理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
201 / 304
最終章 黒い羽と青のそら

ご到着日和 1

しおりを挟む
 レティシアは、グレイとサリーに、うなずいてみせる。
 2人も、しかつめらしい顔をして、うなずき返してきた。
 
「ひと通り、準備はできたね」
 
 元王子様の爆弾発言から、ひと月。
 今日の昼には、ご到着の予定。
 
「あとは、こっちの心構えだよ」
 
 元王子様は「元」なのであって、今は王子様ではない。
 王子様をやめ、このローエルハイド公爵家の勤め人となる。
 宰相となるべく「世の中」を知るため、と祖父から聞いていた。
 だから、手加減は、いっさいナシ。
 
 彼は、「ただのユージーン」なのだ。
 
 王子様的な振る舞いを、許すつもりはない。
 それを許してしまうのなら「ウチ」で働く必要はない、と思っている。
 
 レティシアは、前の世界で働いていた。
 派遣社員として、あちこちの会社で勤めた経験がある。
 その中で、新入社員の受け入れに関わったこともあった。
 備品を揃えたり、社内での各種運用ルールを説明したり、といったことだ。
 たとえば、冷蔵庫を使う際の注意事項だとか。
 みんなで共有している物も少なくないため、各々おのおのが好きにすることはできない。
 
「しかし……彼は、こういう服は、嫌がるのではないでしょうか?」
 
 グレイが、しかつめらしい顔を、ますます難しくする。
 元がつくとはいえ、王子様は王子様として振る舞うのではないか。
 当然の心配だ。
 なにしろ、ユージーンは「ただのユージーン」であったことなど、1度もないのだから。
 
 口調も態度も、なんら変わらないのではないか、との懸念は、レティシアも持っている。
 さりとて、甘やかしは厳禁なのだ。
 
「嫌なら王宮に戻れって、言うだけだね。最初は、薪割りからって、お祖父さまが言ってたし。外仕事をするのに、タキシードもないでしょ」
「そうですね。動きにくいと仕事になりませんもの」
 
 サリーも表情を崩さず、うなずいた。
 はっきり言って、ユージーンは誰からも「歓迎」はされていない。
 文句があるなら帰れ、と言えるのだ。
 
「イジメはダメだけどさ。信頼は自分で勝ち取るべきなんだよ」
「いじめ……というのは、してはならないことなのですね?」
 
 グレイに、うなずいてみせる。
 一応、働きに来ると言っているのだし、父も認めた話だった。
 仕事上、厳しくするのはともかく、パワーハラスメントはNGだ。
 
「イジメっていうのは、故意に虐げたり、仲間外れにしたりすることでね。わざと、居づらくさせて追い出そう、なんていうのはナシってコト」
「……そうなのですか」
 
 グレイが、少し釈然としない表情を浮かべる。
 気持ちは、わからなくもなかった。
 レティシアだって、できれば、早々に去ってほしいと思っている。
 ただ、父が宰相を辞められるかどうかは、ユージーンの「出来」次第なのだ。
 
「追い出したくなるっていうのは、わかる。でもさ、それやっちゃうと、ウチが酷い職……勤め口みたいになるじゃん?」
「当家の評判にも関わる、ということですね」
「まぁね。相手がどうあれ、こっちは正しい姿勢でいなきゃって思うんだよ。自分から出て行ったっていうのと、出て行かせたっていうのは、違うからね」
 
 2人が納得したように、うなずいた。
 それに、とレティシアは付け加える。
 
「お父さまの面目も、潰すわけにはいかないからさ」
 
 こちらが手を上げて降参してしまえば、ほかの貴族たちから、どう言われるか、わからない。
 レティシアは貴族と関わっていないので、何を言われようがかまわないが、父は王宮勤めなのだ。
 肩身の狭い思いはさせたくなかった。
 
(お父さまは、気にしなくていいって言うと思うけど。そうもいかないよね。もう決まっちゃったことなんだから)
 
 レティシアは、室内を見渡す。
 ここが、ユージーンの住まいになる部屋なのだ。
 現代日本で、レティシアが暮らしていた部屋よりも広い。
 とはいえ、今のレティシアの部屋よりは格段に狭かった。
 王宮で過ごしていたユージーンの部屋より、もっと狭いに違いない。
 
(でも、社宅としては十分だよなぁ。家賃もいらないし……)
 
 天蓋はついていないが、セミダブルクラスの広々としたベッド。
 横にはチェストがひとつと、その上に置き型のシェードランプ。
 いわゆる「ランタン」と呼ばれる物に近い形をしている。
 が、中の蝋燭に火をともすのにマッチは使わない。
 おそらく、この世界独自の技術なのだろう。
 下のほうについている小さな出っ張りを押したり引いたりすることで、いたり消えたりするのだ。
 レティシアの部屋にもある物で、魔術なしでも使えている。
 
 壁際に大きなクローゼットに横長チェスト、書き物机と背もたれ付きのイス。
 そのほかに、室内には、小さい丸テーブルと丸イスがあった。
 部屋自体が広いので、ほかに置きたい物があれば置ける。
 もちろん、王宮の物を、たくさん持って来られても困るのだけれど。
 
 グレイは、クローゼットの扉を開いて、中を見ていた。
 そこから、吊り下げられている民服を、ユージーンが嫌がるのでは、という話になったのだ。
 確かに、いつもユージーンが着ている服から考えれば、簡素には違いない。
 ゴージャス感など、まったくなかった。
 
(動き易さと、汚しても大丈夫ってトコが大事だよね、制服みたいなもんだし!)
 
 クローゼットには、似たようなものが何着かと、それに合わせた靴が何足か。
 細々とした生活用品は、横長チェストにおさまっている。
 
 隣に小さい部屋が、もうひとつ。
 洗面所に近い造りで、水が出せるようになっていた。
 この世界では、いくつか生活様式が違う。
 水で顔や手を洗うことは、あまりないのだ。
 
 顔用、手足を含む体用の洗液あらいえきを、用途に合わせ、専用の布に染み込ませて使う。
 洗う、というより、拭くといった習慣だった。
 湯船に浸かってのんびり寛ぐのは、貴族でも上級以上。
 風呂は贅沢品なのだ。
 それでも、ローエルハイド公爵家では、夜は交代制で湯に浸かれる。
 
(ここに来て、1番、驚いたのは、やっぱりアレだよね……今は、なんとも思わないけどさ。そのほうが楽だし)
 
 なんと、この世界には「トイレ」というものが存在しない。
 アイドルが「トイレに行かない」のとは違い、本当に、トイレを必要とする生理的現象自体が、存在していなかった。
 なので、そもそも「トイレ」との概念がないのだ。
 レティシア自身、最初は気づかなかったぐらい、もよおさない。
 もよおさなければ、トイレに行くことなんて考えないし。

(体質が違うんだろうなぁ。でも、お腹が痛くなることはあるって言うし……謎過ぎる……時間ができたら、医療関係の本でも読んでみようかな……)
 
 グレイ曰く「勤め人の部屋で水を扱えるのは、めずらしいのです」とのこと。
 祖父の造った魔術道具をふんだんに使った公爵家の屋敷は、ほかの貴族屋敷とは異なる設備が整っているらしい。
 自然に明かりが灯る街灯や交代制とはいえ風呂などがあるのは、貴族多しと言えど、この屋敷だけだろう。
 
(やっぱり、お祖父さまって、すごいよね……素敵過ぎる……)
 
 中庭での、膝抱っこを思い出し、ふわん…と、なりかける。
 
「お戻りください、レティシア様」
 
 最近、心の声すら聞こえるようになってきたようだ。
 グレイが、光速でカウンターを入れてきた。
 そうだ、と思い返す。
 今は、祖父にウットリ心の旅、に出かけている時ではない。
 
「環境は整ったと思うのですが、我々の心構えというのは?」
「イジメをしない、ということで、よろしいのですか?」
 
 グレイとサリーに聞かれる。
 レティシアは、頭にユージーンを思い浮かべた。
 むうっと顔が、しかめ面になる。
 
「イジメはNGだけど、ナメられてもダメ! あ、ナメるっていうのは、侮られるって意味だよ。とくにグレイ!」
 
 キリッとしたレティシアの視線に、グレイが背筋を伸ばした。
 サリーは、さもありなん、といった顔をしている。
 
「グレイはウチの執事で、みんなのまとめ役なんだからね! 押し負けないように、踏ん張ってね!」
「かしこまりました!」
 
 執事として、グレイは有能なのだ。
 押し負けさえしなければ、ユージーンに対抗できるに違いない。
 ちらっと、サリーに視線を向ける。
 
(サリーは負けないね。何かあったら、ホウキでぶつくらいのことはする)
 
 場合によっては、そのくらいなら許してもいいのではないか、と思った。
 なにしろ相手は、あの「元王子様」なのだから。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。 絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。 王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。 最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。 私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。 えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない? 私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。 というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。 小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。 pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。 【改稿版について】   コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。  ですが……改稿する必要はなかったようです。   おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。  なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。  小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。  よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。   ※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。 ・一人目(ヒロイン) ✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前) ◯リアーナ・ニクラス(変更後) ・二人目(鍛冶屋) ✕デリー(変更前) ◯ドミニク(変更後) ・三人目(お針子) ✕ゲレ(変更前) ◯ゲルダ(変更後) ※下記二人の一人称を変更 へーウィットの一人称→✕僕◯俺 アルドリックの一人称→✕私◯僕 ※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

処理中です...