理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

夢見の術 4

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 彼女は、よく王太子を「面倒くさい」と言っていた。
 ジークも、そう思う。
 
(嫌んなるぜ。殺せるもんなら、とっくにやってんだよ)
 
 やらない理由が、彼にはあるのだ。
 それを王太子はわかっていない。
 その上、本気なのだから、始末に悪かった。
 本当に邪魔だし、手が焼ける。
 
「きみのことは、殺さない。だがね」
 
 彼が冷たい瞳に、王太子を映した。
 彼の孫娘は、王太子に好意をいだいてはいない。
 彼にとって、それだけの話なのだ。
 
 彼女が好意をいだく者には優しくする。
 そして、彼女が失いたくないと思う者なら守る。
 害する者は排するし、傷つける者を許さない。
 
 そこには同情も憐憫もなかった。
 彼に曖昧さはないのだから。
 
「きみが、レティを危険にさらしているのだということを、自覚したまえ」
 
 大人しく王宮に引きこもっていればいい、とジークは思う。
 彼の孫娘に関わることなく、王太子として生きていくべきなのだ。
 王太子は王太子で、ほかに生きる道はない。
 
(そりゃあ、誰かと恋に落ちる、なんてことはあるのかもしんねぇけど)
 
 王太子は、いただけない。
 ジークも瞳を冷たくして王太子を眺める。
 彼女が王太子に恋することなどありえない、と思った。
 彼の孫娘には、自由と気ままが良く似合う。
 だいたい王宮なんかに入られしまったら、見に行くこともできるなくなるし。
 
「きみに夢見の術が通用しなかったら、あの男はどうするね? もとより、この術はかかりが悪い。あの芸の細かい男のことだ。次の手くらい考えているだろうさ」
 
 王太子が、サッと顔色を変えた。
 ようやく彼の言うことが理解できたようだ。
 
(そんなの、あたり前なんだけどサ。あいつは、そーいう奴だよ)
 
 王太子が思うようにならないのなら、彼の孫娘をどうにかしようとする。
 もちろん近くに彼がいるのは承知の上で、だ。
 サイラスは、彼の怒りをかうことを望んでいる。
 小さな子供が、親の気を引きたくて悪さをするように。
 
「私の提案以上の、より素晴らしい代案はあるかい?」
 
 ないない、とジークは、姿を隠したまま、首を横に振った。
 サイラスは、小さな子供とは違う。
 それなりに力を持っているのも面倒だった。
 あげく、せっかちときている。
 彼の気を引きたくて、己の力を振り回しているのだ。
 
 王太子が即位すればしたで、また厄介事を引き起こすのは目に見えていた。
 だとしても、彼の孫娘に「それは」関係ない。
 王太子が即位し、魔術師長になったサイラスは、大きな力を手に入れられる。
 そうなれば、彼の孫娘は必要なくなるのだ。
 サイラスは、彼にかまってほしいだけなのだから。
 
「……俺が王太子を辞すればよかろう」
「へえ。あの男から魔力を奪う気かね?」
「そうだ。そうすれば……」
「残念だが、それは無理だ」
 
 王太子が、ガタッとイスを揺らせて立ち上がる。
 王太子を辞める、というのは本気らしい。
 彼の恐ろしさは身に染みているはずなのに、食ってかかっていた。
 
「無理ではない! 父が、どう言おうとも、俺に即位の意思がなければ継がせることはできんのだ!」
「それでも、無理なのだよ」
「なぜだっ?! 即位を拒んだ王族は、いくらでもいるではないか!!」
 
 彼につかみかからんばかりの王太子を前にしても、彼は心のひとつも動かしていない。
 空気が凍りそうなほど冷たい目で、王太子を見ている。
 
「私は、できないとは言っていない。無理だと言っている」
 
 さすがに王太子も、何かを感じとったのだろう。
 口を閉じ、答えをせがむように、彼を凝視していた。
 
 王太子は、頭は悪くないようだが、馬鹿だなと、ジークは思う。
 聞かなければ、それが、聞きたくないことだと知ることもない。
 聞いてしまえば、知りたくなかったことを知ることになるのだ。
 が、王太子は何も言わずにいる。
 ひたすら彼からの「何か」を待っていた。
 
 きっと、心にナイフを入れられるような、あの感覚を、王太子は知らずにいる。
 ジークは知っていた。
 両親に捨てられたと悟った時に感じている。
 やけに切れ味のいい、なのに薄っぺたいナイフが、するりと心に刺しこまれるような、感覚。
 それは、とても冷たくて、冷た過ぎて、痛みにも気づかせてもらえない。
 
 ちっと、舌打ちしたくなった。
 ジークは、それを怖いと思う自分の弱さを知っている。
 恐れをいだく自分が嫌いだった。
 なのに、王太子は、それを怖いとも知らないのだ。
 彼が口を開く。
 
「第2王子は、国王の子ではない」
 
 言われた瞬間、事実と受け止めたのかもしれない。
 王太子は、無言のまま、イスに腰を落とした。
 ここに連れて来られて初めて、うなだれている。
 
 ジークは、その姿を、じっと見つめた。
 彼の言葉が、事実だとジークにはわかっている。
 前に聞いたことがあるからだ。
 
 彼には、血脈が見える。
 
 視線を合わせた者から、細い糸のようなものが流れているのだそうだ。
 それが枝分かれして、近くにいれば縁者までもがわかるという。
 煩わしいので見えないようにしたいができないのだと、言っていた。
 審議の場には王族がずらり。
 そこで誰と誰に血縁があるか知ったに違いない。
 逆に、誰と誰に血縁がないかも。

 実のところ、ジークは似た魔術を使える。
 とはいえ、相手にふれなければならず、はっきり見えるわけでもない。
 ふれた相手の血脈を自分の感覚として受け取れるだけだ。
 彼のほうは何もしなくても明確に見えるのだし、使う用がなかった。
 
「では……ザカリーは、誰の子だ……?」
「父親に聞きたまえ。私は知らない」
「……俺は、どうすれば良い……?」
「なぜ私に聞くのかね? きみが、考えるべきことだ」
 
 彼の言葉に、容赦はなかった。
 だが、ジークは、それを厳しいとは思わずにいる。
 
(さっき言ったろ? お前が諦めればいいだけサ)
 
 彼は、すでに「提案」した。
 同じことを、何度も言う必要はない。
 あとは王太子の決めることだ。
 むしろ、ジークにすれば、彼が王太子に強制しないことを不思議に思う。
 彼の孫娘を諦めて即位しろ、と彼は言っていない。
 対処方法を提案したに過ぎなかった。
 
「……王族の血を引いているのは、俺だけなのだな」
 
 ジークは、うんざりしている。
 また同じことを、王太子が繰り返しているからだ。
 王太子も、わかっているはずだった。
 問いを繰り返したって、答えは変わらない。
 
「どうすれば良いのかは……考える……だが……」
 
 王太子が顔を上げる。
 悲壮感が滲んでいた。
 
「俺は、俺の意思で決めたい。夢に操られるなど、許しがたいことだ」
「それで?」
「操られぬようにいたせ」
 
 また、しばし彼と王太子が睨み合う。
 彼の闇の深淵を覗ける者は、多くない。
 器も持たず魔力だだ漏れで、かなり間が抜けている。
 が、王太子は、どこまでも王族なのだ。
 彼を前に、一歩も退かないのだから。
 
「ジーク」
「あいよ」
 
 姿を現し、彼の隣に立つ。
 王太子は、それでも彼から視線を外さなかった。
 彼も、王太子と目を合わせたままでいる。
 へえ、と思った。
 王太子のほうが、サイラスより手強いかもしれない、と感じる。
 
「きみは、かなり夢見に侵されている。薬も飲んでいるしね」
 
 操られないようにしろ、との王太子の頼みを彼は受け入れていた。
 だから、ジークが呼ばれたのだ。
 
「痛みで死ぬかもしれない」
「かまわん。あのような夢に操られるくらいなら、俺は死を選ぶ」
 
 彼が見ていなくても、ジークは肩をすくめる。
 王太子の心という土壌に根を張った、夢の木を引っこ抜くのだ。
 相当な苦痛が伴うし、そのせいで本当に死ぬことも、ある。
 けれど、おそらく王太子は、生き延びるに違いない。
 
(嫌んなるなあ。こいつ、本当に、面倒くさいぜ)
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