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第2章 黒い風と金のいと
王子様をやめました 2
しおりを挟む「やれやれ。やはり即位はしないのか」
「そうだ」
大公に「告げ口」したことで、レティシアは大層にヘソを曲げてしまった。
だから、ここにはいない。
大公とユージーンは、2人で小ホールにいる。
見えはしないが、ジークが傍にいるのも感じていた。
「害にはならないと思うがね」
「それでも、だ」
ユージーンは、すでに決めている。
覆すことは考えていない。
サイラス以外の魔術師長を、ユージーンが選ぶことはないからだ。
「きみも、せっかちに過ぎるのじゃないか?」
「時間は有限なのでな」
大公が、どうでも良さそうに、軽くうなずいた。
ほかの者であれば嫌味だが、やはり大公は物慣れている。
サイラスの本当の最期を知っているのは、大公とジークだけだった。
そのせいか、ユージーンは、自分の想いを口にしている。
「俺は、ずっと国を自分で動かしたいと思ってきた。それは変わらん」
「そうかい」
「しかし……権威と権力は分けるべきだとも、わかった」
大公が、真面目に聞いているとは思っていない。
ジークにしても、そうだった。
つまらないと感じているのが、気配でわかる。
ユージーンは魔力感知ができないのに、なぜかジークのことはわかるのだ。
「王族にあるのは権威だけでよい。権力者であってはならんのだ」
力が集まれば、それだけ「できること」が増える。
してはいけないこと、すべきでないことの判断を誤れば、国をも亡ぼすことになりかねない。
父が、うなずくだけの王であり続けているのも、そういうことなのだ。
「俺は、ザカリーと契約をした」
興味がないのか、想定していたからなのか、大公は驚きもしなかった。
表情ひとつ変えずにいる。
夢見の術から解放されたあと、大公にザカリーの父は誰かと聞いた。
その際、大公は「知らない」と答えている。
が、きっと、わかっていたに違いない。
大公の「知らない」は「自分には関係がない」と同義だったのだろう。
事実として知らなかった、という意味ではないのだ。
どうとでも捉えられるようにしか、大公は答えない。
ユージーンが「そこまで真似することはない」と考える部分だった。
言葉を、ぽーんと放り投げ、拾うも拾わないも相手次第。
大公は、徹底し過ぎている。
例外はレティシアだけなのだ。
ザカリーの父、実の父は、魔術師長ジェスロだった。
ユージーンは、国王である父が「ザカリーの父であったことはない」と言った瞬間に悟っている。
後宮に入れるのは、基本的には国王だけだ。
最側近である魔術師長のみが、例外として認められている。
国王が望み、その許しがあれば、という条件付きであったとしても、国王が手を貸しているのなら、なんということはない。
「もとより、与える者とは、なにか。俺は考えたこともなかった。即位すれば、その力が勝手に手に入るものだと思っていたが、そうではなかったのだ」
(おい。そんなこと、話しちまってもいいのかよ?)
「かまわん。どうせ、誰も聞いておらんのだろ」
大公もジークも、こんな話を吹聴して回ったりはしないだろう。
そもそも本当に聞いているかも怪しい。
ただ、ユージーンは話しておきたかった。
自分の中で区切りをつけるために。
「与える者の力は血統による。しかし、王である必要はない。王とは権威だ。国をまとめるために、与える者と王を同一にしていたに過ぎん」
与える者の力は、ガルベリー1世の男系血統に受け継がれる。
つまり、ザカリーに、その資格はない。
が、国王になるのは、王族としての資格がありさえすればいいのだ。
ザカリーは19年間、第2王子として王位継承第2位の立場にいる。
即位する資格は十分にあった。
「父は、俺の王位継承を約束していたが、俺は誰とも何も契約していなかった。俺が即位せねば、父の契約は、無意味なものになる」
そして、今のユージーンは、魔術師長の血を継ぐザカリーと契約をしている。
サイラスは、ユージーンが王太子であったからこその副魔術師長だった。
そもそもユージーンが王太子でなくなれば、その地位は無効になる。
与える者としての力と権威とが、実は、分離している、ということを、サイラスは知らなかった。
そのため、副魔術師長と王位継承という契約を、あえてしてしまったのだ。
逆に、それが自らの枷になるとは知らずに。
「俺が与える者となるのは、ザカリーが即位をしてからだ。つまり、ザカリーは、国王と魔術師長を兼ねるということだな」
(なら、お前は、どーすんだ? もう王様には、なれねーんだろ?)
「俺は、与える者と……宰相を兼ねる役目をする」
初めて、大公が、わずかに表情を変えた。
驚いた、といった様子ではない。
少しだけ「喜んでいる」ように見える。
「アイザック・ローエルハイドは、馘首だ」
「せめて円満にしてもらえないかね?」
「できん。それでは、俺の面目が立たぬからな」
ひょこんと、大公が眉を上げる。
が、気分を害したふうでもなかった。
「どちらにせよ、ザックは喜ぶだろうさ」
周囲には、ユージーンが王位から蹴落とされた、と信じさせる必要がある。
与える者の力と権威の分離は、秘匿中の秘匿事項なのだ。
王族の、次期国王しか知ることはできない。
ユージーンも、父と話して、初めて教えられている。
譲位の儀式とは、与える者の力を、次期国王に譲る儀式だった。
とはいえ、単に、儀式自体を譲位に合わせて行っていたに過ぎない。
国王が与える者となる、というのは、国をまとめるため、国民に権威を示すための、ただの慣例なのだ。
与える者としての力の「譲渡」は、譲位を条件とはしていない。
平たく言えば、儀式さえ行えば、いつでも力の「譲渡」はできる。
たとえユージーンが国王にならなくても。
ただ、だからといって、ユージーンは放蕩する気もない。
ザカリーの即位後は、近くで支えるつもりだった。
もとより政は宰相の務めで、ユージーンは、自らの手で国を動かしたいと考えてもいる。
「国王に、魔術師長を兼任させるとはね。だが、それを周りに教えることはできないだろう?」
「むろん、秘匿だ。俺とザカリー、それに父しか知ることはない」
「では、副魔術師長は、どうするのかね?」
王宮魔術師の三角形の頂点は、国王だ。
魔術師長は、国王から一身に与えられた魔力を、副魔術師長に魔力分配する。
その魔力を、副魔術師長が、下位の魔術師たちに分配するというのが、基本構造になっていた。
「それは、廃することにした」
ザカリーが国王と魔術師長を兼ねることは、誰にも明かさない。
つまり、ザカリーは魔術師長を選任しなければならないのだ。
でなければ、魔術師長がいないのに魔力分配がある、という、おかしな状況が生じてしまう。
「ああ。つまり、表面上の魔術師長が、実は副魔術師長の役割を担うことになる、というわけだ」
「そういうことだな」
魔術師長がすでにいるとなれば、実際的には魔術師長は不要。
だが、表面上、魔術師長は絶対に必要なのだ。
そうなると、押し出されるのは、副魔術師長ということになる。
だから、廃することにした。
いずれにせよ、魔力は国王から与えられる。
ザカリーが「与えている」のではなく、分配していても、それを見分けることができる者はいない。
「ザカリーが、表面上の魔術師長に、すべての魔力を分配すれば、垂れ流しと、なんら変わらん」
「その魔術師長が、おかしな動きをすれば、止めてしまえるしね」
ユージーンは、それには答えなかった。
答えないのが、答えなのだ。
今までの構造では、国王は魔力調整ができないため、与えたくないと思っても、魔力を止めることができずにいた。
けれど、ザカリーは魔術師であり、魔力調整ができる。
表面上、国王として、いったんは、すべての魔力を魔術師長に分配したとしても、いざという時には、逆に、すべての分配を止められるのだ。
今までの構造のまま、もしサイラスが魔術師長になっていたら、とても危うい状況になっていたのは間違いない。
この構造の危うさを、己の身を持ってサイラスが教えてくれた。
ユージーンは、そう前向きに捉えている。
サイラスに、そんなつもりがまったくなかったのは、わかっていても。
「しかし、きみが王族なのは動かしがたい」
大公が言わんとしていることは、理解していた。
国王は、王宮魔術師という大きな力を持っている。
が、重臣の採択に口を挟まないことで、王族が政と力の両方を独占するつもりはない、と強調してきたのだ。
領地を治めている貴族との、権力のバランスを保つためだった。
そこに王族であるユージーンが、政を仕切る宰相などになれば、統制が崩れる。
大公は、そう示唆しているのだ。
ユージーンは、大公を真似して軽く肩をすくめ、なんでもなさそうに、言った。
「今までより良い暮らしになったと、民が思える国にすればすむ話だ」
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