話をもっていかれては、かなわない。
慌てて、話を引き戻す。
大公が、ひょこんと軽く眉を上げた。
「しかしね。それもサイラスの故意と考えるほうが自然ではないかな」
「かもしれません」
サイラスが王太子らしき人物に『では、行きますか』などと気楽に声をかけていたのも、気にかかる。
あまりにもわざとらしいと思えたからだ。
「うーん……あの王子様、偽物だったのかなぁ」
「レティは殿下に会っていたのかい?」
ここに戻り、休憩を挟んだのち、荷造りを始めている。
レティシアは怖い思いもしているので、詳しい状況などは落ち着いてから、というのが大公の判断ではあった。
が、当のレティシアから話を切り出している。
聞けるのであれば聞いておいたほうがいい。
きっと大公もそう判断したのだろう。
「会ったよ。相変わらず面倒くさくて、いつも通りって感じだったけど……」
「気にかかることがあるようだね」
レティシアは、なんとも言い難い表情をしている。
納得したような、がっかりしているような。
「なんか、いい奴っぽかったんだよね。変な薬も無理に飲ませようとしなかったし、押し倒されたけど嫌だって言ったらやめてくれたし」
ぴくりと、大公の顳が引き攣る。
グレイも、そしてサリーも真っ青になった。
まさか、そんな事態になっていたとは思わなかったからだ。
レティシアは3人の様子には気づいてないのか、視線を天井のほうに向けていた。
なにかを思い出しているらしい。
「私がね、粘着王子に目を閉じてって言ったんだけど……」
「……それで?」
大公の声が低くなっている。
これは“ヤバい”ことになるのではと、グレイは気が気でない。
レティシアだけが平然としていた。
「閉じてくれたよ?」
「……そのあと、どうしたのかな?」
表情は穏やかだが、内心、穏やかではないのだろう。
グレイもサリーも同じだから、わかる。
また正妃選びの儀に行くなどと言い出すのではないかと、不安になった。
が、しかし。
「花瓶で殴った」
「殴った?」
聞き返した大公のほうに、ぴょんっとレティシアが体を向ける。
ちょっぴり焦った顔で言った。
「そんなに強く殴ってないよっ? でも、王子様、ぶっ倒れちゃって……あ! 殺してはないから! 死んでなかったから! それは確認した!」
瞬間、大公が吹きだす。
グレイとサリーも笑いを堪え切れず、3人は声をあげて笑った。
「ちょ……っ……私、そんな怪力じゃないからね! ね! お祖父さま!」
怪力令嬢と思われたと勘違いしたらしいレティシアが必死で弁解している。
そのレティシアを、大公が引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
「私の愛しい孫娘。お前は、本当になんて愛らしいのだろうね」
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