理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

夢見の術 3

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 担いでいた王太子を、山小屋ではなく、納屋のほうに運ぶ。
 中には、材木や板切れ、斧やのこぎりなどが置いてあった。
 それらは整理され、奥のほうにおさまっている。
 中央に近い壁際に、大きな机があった。
 見取り図や設計図などをくためのものだ。
 床は板敷で、全体的に簡素な造りとなっている。
 机の前にある背もたれつきのイスを、軽く引き寄せた。
 いつもは指を鳴らしたりするのだが、動作なしでも、彼は魔術を発動できる。
 
 そのイスに、王太子の体を、ぽいっと放り投げた。
 背もたれが後ろにゆっくりと傾き、ある角度で止まる。
 それから、また前へと戻ってきた。
 ガタンっと、イスの脚が床にぶつかり、音を立てる。
 それでも、王太子は目を覚まさない。
 背もたれに体をあずけ、のけぞったまま、頭は後ろに、がくんと倒れていた。
 
「聞きたくはないが、聞かないわけにもいかないね」
 
 彼は、王太子の目の前で、指を2回鳴らす。
 すぐに、王太子が、意識を取り戻した。
 頭を振りながら、体を起こしている。
 
「ここは……俺は、どうなった……? レティシアは……」
「ここは、私の領地の中の、私の家の敷地内の、納屋の中だ」
 
 王太子は、彼の姿に目を見開いた。
 屋敷を訪れておいて、今さら驚くことでもないだろうに。
 
「ああ、言っておくが、ここにレティはいないよ」
 
 とたん、王太子が落胆の表情を浮かべた。
 少し世間を知っている者なら、ここにレティシアがいないのを当然だと考える。
 その当然が、王太子には通じないのだ。
 
(サイラスは、まともに育てる気がなかったらしい)
 
 簡単に想像がついた。
 サイラスにとって王太子は駒であり、ていのいい人形でしかない。
 それを気づかせてもいないのだから、ご立派な乳母だと、心で皮肉る。
 
「それで? 何があったのか、とりあえず聞かせてもらおうか」
 
 彼は、立ったまま、王太子を見下ろしていた。
 回復させたはずなのに、王太子は少しやつれて見える。
 両手で寝間着、そう王太子は寝間着姿なのだが、その膝をつかんでいた。
 うなだれるでもなく、彼を見上げ、視線を交えてくる。
 
「夢を見る」
「夢くらい誰だって見るだろうさ」
「違う。大公が聞けば、俺を殺す理由になる夢だ」
 
 ついっと、彼は眉を上げた。
 どうやら真面目に聞いたほうが良さそうだと判断する。
 もう1脚のイスを引き寄せ、王太子の前に、足を組んで座った。
 
「ひとまず、きみを殺しやしないよ」
 
 レティシアに「帰ったら話せばいい」と言っている。
 殺してしまったら「話せない」のだ。
 それに、もとよりレティシアは王太子の死を望んではいない。
 
「……レティシアを抱く夢だ。もう5日も、似たような夢を見ている。時には……乱暴をするものもあった」
 
 聞いていて、楽しい話ではなかった。
 彼は、目をすうっと細める。
 
「それで?」
 
 冷ややかに、短く先を促す。
 おおよその見当はついていたが、詳細は知っておくべきだと思っていた。
 
「最初は、俺の願望が見せているのだと思った。俺は、あれに会いたいと思っていたのでな。だが、違う……違うのだ……願望が少しも入っておらんとは言えぬが……それでも違うのだ……あれは、俺の夢ではない」
「なぜかね? きみはレティに執着しているし、会いたいと思ってもいた。夢を見るだけの理由はある」
 
 王太子は、彼の視線を受け止め続けている。
 わずかにも逸らせようとはしない。
 翡翠色の瞳の中に「王族」としての血が垣間見えた。
 魔術師としての器はなくとも、王族としての器はあるようだ。
 
「夢の中のレティシアは、俺を、殿下と呼ぶ」
 
 しばし、睨み合うようにして視線を交える。
 が、王太子は視線を逸らせなかった。
 彼は、軽く肩をすくめ、その緊張をほどく。
 王太子は「悪人」ではないのだ。
 
「あのはきみを、1度も、そんなふうに呼んだことはないね。いつも王子様と呼ぶ。もしくは粘着王子だ」
「知っている。それが、レティシアらしいところだろ?」
「そうとも」
 
 仮に、王太子が己の願望そのものに夢を創作していたのなら、夢の中でレティシアが「殿下」などと呼ぶはずがない。
 それでは、彼女らしさが失われてしまうからだ。
 
「きみは、夢見の術をかけられている」
「夢見? なんだ、それは。聞いたことがないぞ」
「それはそうさ。知っている者が、ほとんどいないのだからね」
 
 彼は、おおまかに「夢見の術」について語る。
 そもそも、この魔術は、人心を操る魔術の研究中に派生したものだった。
 制約が多い割に、成果が上がらないため「失敗」とされている。
 ゆえに、知る者も少ないし、使おうとする者もいなかった。
 
「まず第1に、この魔術は、かける者とかけられる者との間に信頼関係が成立していなければならない。第2に、かけられる者に願いの種がなければならない。無からは創作できないということだ。第3に疑心のないまま境を越えさせなければならない」
 
 王太子は、黙って聞いている。
 思い当たる節が多過ぎて、内心では衝撃を受けているはずだ。
 この制約を聞けば、かけた相手は明白なのだから。
 
 この魔術は、人心を操れるわけではないにしろ、近しいものはあった。
 右に進みたいと思う者を、無理に左に行かせようとするのではない。
 右に進んでいると思わせながら、少しずつ左に寄せていく。
 そして、いずれは左に接点ができる、それが「境」だ。
 そこを越えると、当初は右に行きたかったはずが、左に進むことになる。
 そして、実は左に進んでいるという、そのこと自体にも気づけない。
 さりとて、成功事例は、数えるほどだった。
 百件に1件あるかどうか、程度。
 
「きみも、もうわかっていると思うが?」
 
 ぎゅっと、王太子の手が握り締められる。
 さっきまでの表情とは違い、彼にすがるようなまなざしを向けていた。
 
「し、しかし……そ、そのようなことをして、どのような意味がある?」
「あの男は、存外、せっかちでね」
「せっかち……?」
「きみが、なかなか即位しないものだから、背中を押す気になったのだろうさ」
「俺が即位することは決まっておるのに、か?」
 
 彼は答えない。
 答えないことが、答えだからだ。
 不意に、王太子が懐をまさぐる。
 そして、小さな薬瓶を取り出し、彼に差し出してきた。
 
「これは、なんだ? 少しだが残っておろう」
 
 受け取り、中を観察する。
 口元に冷淡な笑みを浮かべた。
 
「さすが、芸が細かい」
「怪しい……薬なのだな……?」
「これには、きみを深い眠りに落ちさせ、不安や欲求を煽って、より夢見にとらわれ易くする効果がある」
 
 王太子が疑心をいだく隙を与えないために違いない。
 意識を朦朧とさせておけば、より夢に縋り易くなるからだ。
 王太子から明晰さも聡明さも奪っておきたかったのだろう。
 ともあれ夢見の術を完遂するまでは。
 
「レティを諦めないことが、よほど腹に据えかねたらしいね」
「なぜだ? そもそも、あれを薦めてきたのは……」
 
 どうしても、名を出すことに抵抗があるらしい。
 王太子が言葉を切って、口を閉じる。
 
「あの男は、レティが正妃を承諾した、と言っていなかったかい?」
「そうだ。そう言われていた」
「だが、レティは正妃を辞退した。あの男からすれば、そんな娘はさっさと諦め、別の女性を正妃に迎えろ、と思っているに違いないよ」
 
 なぜ、そう思うかは、説明するまでもなさそうだ。
 王太子も理解している。
 王太子の即位は、サイラスが魔術師長になることと直結しているのだから。
 
「そのまま夢見の術に流されてほしかったねえ。そうすれば、きみはレティを手に入れたと思いこみ、別の女性を正妃にしていた」
 
 わりと本気で、そう思う。
 とはいえ、危険が遠ざけられるわけではないし、もっと悪いほうに進むことも考えられた。
 
 この魔術のタチの悪いところは、現実と夢を混同するところにある。
 レティシアを完全に「もの」にしたと思いこんだ王太子にとって、それは現実のはずなのだ。
 だからこそ、サイラスに「正妃でなくともいいではないか」などとそそのかされれば、その気にもなる。
 乱暴をするものもあったとの話から、サイラスがその方向に「寄せて」いるとの、察しはついた。
 なのに、レティシアを側室にも愛妾にもできないとなれば、王太子の中に、大きな齟齬が生まれる。
 それを修正しようとの意識から、あらゆる手段でレティシアを手にいれようとするに違いないのだ。
 
「最も簡単な対処方法は、きみが今この場でレティを諦め、誰か正妃を娶って即位することだ」
「……それは、できん……できぬから、俺は、ここに来たのだ」
 
 王太子の瞳から、縋る色が消える。
 代わりに、真剣さと覚悟を持った光が宿った。
 
「どうしても、と言うのなら、俺を殺すがいい」
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