理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

意志を継ぎたがる者 1

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 サイラスは執務室で、王太子のそばに控えている。
 やっと王太子が、その気になったことで、気分が安定していた。
 最近、恋にうつつを抜かし、勝手をする王太子に苛ついていたからだ。
 王太子は、クィンシーとは違う。
 目的のためとはいえ、あまり荒療治をしたくはなかった。
 必要だと判断したので夢見の術は使ったけれども。
 
(結果、殿下も精気を取り戻されましたからね)
 
 公務をサボることもなく、しっかりと王太子をやっている。
 国王と話し、踏ん切りがついたのだろう。
 王太子が、自分の思うように動いていれば、サイラスは満足だった。
 この関係性を、気に入ってはいる。
 変えるつもりも、変えたいとも思っていない。
 あとは、王太子が即位する日を待つだけなのだ。
 さりとて、長くは待てなかった。
 大公という脅威があるのは間違いないのだから。
 
「サイラス」
「はい、殿下」
 
 王太子は、少し前かがみになり、机に頬づえをついている。
 サイラスに視線を向け、口を開いた。
 
「正妃選びの儀の段取りをしてほしいのだが」
「かしこまりました。すぐに場を整えます」
 
 近々、進言しようと思っていたところだ。
 王太子から言い出したことで、本格的に即位が現実味を帯びてくる。
 
「そのことで、お前に頼みがある」
「どのようなことでも、殿下」
 
 王太子が鷹揚にうなずいた。
 そういった振る舞いの、ひとつひとつもサイラスが教えている。
 国王には風格というものも必要だからだ。
 同時に、周囲と打ち解けさせないためでもあった。
 その甲斐あって、周りは、彼に近寄りがたいとの印象を持っている。
 毎日、近くで世話をしている侍従でさえ、びくびくしていた。
 
(従順で、お可愛らしい殿下は、私の前だけでよいのです)
 
 王太子は、自分の言うことだけを聞いていればいいのだ。
 国王になったあとも。
 
「年齢に幅を持たせてほしいのだ」
「足切りの上限を上げるということで、よろしいでしょうか」
「そうだ。側室のこともあろう? 選択肢は多いほうが良いと思ってな」
 
 前回は、16歳から18歳までとしていた。
 それでも、それなりの人数が集まっている。
 上限を上げるとなると、さらに人数は増えるだろう。
 そこから、サイラスが選別をすることになる。
 
 正妃選びの儀の場に並ぶ女性の数は、20人が慣例となっていた。
 さりとて、慣例は慣例に過ぎない。
 あと5人程度、増やしても問題はないと、頭の中で判断する。
 どうやら王太子は、側室も娶る気になったらしい。
 良い傾向だ。
 そう思ったが、ふと気になる。
 
(私の中に油断が生じているかもしれませんねぇ。思うままになっている時ほど、足元をすくわれ易いものです)
 
 王太子が自分に嘘などつけるはずがない。
 隠し事ですら満足にできないのだ。
 それでも、注意は怠るべきではないと感じる。
 夢見の術にかかっていることは確認していたが、足りなかったかもしれない。
 王太子はサイラスを信頼している。
 が、サイラスも、あまり王太子を疑って来なかったのだ。
 今度は疑いのまなざしでもって、確認し直すことにする。
 
「殿下、あの娘……レティシア・ローエルハイドは、いかがなさいます?」
 
 サイラスの言葉に、王太子が、なにか不思議そうな表情を浮かべた。
 なぜサイラスが彼女の名を持ち出したのかわからない、と言いたげだ。
 
「次の正妃選びの儀とは関係なかろう。放っておけばよい」
「よろしいのですか?」
「なにがだ?」
「殿下は、ことのほか、あの娘を気に入っておいででしたでしょう?」
 
 ふっと、王太子が笑う。
 作りものの笑みだとは感じられなかった。
 虚勢を張っているわけでもない。
 
「確かにな。お前の言う通りだ。だが、それとこれとは、話が違う。正妃を娶らねば即位はできんのだからな」
 
 きっぱりとした口調だ。
 その言葉の、どこにも嘘はない。
 長らく王太子の世話をしてきたサイラスにとって、見抜くのは簡単だった。
 夢見の術の効果が発揮されているのだろう。
 
(気に入っている、という部分は、否定しませんでしたからね)
 
 そこを否定するようであれば、嘘をついている可能性もあった。
 が、レティシアに好意があることは、肯定している。
 王太子にとって、もはやレティシアは「ものにした」女に過ぎないのだ。
 だから、こだわらなくなっている。
 これで、レティシアの件についてはカタがついた。
 あの忌々しい小娘に、王太子が振り回されることはないだろう。
 
 あまりクドクド言うのも逆効果になる恐れがある。
 サイラスは、後手に回るのを良しとしない。
 常に、先手を取ることを考えていた。
 夢と現実の齟齬から、王太子に、いずれ問題は起きるだろうことは予測済み。
 が、その時の対処策も考えてある。
 ともあれ、ひとつ安心材料が手に入った。
 
「即位については、いかがなのでしょう。国王陛下に、譲位のお心はおありでしたでしょうか?」
「問題ない。父上は、譲位を約束してくださった」
 
 サイラスは、少しだけ驚いている。
 王太子が、そこまで話を進めているとは思っていなかったからだ。
 
 即位に関することは、王族のみが決められる。
 退位するも、譲位するも、周囲は進言することすら許されていない。
 執務室には、王太子と2人だけだった。
 そのため、譲位との言葉を口にしたが、本来は口にするのもはばかられる。
 非常に不敬なことなのだ。
 
「正妃を娶り、正式な王位継承権が得られれば、すぐにでも譲位の儀式を執り行って頂く」
 
 父親と顔を合わせても、王太子の心は揺らがなかったらしい。
 長年に渡り、サイラスが作り上げてきた2人の溝は、埋まらなかったのだ。
 
(実の父より、育ての親を取った、というところですかね)
 
 普通の家族にも血縁があるが、王族は、それにも増して「血統」がある。
 ほかの者にはわからない、相通じるものがあるのではないか。
 サイラスは、それを気にしていた。
 国王と王太子を会わせないよう画策していたのも、通じ合われては困る、と考えていたからだ。
 サイラスにとって、王太子は、あくまでも人形でなければならない。
 そして、人形というものは、操り易いほうが使い勝手がいいに決まっている。
 
「それでは正妃選びの儀も、早目に執り行えるようにいたしましょう」
「頼む」
「かしこまりました」
 
 サイラスは、王太子に頭を下げ、執務室を出た。
 確認すべきことは、確認できている。
 王太子は、嘘はついていないし、即位に対しても前向き。
 良い兆候過ぎたので、少し神経質になってしまったようだ。
 
(慎重になって損をすることはないでしょう)
 
 安心材料を手にし、懸念は、ほとんど拭われている。
 あとは、王太子が即位してから手を打っても遅くはない。
 廊下を歩く、サイラスの口に笑みが浮かぶ。
 自分の立てた「予定」通りに事が進むのは気分が良かった。
 王太子の即位を知った時、大公はどう思うだろう。
 
 孫娘を、王太子が諦めたことに安堵するか。
 次期魔術師長を、脅威と見做して排しようとするか。
 
 サイラスとしては、後者であって欲しかった。
 いったん大公の視界に入ったのだ。
 そこから外されることには我慢がならない。
 
(あなたのために、私は働きたかったのですよ、大公様)
 
 サイラスが、付き従いたいと思った、ただ1人の人物。
 こうなった今でさえ、願望はある。
 大公が「世界を統べる手助けをしろ」と自分に命じてくれないだろうかと。
 
(あなたが、付き従えと仰るのなら、私はいくらでも膝を折りましょう)
 
 が、願望が現実にならないのも、わかっていた。
 大公は、孫娘のため以外には、指1本も動かさない。
 それを、サイラスは、許せずにいる。
 とてつもなく腹が立つ。
 
(あなたが望まずとも、私が引きずりだしてさしあげます)
 
 大公の大きな力に、あと少しで並ぶことができるのだ。
 サイラスは思う。
 
 大公には弱点があるが、自分には弱点など、ない。
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