理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
176 / 304
第2章 黒い風と金のいと

あの日と同じ空 4

しおりを挟む
 
「おや、お客様のようですよ、殿下」
 
 サイラスは、扉のほうに視線を向けた。
 つられるようにして、王太子もそっちを見ている。
 そして、その目が見開かれるのを、サイラスは視界の隅でとらえていた。
 
「案外、あちらも、殿下に気があったのですかね」
 
 サイラスは、口元を歪めて笑う。
 扉の向こうから姿を現した娘。
 
 レティシア・ローエルハイド。
 
 彼女が、ここにいることを、王太子も信じられないといった様子だ。
 駆け寄ることも忘れている。
 
「なぜ、お前が……」
 
 言いかけて、何かに気づいたらしい。
 焦りが顔に出ていた。
 
「後ろにいるのは……」
「ザカリー! 逃げよっ! 早くッ!」
「兄上……っ……」
 
 サイラスは、目を細める。
 王太子を、弟とは会わせていなかった。
 少なくともサイラスが手配をしたことはない。
 
「私の目を盗んで、こそこそ会っておられたと……殿下も、したたかにおなりあそばしましたねえ」
「お前に育てられたからな」
「でしょうとも」
 
 王太子は、サイラスの思うようには育たなかった。
 つまり、失敗作だ。
 かと言って、今さら第2王子に鞍替えすることもできない。
 
「どうします? 殿下のお心次第では、私は”今まで通り”を、続けても良いと考えておりますが?」
「それは……できん」
「さようでございますか」
 
 言葉と同時に、王太子が扉のほうに向かって駆ける。
 サイラスは、左手をサッと振った。
 王太子の体が、横へと吹っ飛ぶ。
 
「王子様っ?!」
 
 その王太子へと、レティシアが駆け寄るのが見えた。
 が、それはそのまま放置する。
 
「ザカリー! 逃げるのだ! 兄の頼みだ! 逃げよ、ザカリーッ!!」
 
 サイラスの手から、光の矢が放たれる。
 幾本もの矢は、扉を無視して突き抜けた。
 サイラスは、溜め息をもらす。
 それから、王太子のほうへと向き直った。
 
「兄の言うことを、よく聞く弟でよかったですねぇ」
 
 ここで逃がしても、たいした問題ではない。
 順番が前後しただけで、どうせ始末するのだ。
 サイラスが始末するつもりでいるのは、ザカリーだけではないけれど。
 
「しかし、よく来てくださいました。大公様の孫娘、あなたには、とても大きな使いみちがあるのですよ」
 
 レティシアは、床に倒れている王太子の近くにしゃがみこんでいた。
 サイラスのほうに顔を向け、眉をひそめている。
 
「なんでこんなことするの?」
「あなたに言ってもわからないことです」
「王子様はさあ、あなたのこと大事だって言ってたんだよっ?」
「だから、どうだと言うのですか?」
 
 命の恩人であり、育ての親。
 
 王太子から、よく言われていた言葉だ。
 しかし、それは、サイラスが、そうなるべく仕組んだことに過ぎない。
 副魔術師長、ひいては魔術師長に続く道を作るために命を助けた。
 自分の人形とするために育ててきた。
 それだけのことだ。
 心の中で、サイラスは、王太子のことを馬鹿にしてきている。
 
「殿下は、私を裏切ったのです。大事が聞いて呆れますね」
「裏切ったって、なんであなたにわかるのっ? 大事だから、傷つけたくないから、隠したりすることだってあるんだよっ?!」
「そうでしょうかね? 私には、後ろめたいことがあった、としか思えません」
 
 レティシアの言葉は、サイラスにとっては、なんの意味も持たない。
 そもそもの出だしを、彼女は間違えている。
 サイラスは、王太子から「大事に思われたい」とは思っていないのだ。
 
「私は、殿下に、どんな期待もしていませんでした。にもかかわらず、勝手に王様気取りで、国の平和と安寧を語るようになって、迷惑な話です」
 
 王太子は、ただ言うなりになっていればよかった。
 期待していたことがあるとすれば、その1点に尽きる。
 さりとて、その期待すら裏切られた。
 もう王太子に用はない。
 したくもない努力をする必要はなくなったのだ。
 
「王子様は王子様じゃん。国のことを考えるのが仕事でしょ? 国の平和と安寧を語って、何が悪いの? おかしいのは、あなたのほうじゃんか!」
「レティシア、よせ。俺のことは、よいのだ」
「良くない! なんで、あんな奴のこと庇うんだよ! 酷いことばっかりして、酷いことばっかり言って……っ……」
「よいのだ、レティシア」
 
 王太子が、レティシアの体を庇うように前に出てくる。
 ぴくりと、サイラスは眉を吊り上げた。
 よろめきながらも、立ち上がった王太子が、サイラスと視線を交える。
 レティシアも立ち上がっている。
 
「最初から、あなたが殿下の正妃になっていれば、こんなことにはならなかったのですがねぇ」
 
 今となっては、もう遅い。
 使いたくなかった手段を取ってしまった。
 サイラスの「趣味」ではない、人から魔力を奪う魔術を発動している。
 強掠ごうりゃくという魔術だ。
 
 サイラスは、万々が一を、考えていた。
 どうしても王太子に即位させられなかった際の、最後の手段。
 副魔術師長になった時から、すでに準備はしている。
 が、使わずにすませたかったから、王太子に尽くしてきたのだ。
 
「サイラス……なぜ、このようなことを……」
 
 さっきレティシアは、王太子が裏切ったかどうかはわからない、と言った。
 大事であればこそ隠し事をすることもある、と。
 
(あなたは、今、どう考えておられるのでしょうね、殿下)
 
 王太子は、自分に裏切られたと思っているだろうか。
 思っていないのなら、とんでもなく間が抜けている。
 強掠を使うと判断した時、サイラスは王太子を裏切ることも決めていた。
 培ってきた信頼も思い入れも、全部、屑籠に放り込んでいる。
 王太子のことなど、どうでもよかったからだ。
 苦渋の決断ですらなかった。
 サイラスにすれば、当然の帰結。
 
「私の目的は、魔術師長になることではない、と申し上げたはずです」
「大公とやりあって、どうなる? 命を落とすだけではないか」
「今の私には、力があるのですよ。器が魔力で満たされれば、大公様と互角に渡り合うに十分な力となり得ます」
 
 サイラスの体には、幾筋もの魔力の糸が絡みついている。
 もう少しで器は満たされるだろう。
 そして、魔力は吸収され続けるため、底をつく心配もない。
 思う存分に、力をふるうことができるのだ。
 
「ですが、大公様との戦いは、少し後にするつもりです」
 
 サイラスは、かつての空を思い描く。
 あの空が、もう1度、見たかった。
 
 美しくも残酷な、光の流れ落ちる光景。
 
 それは、ずっとサイラスの心を惹きつけ続けている。
 あれほどに感動したことは、なかった。
 
「あなた方は、見ていないのでしょう? あの美しい空を」
「空……?」
 
 彼らは、まだ生まれていなかったのだ。
 見れば、きっとわかる。
 
「私が見せてあげますよ。数多あまたの星が降る空を」
 
 レティシアが唇を震わせた。
 王太子の腕を、ぎゅっと掴んでいる。
 
「…………ギャモンテルの……」
「その通りです。史実だけでは物足りないでしょうからね。本物を、私が見せてさしあげます」
「よせ、サイラス! そのようなことをすれば……っ……」
 
 国が亡ぶ。
 
 そんなことは、サイラスには、とっくにわかっていた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...