理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
156 / 304
第2章 黒い風と金のいと

国王の真実 4

しおりを挟む
 
「父上」
「なんだい、ザック」
 
 彼の息子、アイザック・ローエルハイドは、父であるジョシュア・ローエルハドを、じとりと睨んでいる。
 息子から呼ばれ、王宮の別宅まで、彼は足を運んでいた。
 転移してきたので、実際には、足を運んではいないけれども。
 
「私に隠していることがあるでしょう?」
「いくらでもあるさ。昨日の夕食のメニューだって、きみには話していないよ」
 
 ザックが顔を、ムっとしかめる。
 2人はザックの書斎にいて、1人掛けのソファに、それぞれ座っていた。
 義理の娘、フラニーはお茶を置いて、すぐに退室している。
 彼女の視線に「お義父様、お手柔らかに」との意味を、彼は感じた。
 
(いつも手加減はしているつもりなのだがねえ。大人の男性となると、匙加減が、どうも辛口に寄ってしまうようだ)
 
 さりとて、彼の妻の遺してくれた大事な息子だ。
 目に余ると感じた時以外、叱ったことはなかった。
 たとえば、彼の孫娘、ザックにとっての娘にまで呆れられている、とか。
 さすがに、あれを見過ごしにするのは、ザックのためにならない。
 
「父上……」
 
 じとり…が、じとじと…に、変わる。
 彼は、肘置きに乗せていた両腕を、軽く持ち上げてから、再び肘置きの上に、ぽんっと音を立てて放り投げた。
 
「ああ、わかったよ。軽口はなしだ。それで? 聞きたいことがあるのなら、聞けばいいじゃあないか、ザック」
「包み隠さず話して頂けますか?」
「だいたいはね」
 
 ムス~っとした不機嫌そうな顔は、幼い頃の拗ねた表情と変わらない。
 おおむねザックは聞きわけが良かったが、年に数回は拗ねる。
 貴族学校の催しに彼も参加した時とか。
 女性の口説きかたを教えなかった時とか。
 
「王太子が、国王陛下との謁見の申し入れをしておりました」
「ザック、伝えるのなら、正確に伝えるべきではないかな? 私を試す必要はないだろう?」
「……わかりました。実際に、申し入れをしていたのは、サイラスです」
「そうだろうとも」
 
 不機嫌そうなザックに、彼は陽気に笑ってみせた。
 すると、ザックが、溜め息をつきながら、肩を落とす。
 
「やはり、ご存知だったのですね」
「まさか。きみから聞いて、今、知ったのさ」
 
 ザックには、王太子との「面会」について話してはいない。
 無駄に血の巡りを良くする必要はない、と判断したからだ。
 夢の話を知れば、今度こそ「粉微塵」を要求される。
 できれば、息子の頼みは聞いてやりたいのだけれども。
 
(レティが望まないことはしたくないのでね)
 
 彼の言葉に疑念を持っているかはともかく、ザックが身を乗り出してきた。
 気持ちをすでに切り替えているに違いない。
 拗ねたような表情も消えている。
 
「では、父上は、どう思われます?」
「そうだねえ。王太子は陛下に、20年近くも会っていなかったのだろう?」
「そうなのですよ。それが、突然の謁見です。正妃もまだ決まっていないというのに、奇妙ではありませんか」
 
 ザックが思うことにも一理あった。
 周囲も少なからず、似た疑問をいだいているのだろう。
 ザックは、王宮勤めだし、宰相という立場だ。
 周りの空気感を察せられないほど鈍くもない。
 
「即位、の話ではないかな」
「なぜ、そう思われます?」
「サイラスが邪魔をしていないからさ」
 
 あ…と、ザックが腑に落ちた顔をする。
 即位の話でもなければ、サイラスが、王太子を国王に近づけさせるはずがない。
 国王の口から、どんな暴露話が出るか、わからないのだ。
 聞かれなければ国王も話しはしないだろうが、サイラスは用心深いので。
 
「きみは、サイラスに関心があったようだが」
 
 彼は、サイラスに関心がない。
 レティシアに絡むことがなければ、永遠に無視し続けていた。
 そのため、サイラスの性格は把握していても、ほかのことは知らずにいる。
 どこでどんなふうに生まれ、どうして王宮魔術師になったのかなど。
 今も、たいして興味はないのだが、少しだけ知りたいことがある。
 
「サイラスが王宮に属したのは、私が王宮を辞したあとなのでね。事情が、よくわからないのだよ」
「下級魔術師だったサイラスが、副魔術師長に任命された理由ですね」
 
 おおよそ見当はついていた。
 が、表と裏が違うのが、王宮というところなのだ。
 
「当時、まだ王太子は幼く、副魔術師長の地位は空席でした」
 
 副魔術師長は、王太子の最側近との立場になる。
 だが、王太子が5歳を迎えるまで、その地位は空席ともされていた。
 子供の生存率が高くないため、王族の子であっても、5歳を迎えるまでは、正式どころか「正当」な王太子とは認められないのだ。
 
「3歳の頃、王太子が病で命を落としかけたことがあるのは、ご存知ですよね」
 
 彼は、ついっと眉を上げる。
 聞いたことはあったが、興味はなかった。
 王宮とは距離を置いておきたかったし、当時はザックを育てることしか考えていなかったからだ。
 グレイが執事としてやってきた頃でもあり、屋敷での生活は安定していた。
 必要もないのに、王宮事情に精通する気にならないのは当然だった。
 
「サイラスが彼の乳母に抜擢されたのは、嫌でも耳に入ってきていたが。なるほどね。王太子の命を救ったのがサイラスなわけだ」
「その通りです。その魔術師としての腕を買われ……」
 
 彼の表情に気づいたのか、ザックが言葉を止める。
 彼は、酷薄な表情を浮かべていた。
 とはいえ、ザックは息子だ。
 彼の、こうした表情にも慣れている。
 言葉を止めたのは、彼が別の結論を出していると気づいたからだろう。
 
「ほかに、理由が?」
「ザック、サイラスは、とても神経質で芸の細かい男なのだよ」
 
 親子の会話とも思えないほど、彼の口調は冷たかった。
 ザックもザックで、彼の声音を、まるきり気にせずにいる。
 
「父上……奴は国王と約束をしたのですね」
「惜しいな。きみは、優しい子だ」
 
 彼の口調が、唐突に変わった。
 やわらかく穏やかなものになっている。
 ザックは、エリザベートの血を濃く引き継いでいた。
 髪や目の色だけではなく、性格もどちらかとえば妻似だ。
 だからこそ、彼は安心したのだけれども。
 
(ザックには、ちゃんと人の心がある。感情に振り回されるところはあるが、そこは、ご愛嬌というところかな)
 
「それほど嫌っているのに、サイラスを認めているのだろう」
「……魔術の腕、という意味に過ぎませんよ、父上」
 
 また、少し拗ねたような顔をして、ザックが口をとがらせる。
 大人の男性として少し厳しくすると、しょんぼりするのに、子供扱いされるのも気に食わないらしい。
 彼は、小さく笑った。
 
(私に育てられた割には、ずいぶんとまともじゃないか、ザック)
 
 実は、ザックに「言っていない」ことがある。
 ザックが人としてまともだからこそ、言わずにいた。
 
 私戦が、いち段落して息子夫婦が屋敷に帰ってきた際に気づいたことがある。
 息子の妻、フラニーに魔術痕が見られたのだ。
 実際に目に見えるものではない。
 すでに魔術そのものは解けているようだったが、予想はついた。
 己の命を繋ぐため、サイラスは彼女に「梱魄こんぱく」をかけていたのだろう。
 ザックが知ったら激昂どころではない。
 それこそ、間違いなくサイラスを殺しに行っている。
 だから、話さなかったのだ。
 
(そういうことは、私に任せておきなさい、息子よ)
 
 胸のうちでだけ、小さなザックを思い描き、その頭を撫でる。
 彼は、心の秤を持たないが、誰のことも大事にしない、ということではない。
 大事にはしているのだ、彼なりに。
 
「サイラスは魔術の腕などという不確かなものに、自分を賭けたりはしない。さっきも言ったがね。あれは、神経質で芸の細かい男だ」
 
 ザックに、肩をすくめてみせる。
 王宮では、常に足の引っ張り合いが横行していた。
 近衛騎士の間でも魔術師の間でも、代わり映えはしない。
 そんな中、あのサイラスが、口約束など信じたはずがないのだ。
 想像ではなく、確信を持って、彼は言った。
 
「契約で、縛ったのさ」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

処理中です...