理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

ご到着日和 2

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 屋敷の者は、あの元王太子が来るのを嫌がっている。
 当然だ。
 もとより、あの元王太子が、レティシアにしつこくつきまとわなければ、数々の問題は、起きていない。
 
 レティシアの魔力顕現けんげんしかり、エッテルハイムの城しかり。
 
 私戦や、王都での「流行り病」については、元王太子も知らなかったらしい。
 サイラス1人の画策だと、大公から聞かされている。
 が、事の発端は、元王太子がレティシアに「粘着」したことなのだ。
 思うと、サリーを失いかけたグレイとしては、ほかの誰よりも、彼を歓迎する気にはなれなかった。
 さりとて、屋敷の主である公爵や大公が受け入れているのだから、勤め人であるグレイが拒否することもできない。
 
(レティシア様の仰る通り、旦那様の、お顔に泥を塗ることはできないからな)
 
 グレイは、執事であり屋敷のまとめ役でもある。
 ほかの者にも、言い聞かせなければならない立場だった。
 
 おそらく、みんな、こぞって「イジメ」をする。
 
 本音を言うと、グレイだって、そうしたい。
 暴力はともかく、困っていても、知らん顔くらいはしたかった。
 早く出て行ってほしいからだ。
 勤め人とは言うが、役に立つとは思えずにいる。
 足を引っ張るのは目に見えているのだし、むしろ邪魔にしかならないだろう。
 とはいえ、主の意向に沿うように考えるのが、グレイの仕事だった。
 
「それでは、レティシア様……朝当番、昼当番にも、彼を入れる、ということになるのでしょうか? 私は、列に並ばせる気はなかったのですが……」
 
 グレイの言葉に、レティシアが「うっ」と呻いた。
 
 朝当番、昼当番というのは、レティシアの食事に同席する当番のことだ。
 1日に2回、2人ずつなので、およそ3日に1回くらいの頻度で回ってくる。
 最初は、抵抗感を見せていた者も、今は楽しみにしていた。
 レティシアは、とても気さくに話してくるし、言葉遣いにもこだわりがない。
 勤め人同士の時より、少し丁寧といった調子でも、怒ったりはしないのだ。
 グレイが見ている限り、話題を振るのも上手うまかった。
 
「う、うーん……まぁ、しかたないね。そこは差別はナシの方向で」
「かしこまりました」
 
 気は進まないようだが、レティシアは、公平さを示そうとしている。
 嫌なことを、ほかの者にだけ我慢させるのは、気が引けるに違いない。
 彼女は、周りをとても気にかけてくれていた。
 以前のレティシアなら考えられないほど、迷惑をかけることを気に病む。
 
 屋敷の者を「ウチのみんな」と呼び、家族同然に扱ってもいた。
 そんな貴族令嬢は、どこを探してもいない。
 だから、周りもレティシアを大事に思っている。
 ゆえに、彼女を困らせたり、あまつさえ危険にさらしたりするような輩は、嫌われて当然なのだ。
 
「では……レティシア様を、レティシア様とお呼びするように、言ったほうがよろしいのでしょうか……?」
「う……っ……」
 
 サリーが、少し戸惑い気味に、レティシアに聞く。
 レティシアは、またも呻いていた。
 しばらく、悩んでいる様子で、うんうんと唸っていたけれども。
 
「いや……サリー……それだけは……スルーでいこう……」
「するー、ですか?」
「無視するとか、さりげなく受け流すって感じ」
「そうですね。そこには、ふれないようにしましょう」
 
 グレイも、同意する。
 サリーが戸惑っていたのも、わかるからだ。
 あの王太子が「レティシア様」などと呼ぶところを想像すると、なんとも言えない気分になる。
 勤め人としては、名を呼び捨てるなどありえない。
 だとしても、今までのことを、全部なかったことにはできないのだ。
 レティシアにとっても、そうなのだろう。
 
「……逆に、気持ち悪いんだよね……こっちが名前で呼ぶのも、変な感じがするのに……サマづけされるっていうのは……なんかサムい……」
 
 本当に寒そうに、レティシアが、体を、ふるっと震わせた。
 おそらく、この「寒い」は、悪寒がするというのと似た意味合いに違いない。
 説明がなくとも、それは感じ取れた。
 
「では、その件はスルーします。みんなにも、そのように伝えておきますので」
「うん。そうしてくれると助かるよ、グレイ」
 
 その時、サリーからの視線に気づく。
 相変わらず、目でやりとりをした。
 
(あなたが聞いてよ)
(答えは、想像できてるんじゃないのか?)
(できていても……念のために確認は必要でしょう?)
 
 聞きたくない。
 とは、言えない。
 
 グレイは、サリーに弱いのだ。
 ようやくの思いで、婚姻を取り付けた女性でもある。
 聞いて確認してしまったら、逃げ場がなくなるとわかっていても、引くに引けなかった。
 
「あの、レティシア様……私どもも、彼を名で呼ぶのでしょうか……?」
「それは……そうなるね……」
 
 やっぱりと、逃げ場を失って、サリーともども、がっくりする。
 アリシアが、また悲鳴を上げそうだ。
 転移で屋敷に飛びこんで来て以来、アリシアの元王太子に対する発言のほとんどは「ヤバい」になっている。
 男性陣も彼のことは嫌っていた。
 が、彼女らは、女性の持つ特有の何かで、元王太子を嫌がっている。
 そう、嫌っているというより「嫌がっている」のだ。
 
「私も、かなり微妙な気分だけど、頑張るからさ……」
「はい……私も、努力いたしますわ、レティシア様……」
 
 名を呼ぶというのは、それだけで「個」を、認めたようなものだ。
 その認識が、人と人との距離を近く感じさせもする。
 2人の表情が曇っているのは「親しくなりたくない」気持ちの表れと言えた。
 仕事に対しては、徹底して割り切るサリーですら、こんな調子になっている。
 ほかの女性陣の反応は、火を見るよりも明らかだった。
 
「グレイも、大変だと思うけど、よろしくね」
「わかっております」
 
 グレイは、騎士だ。
 騎士には騎士道精神なるものがある。
 
 騎士たるもの、常に女性を守るべし。
 
 どんなに嫌だと思っていても、女性を盾にして逃げることはできない。
 むしろ、自分が盾となって、被害を食い止めなければ、と思った。
 
「お祖父さまみたいに、スルースキル上級者だったらなぁ」
「すきる……?」
「能力とか技術とか……技、みたいな意味だよ、グレイ」
 
 確かに、大公は、そういう意味では「あしらい」が上手いのだ。
 元王太子のことも、適当にあしらっているのが、わかる。
 あちらもあちらで、大公に対して不遜な態度を崩さないのだけれども。
 それすら大公は「スルー」していた。
 
「私も、大公様ほどのスルースキルを、身につけたいものです」
 
 本気で、そう思う。
 年齢どうこうではなく、大公は、すべてにおいて自然体。
 無理をしている様子がない。
 女性には穏やかに、男性には厳しく、ではあるが、いずれにせよ、簡単に受け流していた。
 
 グレイも、サリー以外の女性になら、そっけなくすることもできる。
 男性に対してだって、そつのない態度を取れるのだ。
 ただ、元王太子には、どうにも苦手意識が強くなっていた。
 
(さっきレティシア様にも言われただろう。押し負けてはいけない)
 
 貴族は、普通、かなり気取った話しかたをする。
 言葉を飾り、取ってつけたようなことを言う者が多い。
 が、元王太子は違った。
 考えられないくらい、言葉を飾らない。
 というか、飾りがチラとも見えない。
 思ったことを口にする性格なのだろうし、それをなんとも思っていなさそうだ。
 良いほうに捉えれば、正直だとは思える。
 さりとて、正直に過ぎるのも、どうなのか。
 
(厳しくしてもかまわない、ということだったな。それなら、人に配慮する、ということも覚えてもらわなければ)
 
 屋敷勤めでは、人との関係を大事にする必要がある。
 自分1人で成せることなどないからだ。
 お互いに協力し合って、生活が成り立っている。
 
(……あれに、人と協力するなんて、できるのか……?)
 
 ちょっと想像しただけも、無理だと結論づけたくなった。
 それでも、やるだけはやってみることにする。
 彼を一人前にできれば「有能」執事に格上げしてもらえるかもしれないし。
 
「レ、レティシア様! き、来ました! もうそこまで来てます!」
 
 外仕事をしているヒューが、部屋に駆け込んできた。
 一気に緊張感が高まる。
 レティシアの表情も、キリッと引き締まった。
 
「嫌だろうけど、みんなに、玄関ホールに集まってもらって!」
 
 言葉に、グレイとサリーは、それぞれの持ち場に走る。
 これから、嵐がやって来るのだ。
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