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第2章 黒い風と金のいと
国王の真実 1
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サイラスは、王太子の寝室の扉を、何回か叩く。
昨夜と同じく、私室は素通りしていた。
薬が効いていれば、まだ眠っている可能性のほうが高かったからだ。
思った通り、中からの返事はない。
そっと扉を開け、寝室に入る。
王太子は、ベッドの中で目を伏せていた。
(私は、あなたの望みを叶え続けてきました。今回は、夢の中で、ではありますが、不満はないでしょう?)
現実には、ローエルハイドの孫娘は手に入らない。
それでも、夢では王太子の思うがままだ。
さりとて、夢見の術では、たいてい「思うがまま」以上のことになる。
願望は種に過ぎず、そこから派生するものは、多分に歪曲されるからだ。
そうでなければ、人の意思など変えられない。
サイラスが夢見の術を思い出したのは、大公がラペル公爵家の2人を手にかける写真を見た時だった。
人心を操るすべを、大公は持っているのではないか。
その思いが、サイラスに夢見の術を思い出させている。
正直、人の心を操る魔術には興味がなかった。
あえて魔術を使わなくても、人の心を操るなど、サイラスにとっては簡単なことだったからだ。
準備と備えさえしておけば、サイラスの作った道に沿って人は歩く。
最も身近な成功例が、王太子だった。
(大公様は、もっと確実な手を持っていらっしゃるのかもしれませんがね)
サイラスは、夢見の術くらいしか思いつけなかった自分を、少しだけ卑下する。
まだ、あの嶺には到達できていない。
とはいえ、王太子が即位するまでは、大きな力を手に入れることはできないのだから、しかたがないと思い直した。
今は「この程度」で、我慢すべきなのだ。
それに、夢見の術を試せたことは、悪くない成果だと言える。
制約が多い割に不確実過ぎて使えないと、切り捨てられた魔術だが、条件が整いさえすれば使えるとわかった。
その点、王太子は条件にぴたりと合致する。
信頼関係を構築できており、願いの種も持っていた。
(あとは……境を越えられたかどうか、でしょうね)
思いつつも、たいして心配はしていない。
不安要素があったのなら、王太子に術をかけたりはしなかっただろう。
しくじれば、大きな痛手になるのは自明の理。
下手をすると、命綱を失いかねないのだ。
が、サイラスは、王太子が疑念をいだくことなどない、と思っている。
彼は、この20年近く、サイラスの言葉を疑ったことが、1度もない。
ローエルハイドの孫娘が死にかけたのは、王太子のせい。
アンバス侯爵は叛逆を企てていた。
審議はラペル公爵家からの嘆願。
といったように、サイラスは王太子に、いくつもの嘘をついている。
そのどれもを、王太子は鵜呑みにしていた。
ひと欠片も疑ってはいない。
そう判断したからこそ、夢見の術を使ったのだ。
王太子に即位させるためには、レティシアを諦めさせるほかない。
時間をかければ夢見の術など必要なかっただろうが、そうもいかなかった、
すでに、大公に自分の存在を認識されている。
いつ殺されるかわからない、という状況なのだ。
王太子はともかく、サイラスは身の危険を感じている。
これ以上、事を波立たせなければ危険を回避できるかもしれない、などとは思わない。
1度、視界に入ったら、お終い。
大公の視界に入る、すなわち死を意味する。
ただし、サイラスにとって、それは喜ばしいことだった。
長きに渡り潜んできた間、大公には無視され続けている。
ようやく視界に入れたのだ。
(大公様に私を意識させるのに、ことのほか時間がかかりましたからねぇ。ここから先は、早く時を進ませなければ、間に合わなくなってしまうのですよ)
したくもない努力をし続け、準備と備えのために時間を使ってきた。
もう「待った」はできない。
この機を逃すわけにはいかないのだ。
だから、王太子を、さっさと即位させる必要がある。
力なくしては、大公と互角にやりあえない。
大公の視界から、ただ弾き出されるだけになる。
そもそも彼の視界には「たった1人の愛する者」しかいないのだから。
「…………サイラス……?」
王太子が、じわっと目を開く。
サイラスは、それを確認してから跪いた。
「昨夜はゆっくりと、お休みになれましたでしょうか?」
王太子は体を起こし、サイラスのほうへと顔を向ける。
少し顔色が良くなっていた。
昨夜の切迫した様子は見受けられない。
夢見の術がかかり切ったのか、否か。
判断するために、サイラスは王太子に微笑みかけた。
「ああ。昨夜は、よく眠れた。夢は……見なかった」
「それは、なによりです、殿下」
王太子の目に疑いの色はない、と感じる。
いつものように、サイラスを信じている瞳だ。
(百人に1人の逸材、というわけですね)
自分の選んだ道に間違いはなかったと確信する。
もちろん、うまくかからなかった際の手立ては用意していた。
アンバス侯爵やラペル公爵と同じことだ。
王宮は、けして綺麗な場所ではない。
それを、王太子には幼い頃からわからせてきた。
罪を被せる相手は、いくらでもいる。
「サイラス、俺は父上に会おうと思う」
はっきりとした口調に、サイラスはうなずいた。
それでも、術がかかりきったことの「裏付け」は必要だ。
少し心配だといった表情を作る。
「国王陛下とは、しばらくお会いになっておられませんが」
審議の席のように顔を会わせることはある。
王太子は、外交の場に同席もしていた。
が、2人で会ったり、話したりすることはない。
最後に話したのは、サイラスの記憶する限り、3歳の頃。
王太子が病気になる前であり、第2王子が生まれる前のことになる。
王太子の記憶には残っていないはずだ。
「だが、会わねばならん」
「よろしければ、理由をうかがっても?」
昨日までにはなかった王太子としての光が、目に戻っていた。
恋に現を抜かしていた時とは違う。
「即位について、話すつもりだ」
ぴくりと、サイラスの眉が動いた。
心に満足感が広がる。
さりとて、喜んでみせることはできない。
あくまでも慎重に事を運ぶ必要があった。
王太子の右手を、両手で握る。
そして、申し訳ないといった様子で言った。
「ですが、殿下……よろしいのですか? まだ、あの娘を手に入れる算段がついておりません」
王太子が、ふっと笑った。
夢にうなされていたとは思えないくらいに、清々しい笑みを浮かべている。
「かまわん」
ひと言の元に、あっさりと王太子は、そう言い切った。
それから、少し自嘲するかのように、肩をすくめる。
「俺は、こだわり過ぎていたようだ」
今度こそ、本当に「裏」が取れた。
王太子は夢見の術に、完全に嵌ったのだ。
レティシアのことを手に入れたと思いこんでいる。
そのため、こだわる必要がなくなったのだろう。
恋という熱からも冷めたらしい。
「かしこまりました。殿下がそう仰るのなら、私に異論はございません」
「手間をかけさせたな、サイラス」
「いいえ。私のほうこそ、お力になり切れず……申し訳なく思います」
「そのようなことはない。お前は、よく尽くしてくれた」
王太子の右手を握ったサイラスの手を、反対の手で王太子が、軽く叩く。
サイラスは、困ったように、笑ってみせた。
「殿下の望みが、私の望みですから」
サイラスは思っている。
本当には。
自分の願いが、王太子の願いなのだ。
そこから外れることは許さない。
それこそ、なんのために「尽くして」きたのか、わからなくなる。
「では、国王陛下に謁見の申し入れをいたします」
「段取りは、お前に任せる」
そう、これが自分と王太子の役割分担。
考えるのは、王太子の役割ではないのだ。
昨夜と同じく、私室は素通りしていた。
薬が効いていれば、まだ眠っている可能性のほうが高かったからだ。
思った通り、中からの返事はない。
そっと扉を開け、寝室に入る。
王太子は、ベッドの中で目を伏せていた。
(私は、あなたの望みを叶え続けてきました。今回は、夢の中で、ではありますが、不満はないでしょう?)
現実には、ローエルハイドの孫娘は手に入らない。
それでも、夢では王太子の思うがままだ。
さりとて、夢見の術では、たいてい「思うがまま」以上のことになる。
願望は種に過ぎず、そこから派生するものは、多分に歪曲されるからだ。
そうでなければ、人の意思など変えられない。
サイラスが夢見の術を思い出したのは、大公がラペル公爵家の2人を手にかける写真を見た時だった。
人心を操るすべを、大公は持っているのではないか。
その思いが、サイラスに夢見の術を思い出させている。
正直、人の心を操る魔術には興味がなかった。
あえて魔術を使わなくても、人の心を操るなど、サイラスにとっては簡単なことだったからだ。
準備と備えさえしておけば、サイラスの作った道に沿って人は歩く。
最も身近な成功例が、王太子だった。
(大公様は、もっと確実な手を持っていらっしゃるのかもしれませんがね)
サイラスは、夢見の術くらいしか思いつけなかった自分を、少しだけ卑下する。
まだ、あの嶺には到達できていない。
とはいえ、王太子が即位するまでは、大きな力を手に入れることはできないのだから、しかたがないと思い直した。
今は「この程度」で、我慢すべきなのだ。
それに、夢見の術を試せたことは、悪くない成果だと言える。
制約が多い割に不確実過ぎて使えないと、切り捨てられた魔術だが、条件が整いさえすれば使えるとわかった。
その点、王太子は条件にぴたりと合致する。
信頼関係を構築できており、願いの種も持っていた。
(あとは……境を越えられたかどうか、でしょうね)
思いつつも、たいして心配はしていない。
不安要素があったのなら、王太子に術をかけたりはしなかっただろう。
しくじれば、大きな痛手になるのは自明の理。
下手をすると、命綱を失いかねないのだ。
が、サイラスは、王太子が疑念をいだくことなどない、と思っている。
彼は、この20年近く、サイラスの言葉を疑ったことが、1度もない。
ローエルハイドの孫娘が死にかけたのは、王太子のせい。
アンバス侯爵は叛逆を企てていた。
審議はラペル公爵家からの嘆願。
といったように、サイラスは王太子に、いくつもの嘘をついている。
そのどれもを、王太子は鵜呑みにしていた。
ひと欠片も疑ってはいない。
そう判断したからこそ、夢見の術を使ったのだ。
王太子に即位させるためには、レティシアを諦めさせるほかない。
時間をかければ夢見の術など必要なかっただろうが、そうもいかなかった、
すでに、大公に自分の存在を認識されている。
いつ殺されるかわからない、という状況なのだ。
王太子はともかく、サイラスは身の危険を感じている。
これ以上、事を波立たせなければ危険を回避できるかもしれない、などとは思わない。
1度、視界に入ったら、お終い。
大公の視界に入る、すなわち死を意味する。
ただし、サイラスにとって、それは喜ばしいことだった。
長きに渡り潜んできた間、大公には無視され続けている。
ようやく視界に入れたのだ。
(大公様に私を意識させるのに、ことのほか時間がかかりましたからねぇ。ここから先は、早く時を進ませなければ、間に合わなくなってしまうのですよ)
したくもない努力をし続け、準備と備えのために時間を使ってきた。
もう「待った」はできない。
この機を逃すわけにはいかないのだ。
だから、王太子を、さっさと即位させる必要がある。
力なくしては、大公と互角にやりあえない。
大公の視界から、ただ弾き出されるだけになる。
そもそも彼の視界には「たった1人の愛する者」しかいないのだから。
「…………サイラス……?」
王太子が、じわっと目を開く。
サイラスは、それを確認してから跪いた。
「昨夜はゆっくりと、お休みになれましたでしょうか?」
王太子は体を起こし、サイラスのほうへと顔を向ける。
少し顔色が良くなっていた。
昨夜の切迫した様子は見受けられない。
夢見の術がかかり切ったのか、否か。
判断するために、サイラスは王太子に微笑みかけた。
「ああ。昨夜は、よく眠れた。夢は……見なかった」
「それは、なによりです、殿下」
王太子の目に疑いの色はない、と感じる。
いつものように、サイラスを信じている瞳だ。
(百人に1人の逸材、というわけですね)
自分の選んだ道に間違いはなかったと確信する。
もちろん、うまくかからなかった際の手立ては用意していた。
アンバス侯爵やラペル公爵と同じことだ。
王宮は、けして綺麗な場所ではない。
それを、王太子には幼い頃からわからせてきた。
罪を被せる相手は、いくらでもいる。
「サイラス、俺は父上に会おうと思う」
はっきりとした口調に、サイラスはうなずいた。
それでも、術がかかりきったことの「裏付け」は必要だ。
少し心配だといった表情を作る。
「国王陛下とは、しばらくお会いになっておられませんが」
審議の席のように顔を会わせることはある。
王太子は、外交の場に同席もしていた。
が、2人で会ったり、話したりすることはない。
最後に話したのは、サイラスの記憶する限り、3歳の頃。
王太子が病気になる前であり、第2王子が生まれる前のことになる。
王太子の記憶には残っていないはずだ。
「だが、会わねばならん」
「よろしければ、理由をうかがっても?」
昨日までにはなかった王太子としての光が、目に戻っていた。
恋に現を抜かしていた時とは違う。
「即位について、話すつもりだ」
ぴくりと、サイラスの眉が動いた。
心に満足感が広がる。
さりとて、喜んでみせることはできない。
あくまでも慎重に事を運ぶ必要があった。
王太子の右手を、両手で握る。
そして、申し訳ないといった様子で言った。
「ですが、殿下……よろしいのですか? まだ、あの娘を手に入れる算段がついておりません」
王太子が、ふっと笑った。
夢にうなされていたとは思えないくらいに、清々しい笑みを浮かべている。
「かまわん」
ひと言の元に、あっさりと王太子は、そう言い切った。
それから、少し自嘲するかのように、肩をすくめる。
「俺は、こだわり過ぎていたようだ」
今度こそ、本当に「裏」が取れた。
王太子は夢見の術に、完全に嵌ったのだ。
レティシアのことを手に入れたと思いこんでいる。
そのため、こだわる必要がなくなったのだろう。
恋という熱からも冷めたらしい。
「かしこまりました。殿下がそう仰るのなら、私に異論はございません」
「手間をかけさせたな、サイラス」
「いいえ。私のほうこそ、お力になり切れず……申し訳なく思います」
「そのようなことはない。お前は、よく尽くしてくれた」
王太子の右手を握ったサイラスの手を、反対の手で王太子が、軽く叩く。
サイラスは、困ったように、笑ってみせた。
「殿下の望みが、私の望みですから」
サイラスは思っている。
本当には。
自分の願いが、王太子の願いなのだ。
そこから外れることは許さない。
それこそ、なんのために「尽くして」きたのか、わからなくなる。
「では、国王陛下に謁見の申し入れをいたします」
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