理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

暗闇に飛ぶ 3

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 サイラスは、何もかもが予定通り、といった顔をしている。
 それを見ても、彼の感情は動かなかった。
 
 彼はサイラスを許していない。
 
 そのため、サイラスに対しての感情は怒りに集約されている。
 彼にとっての怒りとは、表に出すものではなかった。
 声を荒げたり、拳を握ったりするような、分かり易いものは、彼の怒りとは別種のものだ。
 感情を揺らされること自体、相手になんらかの気持ちを持っていかれているという証になる。
 己の感情の、ひと欠片もサイラスに渡すつもりはない。
 
 彼の怒りは、ただ一瞬の殺意。
 
 向けると決めたら、それで終わりだ。
 相手に、次の日はないものとなる。
 彼の怒りは激しく、けれど、ひそやかだった。
 死ねばいいとか、殺してやるだとか。
 そんな曖昧さを、彼は持たない。
 
「説明をする必要があるのかい?」
「彼らの自死の場に、大公様はいらしたのでしょう?」
「最初に言ったはずだ。彼らの死を、知っている、とね」
 
 ラペル公爵に看髄かんずいが仕掛けられていたことも、そこから模画かたがが張り巡らされているだろうことも、彼にはわかっていた。
 サイラスの性格を考えれば、その程度の策を弄しているのは想像に難くない。
 
「それにしても、この気の毒な貴族たちの死と私に関係があるなどと、きみらが思っていることが、不思議でならないよ」
「ただ見ていただけだ、と仰る?」
「その通りだよ、サイラス。きみは、とても聡明だ」
 
 言うなり、彼は床に写真を放り投げる。
 床に落ちたそれが、大理石の上を短く滑って広がった。
 
「もちろん、大公様が直接に手をくだしたとは申し上げておりません」
「もちろん、私は手をくだしてはいない。彼らの肩に黒い烏がとまって、死を囁いた、ということくらいはあったかもしれないがね」
 
 あんなつまらないことにつきあわせたのだから、少しくらいはジークにも花を持たせるべきだと考えている。
 舞台に立っていない、としてしまうのは心苦しい。
 喜劇だか悲劇だか、いずれにせよ、まったく面白味はないのだけれど。
 
 サイラスが、あるかなしかの笑みを携え、彼に語り掛けてくる。
 こちらがどう答えようと、サイラスの決めた場所に導くつもりには違いない。
 彼にとっても、これはすでに予定調和に過ぎなかった。
 
「大公様ならば、人心を操る魔術のひとつもお持ちなのではないか、と勘繰ったりもするのですよ。なにしろ大公様は、人ならざる力の持ち主にございますから」
「へえ。人心をねえ。そんなものがあるのなら、是非、使いたいところだ。そうすれば、そもそも、こんな審議に呼び出されずにすませられたのに」
 
 魔術には様々な種類があるが、万能ではない。
 制限や制約がある。
 それ以上に「できないこと」があった。
 魔術師の基礎中の基礎。
 
 人の心を操る魔術は、存在しない。
 
 何百年もの間、魔術師によって試されてきたが、すべて失敗に終わっている。
 たとえば、右に進みたいと思う者を、左に行かせることすらできないのだ。
 
「しかしながら、事実、死体が2人分。そして、そこに大公様がいらした」
「そんなに口うるさく言わなくても、そこにいたと、とうに私は口を割っているじゃあないか」
「では、どういう状況だったのですか? なぜ2人は自死を?」
「さてね。彼らの心情など、私は知りやしないよ。それこそ人心を計れるわけではないのでね」
 
 彼は、サイラスが、2人の死に本気で興味をいだいているとは思っていない。
 床に散らばっている写真の1枚にも、気持ちを向けてはいないのだ。
 むしろ、そこはどうでもいいと、サイラスは考えている。
 
(ジークの言うように、サイラスだけでも始末をつけておくのだったなぁ)
 
 感情を、まったく揺らがせもせず、そんなことを思った。
 さりとて、正しさは刻々と移り行く。
 いつまでも同じ場所にとどまってはいない。
 あの時こうしていたらと思ってみたところで、過去には戻れないし、その道が正しかったとも言えないのだ。
 より悪いほうに転がっていたかもしれないし。
 
「挨拶がてら、と仰っておいででしたが、何を話されたのですか?」
「やあ、ルパート、久しぶり!ってところだ。サイラス、きみもローエルハイドとラペルの私戦については、もちろん知っていると思うが、それが煩わしいね、とも言ったのではなかったかな」
「彼らは、なんと?」
「なにも。なにもさ。元々、何か落ち込んでいる様子だったが、黙り込んでしまってねえ」
 
 最初から、彼は、どんな嘘もついていなかった。
 事実を振り分けているだけだ。
 口にすること、しないこと。
 それをどう判断し、どう受け止めるかは、聞く者の勝手に任せている。
 
「私の言った何かが、彼らの危うい心の均衡を崩してしまったのかもしれない。もし彼らの心を覗くことができていたらなあ。私も不用意な発言などしなかったさ」
 
 人の心を覗くことのできる魔術があったなら、どうだっただろう。
 醜いものがえるのと同じくらい、美しいものも視えるのではなかろうか。
 愛しい孫娘の姿が、彼の目に浮かぶ。
 
 闇の中、ただひとつの、美しい光。
 
 遠くで見守るしかなくなったとしても、消えることはない。
 それをサイラスはわかっていないのだ。
 彼は、眉をひょこんと上げる。
 サイラスが、ジョシュア・ローエルハイドに執着していると、知っていた。
 
「しかしねえ、写真は何も語らない。なんとも残念だ。ねえ、きみ、きみが、遠眼鏡とおめがねを使えていたら、と思うよ」
 
 サイラスの頬が、小さく引き攣る。
 遠眼鏡は、ジョシュア・ローエルハイドのみが使える魔術だった。
 
「あれを使って、私のことを、いつも見守っていてくれさえすれば、私がただ見ていただけだと、サイラス、きみがそう主張してくれていたと」
 
 サイラスと視線を合わせ、彼は微笑む。
 穏やかに、そして静かに言った。
 
「私は、信じているよ」
 
 大層な秘密を打ち明けたとでもいう口調が、気に入らなかったらしい。
 サイラスの顔から、笑みが消えている。
 目の光も鋭くなっていた。
 
「おめになろうとは、なさらなかったのですか?」
「やれやれ。私は、そういう責を担わされていたのか。いやはや、気づかなかったよ。これでは、おちおち知り合いを訪ねられないね。どこかで誰かが死ぬたびに、止めなかった責を問われるのでは、臆病にもなろうというものさ」
 
 彼は、両手を軽く広げ、肩をすくめてみせる。
 いいかげん、うんざりしていた。
 孫娘をからかうのは楽しいが、サイラスをからかっても少しも楽しくはない。
 審議を引き延ばしたところで、結果は変わらないのだ。
 わかっていて引き延ばそうとしているのだろうか、と彼は己の心を思う。
 愚かだ、と。
 
「この国のすべての者の死に私が責を負わねばならない、というのなら、確かに、私の責任なのだろうさ。彼らの死もね。そりゃあ、大層な重責だよ、きみ」
 
 人は守りたいものしか守れない。
 彼は、彼の基準でもって、それを実行する。
 その後に、なにが待っていようとも、だ。
 
「いいかい、サイラス。彼らには彼らなりの心情があった。それがどのようなものか、私は知らない。それだけのことだ」
 
 ちらっと、重臣たちのほうに視線を投げる。
 彼らは目を合わせようとはせず、おのおのに視線をさまよわせていた。
 
「それとも、私に責を取らせ、この国を追放するかい?」
「まさか。そのようなことは、考えてもおりません」
 
 サイラスが、彼の言葉を即座に否定する。
 彼も、それはそうだろうと思った。
 彼がこの国から去れば、サイラスも「粘着」しづらくなるのだから。
 
「ただ、大公様が関わっておられるのなら、こちらも相応に対処しなければなりません。そのために確認をさせていただいたのです」
 
 つまり、建前上、呼んだに過ぎない、と言いたいのだろう。
 視線を合わせられもしない重臣たちにとっての本音でもある。
 が、サイラスは、この審議に別の意味を持たせているのだ。
 
「無責任な噂が流れるのは、大公様も望まれないと思いまして」
 
 小賢しくも、いやらしい男だと思う。
 思いながら、彼は微笑む。
 
「王宮を辞した者にまで心を砕くとは、きみの心根の優しさには感動をおぼえるね」
「恐れ入ります。ですが、誰にでも、というわけではございません」
「恐れ入るのは、こちらのほうだよ、サイラス」
 
 サイラスの顔にも笑みが戻っていた。
 しばしの間のあと、彼はゆっくりと立ち上がる。
 
「もう、いいかな?」
「ええ、どうぞ。大公様が何もしておられないことが、よく分かりました」
 
 室内の空気が、一気に緩んでいた。
 重臣たちは、額に汗を浮かべている。
 そんな彼らを無視して、国王のほうへと彼は向き直った。
 
「これにて幕のようです。ご観覧をありがとうございました、陛下」
 
 左手を背にあて、右手を折り曲げ、恭しくお辞儀をしてみせる。
 それからはもう、後ろも振り返らず、彼は王宮を後にした。
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