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第2章 黒い風と金のいと
国王の真実 3
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ユージーンは、国王との謁見のため、控えの間に来ている。
父親とはいえ、国王と謁見するのは、それほど簡単なことではない。
サイラスに段取りを頼んで十日。
これでも、かなり早い日取りだと言える。
本来なら、ひと月ふた月、待たされるのは、あたり前なのだ。
(しかし……さすがは大公だ。あれから、まったく夢を見ぬようになった)
公爵家の屋敷から帰ったあと、本当にユージーンは眠りについている。
もし、まだ夢を見るようなことがあれば、大公に文句を言おう、と思っていた。
なにせ、あれほど痛い思いをしたのだから。
が、やはり大公の力は本物だった。
まったく夢を見ることがない。
その上、なにかよく眠れる。
気分の問題なのか、大公のおかげなのかはともかく、熟睡はできていた。
おかげで、気持ちが楽になっている。
大公に言われたことも、いろいろと考えた。
サイラスに、早々に謁見の段取りを依頼したのは、どうせ時間がかかるとわかっていたからだ。
その時間を使い、ユージーンは己の頭を使い、思考錯誤。
今後の自分の身の振りかたについて、あれこれと悩んでいる。
(俺は、今まで、悩むことすらしていなかった。望みはサイラスが叶えてくれるものとして、心配などする必要がなかったからな)
しかし、自分で考えてみて、初めて気づいた。
したいことと、できることは違う。
そして、できることと、すべきことは違うのだ。
ユージーンは王太子であり、真面目で努力家でもある。
知識と教養は身についていたし、できることは多かった。
とはいえ、できるからといって、してもいいことにはならない。
中には、すべきではないこともある。
(大公は感情を隠すのが上手い。まだ、俺は、あの域に達してはおらぬが、あそこまでになることもあるまい)
大公との会話を思い出す。
湖では圧倒されていただけだったが、あの夜は違った。
話すことで、ユージーンは多くのことを学んでいる。
大公は、独特の話しかたをしていた。
相手の言葉を刈り取らず、明白な肯定も否定もしない。
嘘はつかないが、かと言って、本当のことも話さないのだ。
必要以上の情報を与えず、相手の勝手に任せている。
思い返せば、審議の際もそうだった。
大公は、けしてはぐらかしたり、嘘をついたりはしていない。
答えるべきことには答えている。
にもかかわらず、答えているといった感じが、まるでしなかった。
要するに、嘘があると、どこかで「自分」が破綻する、ということなのだろう。
ユージーンは、そう理解している。
必要があれば平気で嘘もついてきた。
が、辻褄を合わせ、矛盾が起きないようにするのは、わりと手間なのだ。
いつまでも、その嘘を覚えていなければならないし。
(嘘をつかぬほうが楽でよい。後々の面倒を考えずにすむ)
もとよりユージーンには、素養があった。
嘘については苦手とも嫌いとも、悪いことだとも思っていない。
さりとて、ユージーンは王太子で、あまり嘘をつく必要がなかったのだ。
むしろ、なぜ王太子の自分が、嘘をついてやらなければならないのか、と不愉快になるほどだった。
たいていは、サイラスからユージーンの「利」になるのだと諭され、嘘をついていたに過ぎない。
そうでもなければ、手間をかけてまで嘘をつく必要性を感じない。
考えると、大公のやりかたは、ユージーンの性に合っている。
サイラスとの会話の中、ユージーンは、大公の真似をした。
嘘はついていないので、罪悪感もいだかずにいる。
罪悪感がなければ、感情に迷いは生じない。
(サイラスは、ずっと俺に嘘をついておったのだな。正直に話してくれておればよかったものを……)
そうすれば、結果は違ったはずだ。
夢見の術など使う必要はなかった。
ユージーンは、サイラスに大きな恩義を感じている。
少し頭を下げられただけでも、居心地が悪いくらいだった。
もしサイラスが「頼む」と言っていれば、別の道を考えたかもしれない。
しかし、今となっては、目の前の道は1本道。
引き返す道はなくなっている。
ユージーンは真面目で、わからないことをわからないままにしておけない。
なのに、ずっと大きなハテナを放置してきた。
そのことを、我ながら不思議に思っている。
「王太子殿下、国王陛下がおいでになられます。こちらへ」
控えの間に、国王付の侍従が入ってきて、ユージーンを促した。
開かれた扉を抜け、謁見の間に入る。
後ろで扉が閉められた。
だだっ広い室内には、ユージーン、ただ1人。
正面の上段に、玉座が据えられている。
正妃選びの儀の広間と似た造りだ。
ただ、あちらとは違い、今しがた入ってきた扉から玉座まで、赤絨毯が敷かれていた。
正妃選びの儀の広間は王太子が使用する。
正妃候補を横並びにし、よく見定められるようにとだけ考えられていた。
そのため、王太子は基本的に座したまま、階段を降りることはないのだ。
レティシアが例外中の例外だった、と言える。
思い出して、少し口元を緩めた時だった。
玉座の脇にある仕切りカーテンが揺れる。
そこから国王である父が姿を現した。
本来、たとえ息子といえど、跪いて国王からの言葉を待たなければならない。
目下の者から声をかけることは許されないからだ。
けれど、ユージーンは跪かずにいる。
顔を上げ、玉座を見上げていた。
「父上、人ばらいを、お願いいたします」
いきなり、そう声をかける。
父の隣には、魔術師長のジェスロが立っていた。
ほかに人はいないのだから、人ばらいとは、あからさまにジェスロを指す。
「しかし…………わかった。ジェスロ」
「かしこまりました」
ジェスロが頭を下げ、すんなりと下がった。
サイラスなら、あんなふうに簡単に引き下がりはしないだろう。
サイラスの意図がどうあれ、自分を守ろうとしたに違いないのだ。
2人きりになったとたん、王位を簒奪しようと企てるかもしれないのだから。
「ジェスロが塞間をかけておる。ここでの会話を、見聞きされる恐れはない」
先ほどの呼びかけには、そういう意味もあったのか、と思った。
まるで大公とジークのようだ。
言葉少なでも、お互い通じている。
自分がサイラスの嘘にもっと早く気づいていれば、とユージーンは悔やんだ。
サイラスとの関係を、より良いものにできていたかもしれないとの後悔だった。
「時間も限られているので、あえて言葉を飾らずに申し上げる」
ユージーンの視線は、父にのみ向けられている。
返事が欲しいというより、答えが欲しかった。
「父上は、私のことがお嫌いか?」
父の目が見開かれる。
感情が、その瞳の中で揺れていた。
図星を突かれて驚いたという様子ではない。
想像すらしていなかった言葉に驚いた、といった印象を受ける。
「私は、父上を、あまり好きではない。だが、父上はいかがか。私のことを、嫌っておいでか?」
重ねて問うと、国王が何度か瞬きをした。
それから、立ち上がり、階段を降りてくる。
目の前に立つ父は、ユージーンより少しだけ背が低い。
向き合うと、わずかに目線が下がった。
「お前が余を嫌っておろうと、余にとって、お前は大事な息子だ。妃との間の、たった1人の子でもある。嫌っておるはずがなかろう」
視線は逸らされない。
父の瞳に、偽らざる心を見る。
ただ、だからといって、20年近く、ユージーンのかかえてきた蟠りが解けるわけではなかった。
言葉だけで穴埋めができるほど、感情というのは軽くないのだ。
「では、なぜ病である私を、見舞おうともなさらなかった? 今まで、父上から私を呼ぶことが1度もなかったのは?」
「そうするしかなかったのだ」
世間知らずではあったが、ユージーンは馬鹿ではない。
父と心が通じているなどとは思わないものの、理解はする。
「どのような契約をなさったか、お話ください。私には、知る権利がある」
おそらく父は、サイラスと「特別な」契約をしたのだ。
当時、サイラスは下級魔術師だった。
上級魔術師の中でも、ひと握りの者しか、王太子のお侍付にはなれない。
それを飛び越えて、サイラスは副魔術師長となっている。
物心ついた時には、すでにサイラスはユージーンの最も近くにいた。
だから、どうやってサイラスが副魔術師長になったのか、考えたこともなかったけれど。
父が、目を伏せ、ユージーンに真実を告げる。
「お前を助けると……見返りは、副魔術師長の地位と、お前の王位継承であった」
父親とはいえ、国王と謁見するのは、それほど簡単なことではない。
サイラスに段取りを頼んで十日。
これでも、かなり早い日取りだと言える。
本来なら、ひと月ふた月、待たされるのは、あたり前なのだ。
(しかし……さすがは大公だ。あれから、まったく夢を見ぬようになった)
公爵家の屋敷から帰ったあと、本当にユージーンは眠りについている。
もし、まだ夢を見るようなことがあれば、大公に文句を言おう、と思っていた。
なにせ、あれほど痛い思いをしたのだから。
が、やはり大公の力は本物だった。
まったく夢を見ることがない。
その上、なにかよく眠れる。
気分の問題なのか、大公のおかげなのかはともかく、熟睡はできていた。
おかげで、気持ちが楽になっている。
大公に言われたことも、いろいろと考えた。
サイラスに、早々に謁見の段取りを依頼したのは、どうせ時間がかかるとわかっていたからだ。
その時間を使い、ユージーンは己の頭を使い、思考錯誤。
今後の自分の身の振りかたについて、あれこれと悩んでいる。
(俺は、今まで、悩むことすらしていなかった。望みはサイラスが叶えてくれるものとして、心配などする必要がなかったからな)
しかし、自分で考えてみて、初めて気づいた。
したいことと、できることは違う。
そして、できることと、すべきことは違うのだ。
ユージーンは王太子であり、真面目で努力家でもある。
知識と教養は身についていたし、できることは多かった。
とはいえ、できるからといって、してもいいことにはならない。
中には、すべきではないこともある。
(大公は感情を隠すのが上手い。まだ、俺は、あの域に達してはおらぬが、あそこまでになることもあるまい)
大公との会話を思い出す。
湖では圧倒されていただけだったが、あの夜は違った。
話すことで、ユージーンは多くのことを学んでいる。
大公は、独特の話しかたをしていた。
相手の言葉を刈り取らず、明白な肯定も否定もしない。
嘘はつかないが、かと言って、本当のことも話さないのだ。
必要以上の情報を与えず、相手の勝手に任せている。
思い返せば、審議の際もそうだった。
大公は、けしてはぐらかしたり、嘘をついたりはしていない。
答えるべきことには答えている。
にもかかわらず、答えているといった感じが、まるでしなかった。
要するに、嘘があると、どこかで「自分」が破綻する、ということなのだろう。
ユージーンは、そう理解している。
必要があれば平気で嘘もついてきた。
が、辻褄を合わせ、矛盾が起きないようにするのは、わりと手間なのだ。
いつまでも、その嘘を覚えていなければならないし。
(嘘をつかぬほうが楽でよい。後々の面倒を考えずにすむ)
もとよりユージーンには、素養があった。
嘘については苦手とも嫌いとも、悪いことだとも思っていない。
さりとて、ユージーンは王太子で、あまり嘘をつく必要がなかったのだ。
むしろ、なぜ王太子の自分が、嘘をついてやらなければならないのか、と不愉快になるほどだった。
たいていは、サイラスからユージーンの「利」になるのだと諭され、嘘をついていたに過ぎない。
そうでもなければ、手間をかけてまで嘘をつく必要性を感じない。
考えると、大公のやりかたは、ユージーンの性に合っている。
サイラスとの会話の中、ユージーンは、大公の真似をした。
嘘はついていないので、罪悪感もいだかずにいる。
罪悪感がなければ、感情に迷いは生じない。
(サイラスは、ずっと俺に嘘をついておったのだな。正直に話してくれておればよかったものを……)
そうすれば、結果は違ったはずだ。
夢見の術など使う必要はなかった。
ユージーンは、サイラスに大きな恩義を感じている。
少し頭を下げられただけでも、居心地が悪いくらいだった。
もしサイラスが「頼む」と言っていれば、別の道を考えたかもしれない。
しかし、今となっては、目の前の道は1本道。
引き返す道はなくなっている。
ユージーンは真面目で、わからないことをわからないままにしておけない。
なのに、ずっと大きなハテナを放置してきた。
そのことを、我ながら不思議に思っている。
「王太子殿下、国王陛下がおいでになられます。こちらへ」
控えの間に、国王付の侍従が入ってきて、ユージーンを促した。
開かれた扉を抜け、謁見の間に入る。
後ろで扉が閉められた。
だだっ広い室内には、ユージーン、ただ1人。
正面の上段に、玉座が据えられている。
正妃選びの儀の広間と似た造りだ。
ただ、あちらとは違い、今しがた入ってきた扉から玉座まで、赤絨毯が敷かれていた。
正妃選びの儀の広間は王太子が使用する。
正妃候補を横並びにし、よく見定められるようにとだけ考えられていた。
そのため、王太子は基本的に座したまま、階段を降りることはないのだ。
レティシアが例外中の例外だった、と言える。
思い出して、少し口元を緩めた時だった。
玉座の脇にある仕切りカーテンが揺れる。
そこから国王である父が姿を現した。
本来、たとえ息子といえど、跪いて国王からの言葉を待たなければならない。
目下の者から声をかけることは許されないからだ。
けれど、ユージーンは跪かずにいる。
顔を上げ、玉座を見上げていた。
「父上、人ばらいを、お願いいたします」
いきなり、そう声をかける。
父の隣には、魔術師長のジェスロが立っていた。
ほかに人はいないのだから、人ばらいとは、あからさまにジェスロを指す。
「しかし…………わかった。ジェスロ」
「かしこまりました」
ジェスロが頭を下げ、すんなりと下がった。
サイラスなら、あんなふうに簡単に引き下がりはしないだろう。
サイラスの意図がどうあれ、自分を守ろうとしたに違いないのだ。
2人きりになったとたん、王位を簒奪しようと企てるかもしれないのだから。
「ジェスロが塞間をかけておる。ここでの会話を、見聞きされる恐れはない」
先ほどの呼びかけには、そういう意味もあったのか、と思った。
まるで大公とジークのようだ。
言葉少なでも、お互い通じている。
自分がサイラスの嘘にもっと早く気づいていれば、とユージーンは悔やんだ。
サイラスとの関係を、より良いものにできていたかもしれないとの後悔だった。
「時間も限られているので、あえて言葉を飾らずに申し上げる」
ユージーンの視線は、父にのみ向けられている。
返事が欲しいというより、答えが欲しかった。
「父上は、私のことがお嫌いか?」
父の目が見開かれる。
感情が、その瞳の中で揺れていた。
図星を突かれて驚いたという様子ではない。
想像すらしていなかった言葉に驚いた、といった印象を受ける。
「私は、父上を、あまり好きではない。だが、父上はいかがか。私のことを、嫌っておいでか?」
重ねて問うと、国王が何度か瞬きをした。
それから、立ち上がり、階段を降りてくる。
目の前に立つ父は、ユージーンより少しだけ背が低い。
向き合うと、わずかに目線が下がった。
「お前が余を嫌っておろうと、余にとって、お前は大事な息子だ。妃との間の、たった1人の子でもある。嫌っておるはずがなかろう」
視線は逸らされない。
父の瞳に、偽らざる心を見る。
ただ、だからといって、20年近く、ユージーンのかかえてきた蟠りが解けるわけではなかった。
言葉だけで穴埋めができるほど、感情というのは軽くないのだ。
「では、なぜ病である私を、見舞おうともなさらなかった? 今まで、父上から私を呼ぶことが1度もなかったのは?」
「そうするしかなかったのだ」
世間知らずではあったが、ユージーンは馬鹿ではない。
父と心が通じているなどとは思わないものの、理解はする。
「どのような契約をなさったか、お話ください。私には、知る権利がある」
おそらく父は、サイラスと「特別な」契約をしたのだ。
当時、サイラスは下級魔術師だった。
上級魔術師の中でも、ひと握りの者しか、王太子のお侍付にはなれない。
それを飛び越えて、サイラスは副魔術師長となっている。
物心ついた時には、すでにサイラスはユージーンの最も近くにいた。
だから、どうやってサイラスが副魔術師長になったのか、考えたこともなかったけれど。
父が、目を伏せ、ユージーンに真実を告げる。
「お前を助けると……見返りは、副魔術師長の地位と、お前の王位継承であった」
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