理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
113 / 304
第2章 黒い風と金のいと

お祖父さまと一緒 1

しおりを挟む
 
「これが、寝泊まりする場所か」
 
 ユージーンは、部屋の様子に驚いている。
 と、同時に少し感動を覚えていた。
 
「なんという……狭さだ」
 
 王宮の私室よりも狭い。
 あたり前なのだが、ユージーンにとっては、あたり前ではないのだ。
 今まで魔術師連れとはいえ、1人で出かけたことなどなかったし、王宮以外で寝泊まりするにしても「一般の」宿に泊まったこともなかった。
 
 ユージーンは、今、サハシーに来ている。
 
 サハシーは初めてではないが「一般の」宿に泊まるのは初めてだ。
 王太子として来た際には、王宮専用の常宿に泊まる。
 逗留している者がいなくても、近衛騎士が張り番をしている建物だった。
 見た目にも宿とは言えず、風格のある城。
 一生に一度の贅沢でサハシーに来た中流貴族などは、その城をひとつの見所にしているくらいだ。
 引きかえると、確かに狭い。
 が、城と宿を比べれば、たいていの場所は狭いのだけれど。
 
「部屋が5つあるが……? なぜ5つに切り分けて、わざわざ小さくする? 意味がわからんな」
 
 ここは上流貴族用の宿であり、客を招いたり、子連れで泊まったりする。
 そのため複数の部屋が用意されていた。
 主寝室に副寝室、ゲストルーム、居間、専用調理室付きの食堂。
 どの部屋も、1人で使うには十分な広さがある。
 居間の大きなガラス窓を開くと広いテラスに出られるようになっていた。
 調度品も高級品ばかりだ。
 ベッドにしてもソファ、カウチだって、広々としていて、ふかふか。
 上流貴族は、お抱えの調理人を伴うことが多いため、調理室も充実している。
 食堂の側は、ちょっとしたサロンになっていた。
 棚には珍しい酒が、ずらりと並んでいる。
 
「このような仕切り、なくしてしまえば良いものを。狭い部屋が、ますます狭くなるではないか。書斎がないのも気になる。しかも、なぜ室内に湯殿を……??」
 
 王宮では、私室は私室、風呂は風呂と分かれていた。
 湯に浸かる場所は、そのためだけに別で存在している。
 そのため、寝室と風呂がなんのために同居しているのか、理解できずにいた。
 
 ユージーンは、なにかと不足に感じていたが、これでも「目の飛び出る」ような金額の張る部屋なのだ。
 上流貴族であっても長期逗留が難しいくらいには、高かった。
 もとよりサハシーは保養地であり、総じて物価は高くなる。
 が、支払いなどしたことのないユージーンにとって「相場」や「物価」は数値以上の意味を持たない。
 高いだの安いだのとは、感じたこともなかった。
 
「まぁ、良い。俺は、王太子として来たのではないのだからな」
 
 ひと通り室内を見分したあと「狭い」居間の「小さい」カウチに座りかけて、立ち止まる。
 壁に埋め込まれた、縦長の鏡に映る自分の姿を見つめた。
 
「存外、変わるものだ」
 
 サイラスの魔術で髪と目の色を変え、身なりもいつもとは異なっている。
 それだけで別人のように見えた。
 髪と目は、赤みの暗い黄褐色。
 いつもの王族用の衣装とは違い、丈の短いアースグレーの上着と揃いのズボン、少しゴワつく白いシャツ、それに細いリボンタイ。
 シャツがゴワつくと感じるのは、ユージーンがいつもシルクを身につけているからだ。
 リネン生地など知る由もない。
 知識として「そのようなもの」があると知ってはいても、実物は見たことがなかった。
 
 サイラスに魔術をかけられた時も、散々に見たりさわったりしたのだが、物珍しく、また髪をいじくってみたりする。
 
「客室係も気づいておらぬようだったし、これならば外を歩いても問題なかろう」
 
 などと、着心地はともかく、ご満悦だ。
 部屋にあるクローゼットには、あらかじめ似たような服が用意されている。
 3日間かけて、侍従に着替えかたも教わっていた。
 なにしろユージーンは靴紐すら結べなかったのだから。
 
 生まれながらに、およそ自分で身の回りのことをする、という習慣がない。
 服の裾がどうなるかなど気にせず生活してきている。
 私室で1人になることはあっても、1人で生活をするのは初めてだった。
 もちろん、この建物の中にも外にも王宮魔術師がユージーンの警護にあたってはいる。
 が、姿を消しているので、魔力感知のできないユージーンには、いないも同然なのだ。
 気が済むまで鏡に映る自分を見たあと、不意に我に返る。
 
「そうだ。俺は、遊びに来たのではない。やることをやらねば」
 
 レティシアを守るため、役に立ちそうな魔術を覚えたかった。
 サハシーには、大きな図書館もある。
 街に出れば、珍しい魔術道具も売っていると報告書には書いてあった。
 買いかたはよくわからないが、金は持ってきている。
 サイラスから「小遣い」をもらったのだ。
 おそらく足りないということはないだろうと思う。
 もし足らなければ、そこいらにいるはずの魔術師を呼んで、出させることもできる。
 とはいえ、図書館に入るにも金を取られるというのだから、べらぼうだ。
 
 王宮では図書館への出入りなど自由にできる。
 というより、ユージーンが行かなくても「誰か」が必要な本を取ってくる。
 本を読むというだけのことに、金がかかる理屈もわからない。
 ただ、街はそういうものなのだ、と納得はしていた。
 王宮と街とでは、存在のようが違うとユージーンは思っている。
 実際は、ユージーンの「尺度」が違うという話なのだけれども。
 
「図書館までは馬車……ではなく、歩いてゆくとしよう」
 
 ユージーンは真面目だったし、頭も悪くはない。
 街の地図は、すっかり頭に入っている。
 馬車で移動してもいいのだが、歩けば街を見て回ることができると考えた。
 
 なにより、馬車の呼び方を知らない。
 
 地図の上で、さほど遠くない距離に図書館があるのはわかっているのだ。
 せっかく王宮の外にいるのだから、いつもとは違うことをしたいとも思う。
 ユージーンは真面目で、頭も悪くなかったが世間知らずだった。
 
 たとえば地図上で「さほど遠くない」が、どれほどの距離になるかを知らない、だとか。
 途中で空腹を覚えたらカフェに寄る、だとか。
 
 ここが何も言わなくてもお茶の出てくる王宮ではなく、しかも自分1人で自分の面倒をみなければならないということも、わかってはいない。
 にもかかわらず、やはり真面目なので、目的を果たそうとはする。
 
 早速に部屋を出て、宿の扉を開けた。
 石畳の広い道には人が溢れている。
 王太子として出歩く時には見慣れない光景だ。
 公務で領地に出向くことはあれど、王太子ご来訪ともなれば、人垣はできても、道はがら空き。
 近衛騎士の先導しかいない道を歩く。
 当然だが、ユージーンの行く手を阻む者などいない。
 
(街というのは歩きづらいものなのだな……非常に邪魔だ……)
 
 少し顔をしかめつつ、頭の中に地図を広げ、図書館のほうに歩き出した。
 ユージーンは王族だ。
 せかせかと歩く癖はない。
 いつものゆったりとした足取りで歩を進める。
 とたん、後ろから何かが肩にぶつかってきた。
 刺客が現れたのかと、ハッとする。
 王宮の中にいれば、常に身の安全は保障されているので、刺客を気にしたことなんてなかった。
 サイラスから「くれぐれも気をつける」ようにと、言われてもいた。
 
 ユージーンは気にしていないが、周りは魔術師に取り囲まれている。
 刺客ならば、とっくに始末されていたはずだ。
 さりとて、ユージーンには、そんなことはわからない。
 
「おっと! 悪いね、お兄さん!」
 
 振り向く間もなく、声をかけてきた相手が前を走っていく。
 単に、ぶつかられただけだと気づくまでにも時間がかかった。
 
(まったく……せわしないことだ……だいたい無礼であろう。頭のひとつも下げぬとは……誰もしつけをせぬのか)
 
 憤慨はしている。
 さりとて、叱り飛ばしたくても、相手の姿はすでにない。
 
(しかたあるまい。今、俺は王太子ではないのだからな。扮装が露見ろけんしておらんということでもあるし、悪いことではない)
 
 ここは街で、自分はお忍びで来ている身だ。
 怒ってもしかたがない、と気持ちを切り替える。
 ほんの少し「サイラスがいたら」と思わなくもなかったけれど。
 
 その後も、たびたびぶつかられたりしながら、頭の中の地図通りに歩いた。
 が、歩けども歩けども辿り着かない。
 おかしいとは思うが、自分が道を間違えたのかもしれない、などとは思わずにいる。
 ユージーンは、自分に絶対の自信を持っていた。
 だから、間違えるはずはなかったし、その発想すらない。
 
(あの地図は縮尺がおかしい。王宮に帰ったら、すぐに見直しをさせねばならん)
 
 確かに地図は間違っている。
 だが、地図というのは「いつ作られたものか」が重要なのだ。
 街は移り変わる。
 いつまでも同じではない。
 それも知らず、人に道を訊ねるとの考えもなく、ひたすら歩いた。
 歩きながら、心の中にハテナが浮かぶ。
 
(あの縮尺はどうなっている? いったい、いつ図書館に着けるのだ?)
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...