理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

2つの継承 1

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「契約?」
「王宮魔術師は、国王陛下と契約をすることで、魔力を与えられています」
 
 グレイの説明の、のっけからレティシアは、よくわからなくなる。
 なにしろレティシアは、魔力顕現けんげんしていても、契約などしていないので。
 
「元々、古くは魔術師は存在していませんでした。魔力を顕現させる者はいても、それは病と思われていたのです。その中で、魔力暴走した者たちを隔離するために、あのエッテルハイムの城のような場所があったのですよ」
「だから、魔力疎外されてるんだね」
 
 グレイが軽くうなずいた。
 あのエッテルハイムの城が、独特な建物だったのを思い出す。
 
「魔術師という存在が現れたのは、およそ200年前のことです。時の国王と契約し、魔術を使い国を守る者として、王宮魔術師と呼ばれるようになりました」
「つまり、契約しないと、王宮魔術師にはなれない?」
「そうです。契約をしないままでいると、魔力はいずれ消えてなくなります」
 
 昔は、魔力顕現しても病として扱われる程度のものだったのだ。
 暴走さえしなければ、放置していても、消えてしまうものだったからだろう。
 魔力が消えた時点で、病が治った、と認識されていたのかもしれない。
 
「だったら、お祖父さまやグレイも国王様と契約してるってこと?」
「いいえ。私は魔術騎士ですから」
 
 ちょっとグレイが誇らしげに言う。
 祖父から「普通」の執事に格下げされても、祖父好きは直らないらしい。
 それが、嬉しかった。
 
「魔術騎士は、大公様から魔力分配を受けている者を指しているのですわ」
 
 グレイが、祖父から魔力分配されているのは知っている。
 けれど、魔術師と魔術騎士に、そんな違いがあるとは知らなかった。
 
「てことは、お祖父さまは、国王様と契約しなくっても、自由に魔力が使えるのかな? だって、もう王宮を辞めてるのに、指先ひとつだもんね」
「その通りですよ、レティシア様。大公様は、契約に縛られない唯一無二の魔術の使い手なのです」
 
 またしても、グレイが胸を張る。
 瞳に「憧れ」「尊敬」と書いてあるように見えた。
 
(ホント、グレイはお祖父さまが好きだからなー。私も負けてないけどさ!)
 
 さりとて、知識はグレイのほうが多い。
 レティシアの場合は、重度の「お祖父さま病」であって、知識人ではないのだ。
 
「あ! だから、お祖父さまが王宮を辞めたあと、魔術騎士がいなくなったんだ。でも、グレイは、お祖父さまから魔力分配を受けてるよね。それなら、ほかの魔術騎士の人にもあげられるんじゃないの?」
「全員、大公様とともに王宮を辞し、転職しております」
「へえ?! そーなんだ!」
「大公様のおられない魔術騎士隊など、ありえませんからね」
 
 ほわ~と、うっとり溜め息をつく。
 祖父は、みんなに尊敬されていたに違いない。
 
「いるんだよなぁ。ものすっごく稀に……この人のために働きたいって思える人がさぁ。仕事は仕事でも、こう……無理してでもやってやろうって……」
 
 言葉を、レティシアは途切れさせた。
 グレイとサリーが、首をかしげてレティシアを見ている。
 
(しまった! 私、働きに出たことないんだった!)
 
 つい前の世界での職場を思い出してしまったのだ。
 派遣されて行った先で、本当にごくごく稀に、そういう人がいた。
 その数人の上司が頭に浮かび、身につまされた。
 が、ここでのレティシアは働きに出たことなどない。
 慌てて、言葉を付け足す。
 
「……って、誰かが言ってたのを、聞いたことあるよ」
 
 2人が、納得顔でうなずいた。
 なんとかセーフ。
 
「大公様は、まさにそういうかたでした。大公様を知ってしまいますと、ほかの者の部下にはなれません」
「執事になって追いかけてくるほどですものね」
 
 サリーに言われ、グレイが眼鏡を押し上げる。
 困った時や焦っている時に出る癖だ。
 次には、決まって咳払い。
 
「魔術師と魔術騎士との違いは、国王陛下と契約しているか否かです。その理由はなんだと思われますか?」
「うーんと、魔術騎士は、お祖父さまから魔力分配が受けられるから?」
「そうです。大公様ご自身が契約に縛られておりませんし、その大公様に魔力分配が受けられる魔術騎士は、国王陛下と契約する必要がないのです」
 
 そこまで言われて、やっと気づく。
 祖父の力が特殊なのであって、通常、国王との契約なしに魔力の維持はできないのだ。
 魔術師の力が大きいせいかもしれない、と感じた。

「そっか。国王様は、魔術師を契約で縛ってるんだね」
 
 前にも思ったことだが、現代日本で、一般人は基本的に銃器は持てない。
 が、警察などの組織を含む一部の人たちは、当然に持っている。
 そして、それを誰もが知っていた。
 おかしいと思わないのは、国の組織であることを理解しているからだ。
 もちろん競技や狩猟のため、国の組織外の人でも持てる場合もあるが、それだって、申請だのなんだのと、国への手続きが必要となる。
 王宮魔術師が国王との契約に縛られているのは、これに似た制度なのではないだろうか。
 危険だからこそ、野放しにはできない、ということ。
 
「あれ? てゆーか、そもそも国王様って、そんなに大きな魔力持ちなの?」
 
 レティシアは、魔術というと祖父を基準に考えてしまう。
 祖父が大きな魔力を持っているのは、わかっていた。
 が、同等の者など見たことがないし、いるとも思えない。
 
「そうですね。国王陛下の場合は、魔力を持っている、とは言い難いのですよ」
「え? どゆコト? 魔力を与えてるのに、持ってるって言えない?」
 
 レティシアの頭が、こんがらがる。
 グレイの言っていた「ややこしさ」は、これだったらしい。
 
「魔術師に器があるのは、ご存知ですよね?」
「魔力をめとくものでしょ?」
 
 地下室での、グレイが使った魔術については、サリーに聞いていた。
 釣引ちょういんという魔術で、相手の魔力を自分の器に引き込むのだとか。
 その説明の中、器の話も教わっている。
 
「その器が、王族にはないのです」
「はい~?」
 
 器がなければ、魔力を溜めておけない。
 器というのは、魔術師の力が、その大きさで測られるほどのものなのだそうだ。
 にもかかわらず、与える側の国王に、器がないだなんて、ありえないことのように思える。
 
 レティシアのイメージはこうだ。
 ペットボトルの水を、色々な大きさのコップにそそいでいく。
 なのに、そもそもペットボトルがない、と言われても。
 
(そんなの、だだ漏れになるじゃん……)
 
 思った時、別のイメージが広がった。
 器という言葉にこだわるから、わけがわからなくなるのだ。
 
「…………あ、あー! そっか! なんか、わかった!」
 
 水道の蛇口。
 しかも、水量調節をするためのレバーが、ない。
 おそらく、そんなようなものだ。
 どこから、その水、もとい魔力が湧いて出てくるのかはともかく。
 
「ですから、与える者になると、魔力はもう、自分のものではなくなります」
「国王様は、ただ与えるだけってことかぁ」
 
 蛇口から水が流れていれば、それを飲もうとする人はいる。
 が、蛇口自体は水を流すだけで、なにもできない。
 そもそも蛇口に意思はないわけだし。
 
めることはできないの?」
「できません」
 
 グレイに断言され、契約の意味を明確に悟った。
 国王は、自らの意思で「魔力を与えない」との選択ができないのだ。
 それでは、与えた魔力に責任が持てない。
 だからこそ、契約という形で縛っている。
 縛らなければ、無法地帯になりかねないからだろう。
 
 好き放題に使える魔術なんて危険に過ぎる。
 
 ふっと、レティシアの頭にサイラスの顔が浮かんだ。
 王子様が即位して、サイラスに大きな魔力を与えたら、どうなるか。
 とても危険な気がする。
 
(でも……王子様はサイラスを大事だって言ってたし……サイラスも王子様のことは大事にしてるよね……)
 
 ならば、王子様に非難が向くようなことはしない、と信じたい。
 さりとて、胸が不安にざわついていた。
 心のどこかで「騙されてんじゃないの?」との気持ちを拭い去れなかったからだ。
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