理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

最後の決断 3

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 サイラスが生きていることには、気づいていた。
 彼が見逃そうとしているのも、もちろん知っていた。
 だから、ジークは、ちっとも驚かずにいる。
 
 はっきり言って、あの時に、ケリをつけてしまいたかった。
 また王宮に来なければならないのが、面倒だったからだ。
 ジークは王宮が嫌いだった。
 何度も来たい場所ではない。
 とはいえ、彼のすることに文句をつける気もなかった。
 どう考えているのかも、わかっていたし。
 
(こいつが、心を入れかえるなんて、ありえねーのにサ)
 
 王太子が信じていたことのほうが、驚きだ。
 やはり、間が抜けている、と思う。
 彼は、より良い結果を出そうとはしていた。
 サイラスがここに来ると見越していても、可能性はゼロだと判断していても、試そうとはしたのだろう。
 
 彼の孫娘のために。
 
 ちょっぴり面倒だと思いつつ、ジークも追随している。
 彼が試すのに、つきあったのだ。
 結果は、予想通りだったけれども。
 
(めずらしいこともあるもんだ)
 
 ふーん、と思う。
 決定はくつがえらないとしても、趣向は変えるらしい。
 
(いいけどサ。手間は、かかんねーからな)
 
 彼がいいのなら、ジークにとってもいいのだ。
 王太子のほうに、ちらっと視線を投げる。
 王太子は、朽ちかけたサイラスを見つめていた。
 
(見てたって、いいことないぜ?)
 
 王太子は、最期までつきあうつもりでいる。
 聞きたくなかったことをわざわざ聞いて、知りたくなかったことをわざわざ知って、今度は、見たくもないものを、わざわざ見ているのだ。
 ジークには、王太子の気持ちなど、わからない。
 
 『心だよ、ジーク』
 
 王太子の「本当のところ」を聞いた時の、彼の答え。
 
 少しだけ、ジークは顔をしかめる。
 これだから「人」は面倒くさい。
 思ったが、すぐに気持ちを切り替えた。
 
 黙って、サッサッと両手を交互に振る。
 瞬間、サイラスの体が細切れになった。
 数回、それを繰り返す。
 血の粒になったサイラスが、空中に飛散した。
 
 隣にいる彼に動作なし。
 が、血の粒が、しゅんと蒸発する。
 床に落ちる間もない。
 一瞬で、目の前には、誰もいない空間が広がっていた。
 
 本当に、跡形もなくなっている。
 
 彼は、無言で体を返した。
 王太子に、声をかける気はないようだ。
 ジークは烏姿になり、彼の肩にとまる。
 
(いいのかよ?)
 
 王太子に聞こえないよう、わざわざ早言葉はやことばを使った。
 対する、彼からの返事はない。
 返事がないのが返事なのだ。
 王太子は放っておく、ということなのだろう。
 
 彼の肩にとまったまま、もう1度、王太子のほうを見てみた。
 なにもない空間を見つめ、ただ泣いている。
 声は聞こえなかった。
 
 視線を外し、ジークは飛び立つ。
 彼も、愛しの孫娘のいる屋敷に、おっつけ帰ってくるだろう。
 ひと足先に、寝顔でも見に行こうか。
 思って、一直線に飛んだ。
 
(魔術師だったくせに、魔力のこと、わかってなかったのかよ)
 
 サイラスは、根本的な部分で間違っていたのだ。
 魔力がどういうものか、わかっていなかったらしい。
 ジークは、彼から魔力について「正しく」教わっている。
 
 『魔力を、液体のようなものだと思ってはいけないよ』
 
 彼は、そう言った。
 器との言葉から、多くの者が魔力を液体のようなものと捉えがちなのだそうだ。
 
 『魔力は糸なのさ。片方の端が、器の底に張り付いている。そこを中心に、輪を作りながらまっていくのだよ』
 
 魔術の発動は、糸の反対側を引っ張るようなものだった。
 必然的に、器に溜まっていた糸の束は、輪をほどきながら減っていく。
 その糸の輪が絡まったまま器に溜まり続け、ぐちゃぐちゃになってあふれるのが魔力暴走。
 糸の重さに耐えかねて器が壊れることもあれば、絡まり具合によっては糸が切れ、器から離れてしまうこともある。
 前者の場合は体が壊れ、後者の場合は、魂が消えるのだ。
 
 そして、器の底に張り付いていない状態で、器に残されている糸の束が、遺滓いしと呼ばれていた。
 死人の器は、糸を張り付けておけない。
 つまり肉体がなくなると、糸は器から離れてしまうのだ。
 両端ともに行き場がなくなり、浮遊することになる。
 
 サイラスは、片方の糸の端を握っていたに過ぎない。
 器に張り付いているべき糸の端が、とっくに離れていることにも気づかず。
 
 彼は、魔力持ちから奪っていた魔力の糸を断ち切る中で、サイラスの「糸」を見つけていた。
 どこにも繋がっていないサイラスの魔力糸の端。
 それを握っていたのは、彼だったのだ。
 
(体と魂を分けるってのは悪かねーけど、あの人には通用しねーよ)
 
 もし、相手が普通の魔術師だったなら、道はあっただろう。
 単に燃やされるとか、串刺しにされる程度なら、治癒で体を元に戻せた。
 すぐに術を解いて体と魂を融合させることで、魔力の糸を器に張り付け直すこともできる。
 魔力の原則がわかっていれば、悪くない手ではあったのだ。
 
 さりとて、彼には、容赦がない。
 サイラスの体は、粒子にされている。
 どんなに治癒を行おうと、元には戻せなかったはずだ。
 サイラスだとわかる程度に復活できただけでも上出来と言える。
 
 彼は、サイラスの糸を握っていた。
 そのまま動きがなければ、放っておけたのだろうけれども。
 
(これも読み通りってとこだったな)
 
 ひと月が限界。
 彼は、そう言っていたのだ。
 遺滓をすすりながら、レスターのように生きていくのならともかく。
 サイラスは、そういう生き方は選ばない。
 体が朽ちていく速度を考えれば、早く魔力を手にしようと、また「せっかち」になる。
 
 それが今夜だった。
 
 サイラスの糸が引っ張られるのを、彼が認識したのだ。
 王宮に忍び込むため、しかたなく彼の転移に便乗している。
 ジークは、彼に面倒を見られたり、足手まといになったりするのを嫌っていた。
 王宮嫌いなのは、彼に便乗せざるを得ない場所だからだ。
 
 サイラスは、王太子ごと死のうとしていた。
 むうっと、ジークは顔をしかめる。
 烏姿なので、実際には、尾をピンっと立てただけなのだが、それはともかく。
 
(殺されてやるつもりだったのかよ)
 
 あんな腐りかけのろくでもない奴なんかと心中なんて、くだらない。
 大鷲に変転へんてんし、サイラスを空まで持ち上げ、落としてやってもよかったのだ。
 
 生も死も、そこに苦痛があるかどうかに意味がある。
 
 彼とジークにとっては、いつもそうだった。
 けれど、今回、彼はサイラスに「苦痛」は与えないとの判断をしている。
 手間ではなかったので、別にかまわない。
 彼の孫娘は、サイラスが死んだものと思っているのだし。
 あえて「実は生きていたけれど、苦痛を与えず殺したよ」などと言う必要もないだろう。
 めずらしいことではあるが、最良の結果を選んだだけの話だ。
 
 サイラスは朽ちていて、王太子は嘆いていて。
 
 サイラスに苦痛を与えることは、すでに無意味になっていた。
 手早く、彼の孫娘から脅威を取り除くほうが有意義。
 彼の判断は、およそ、そんなところに違いない。
 屋敷に向かって飛ぶ、ジークの頭に、王太子の姿が浮かんでくる。
 
 うつむいて、ただ涙を流す姿。
 
 ジークには家族がいない。
 王太子が、サイラスを家族として見ていたのかは、わからなかった。
 ただ王太子にとっては「どうでもよくないこと」の範疇に、サイラスは入っていたのだろう。
 人の心というものは、とても面倒だ、とジークは思った。
 
(どの道、オレは元から人でナシなんだ。今さらだぜ)
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