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第2章 黒い風と金のいと
国王の真実 4
しおりを挟む「父上」
「なんだい、ザック」
彼の息子、アイザック・ローエルハイドは、父であるジョシュア・ローエルハドを、じとりと睨んでいる。
息子から呼ばれ、王宮の別宅まで、彼は足を運んでいた。
転移してきたので、実際には、足を運んではいないけれども。
「私に隠していることがあるでしょう?」
「いくらでもあるさ。昨日の夕食のメニューだって、きみには話していないよ」
ザックが顔を、ムっとしかめる。
2人はザックの書斎にいて、1人掛けのソファに、それぞれ座っていた。
義理の娘、フラニーはお茶を置いて、すぐに退室している。
彼女の視線に「お義父様、お手柔らかに」との意味を、彼は感じた。
(いつも手加減はしているつもりなのだがねえ。大人の男性となると、匙加減が、どうも辛口に寄ってしまうようだ)
さりとて、彼の妻の遺してくれた大事な息子だ。
目に余ると感じた時以外、叱ったことはなかった。
たとえば、彼の孫娘、ザックにとっての娘にまで呆れられている、とか。
さすがに、あれを見過ごしにするのは、ザックのためにならない。
「父上……」
じとり…が、じとじと…に、変わる。
彼は、肘置きに乗せていた両腕を、軽く持ち上げてから、再び肘置きの上に、ぽんっと音を立てて放り投げた。
「ああ、わかったよ。軽口はなしだ。それで? 聞きたいことがあるのなら、聞けばいいじゃあないか、ザック」
「包み隠さず話して頂けますか?」
「だいたいはね」
ムス~っとした不機嫌そうな顔は、幼い頃の拗ねた表情と変わらない。
おおむねザックは聞きわけが良かったが、年に数回は拗ねる。
貴族学校の催しに彼も参加した時とか。
女性の口説きかたを教えなかった時とか。
「王太子が、国王陛下との謁見の申し入れをしておりました」
「ザック、伝えるのなら、正確に伝えるべきではないかな? 私を試す必要はないだろう?」
「……わかりました。実際に、申し入れをしていたのは、サイラスです」
「そうだろうとも」
不機嫌そうなザックに、彼は陽気に笑ってみせた。
すると、ザックが、溜め息をつきながら、肩を落とす。
「やはり、ご存知だったのですね」
「まさか。きみから聞いて、今、知ったのさ」
ザックには、王太子との「面会」について話してはいない。
無駄に血の巡りを良くする必要はない、と判断したからだ。
夢の話を知れば、今度こそ「粉微塵」を要求される。
できれば、息子の頼みは聞いてやりたいのだけれども。
(レティが望まないことはしたくないのでね)
彼の言葉に疑念を持っているかはともかく、ザックが身を乗り出してきた。
気持ちをすでに切り替えているに違いない。
拗ねたような表情も消えている。
「では、父上は、どう思われます?」
「そうだねえ。王太子は陛下に、20年近くも会っていなかったのだろう?」
「そうなのですよ。それが、突然の謁見です。正妃もまだ決まっていないというのに、奇妙ではありませんか」
ザックが思うことにも一理あった。
周囲も少なからず、似た疑問をいだいているのだろう。
ザックは、王宮勤めだし、宰相という立場だ。
周りの空気感を察せられないほど鈍くもない。
「即位、の話ではないかな」
「なぜ、そう思われます?」
「サイラスが邪魔をしていないからさ」
あ…と、ザックが腑に落ちた顔をする。
即位の話でもなければ、サイラスが、王太子を国王に近づけさせるはずがない。
国王の口から、どんな暴露話が出るか、わからないのだ。
聞かれなければ国王も話しはしないだろうが、サイラスは用心深いので。
「きみは、サイラスに関心があったようだが」
彼は、サイラスに関心がない。
レティシアに絡むことがなければ、永遠に無視し続けていた。
そのため、サイラスの性格は把握していても、ほかのことは知らずにいる。
どこでどんなふうに生まれ、どうして王宮魔術師になったのかなど。
今も、たいして興味はないのだが、少しだけ知りたいことがある。
「サイラスが王宮に属したのは、私が王宮を辞したあとなのでね。事情が、よくわからないのだよ」
「下級魔術師だったサイラスが、副魔術師長に任命された理由ですね」
おおよそ見当はついていた。
が、表と裏が違うのが、王宮というところなのだ。
「当時、まだ王太子は幼く、副魔術師長の地位は空席でした」
副魔術師長は、王太子の最側近との立場になる。
だが、王太子が5歳を迎えるまで、その地位は空席ともされていた。
子供の生存率が高くないため、王族の子であっても、5歳を迎えるまでは、正式どころか「正当」な王太子とは認められないのだ。
「3歳の頃、王太子が病で命を落としかけたことがあるのは、ご存知ですよね」
彼は、ついっと眉を上げる。
聞いたことはあったが、興味はなかった。
王宮とは距離を置いておきたかったし、当時はザックを育てることしか考えていなかったからだ。
グレイが執事としてやってきた頃でもあり、屋敷での生活は安定していた。
必要もないのに、王宮事情に精通する気にならないのは当然だった。
「サイラスが彼の乳母に抜擢されたのは、嫌でも耳に入ってきていたが。なるほどね。王太子の命を救ったのがサイラスなわけだ」
「その通りです。その魔術師としての腕を買われ……」
彼の表情に気づいたのか、ザックが言葉を止める。
彼は、酷薄な表情を浮かべていた。
とはいえ、ザックは息子だ。
彼の、こうした表情にも慣れている。
言葉を止めたのは、彼が別の結論を出していると気づいたからだろう。
「ほかに、理由が?」
「ザック、サイラスは、とても神経質で芸の細かい男なのだよ」
親子の会話とも思えないほど、彼の口調は冷たかった。
ザックもザックで、彼の声音を、まるきり気にせずにいる。
「父上……奴は国王と約束をしたのですね」
「惜しいな。きみは、優しい子だ」
彼の口調が、唐突に変わった。
やわらかく穏やかなものになっている。
ザックは、エリザベートの血を濃く引き継いでいた。
髪や目の色だけではなく、性格もどちらかとえば妻似だ。
だからこそ、彼は安心したのだけれども。
(ザックには、ちゃんと人の心がある。感情に振り回されるところはあるが、そこは、ご愛嬌というところかな)
「それほど嫌っているのに、サイラスを認めているのだろう」
「……魔術の腕、という意味に過ぎませんよ、父上」
また、少し拗ねたような顔をして、ザックが口をとがらせる。
大人の男性として少し厳しくすると、しょんぼりするのに、子供扱いされるのも気に食わないらしい。
彼は、小さく笑った。
(私に育てられた割には、ずいぶんとまともじゃないか、ザック)
実は、ザックに「言っていない」ことがある。
ザックが人としてまともだからこそ、言わずにいた。
私戦が、いち段落して息子夫婦が屋敷に帰ってきた際に気づいたことがある。
息子の妻、フラニーに魔術痕が見られたのだ。
実際に目に見えるものではない。
すでに魔術そのものは解けているようだったが、予想はついた。
己の命を繋ぐため、サイラスは彼女に「梱魄」をかけていたのだろう。
ザックが知ったら激昂どころではない。
それこそ、間違いなくサイラスを殺しに行っている。
だから、話さなかったのだ。
(そういうことは、私に任せておきなさい、息子よ)
胸の裡でだけ、小さなザックを思い描き、その頭を撫でる。
彼は、心の秤を持たないが、誰のことも大事にしない、ということではない。
大事にはしているのだ、彼なりに。
「サイラスは魔術の腕などという不確かなものに、自分を賭けたりはしない。さっきも言ったがね。あれは、神経質で芸の細かい男だ」
ザックに、肩をすくめてみせる。
王宮では、常に足の引っ張り合いが横行していた。
近衛騎士の間でも魔術師の間でも、代わり映えはしない。
そんな中、あのサイラスが、口約束など信じたはずがないのだ。
想像ではなく、確信を持って、彼は言った。
「契約で、縛ったのさ」
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