203 / 304
最終章 黒い羽と青のそら
ご到着日和 3
しおりを挟む「久しぶりだな、レティシア」
「この前、顔合わせで会ったばっかりじゃん」
ザカリーのため、この屋敷を訪れたのは、ひと月も前のことだ。
ユージーンからすれば、久しぶりだと感じる。
なにしろ、レティシアと1ヶ月も会えずにいたのだから。
「ザカリーは、あれから何度か来ているだろ? だが、俺は準備に忙しくてな。同行することができなかったのだ」
「ザカリーくんも大人なんだし、あなたが、いちいち同行することないでしょ」
「何を言う。ザカリーは歳こそ大人だが、まだまだ頼りないところがある。俺が、導いてやらねばならん」
絶対に迷子になりますから、とのレティシアの言葉は、ユージーンの耳には入らなかった。
玄関ホールには、屋敷の者が、全員、集まっている。
最初に来た際は改装中で、誰もユージーンに見向きもしなかった。
この間は、執事とメイドだけ。
(俺が勤めに来たのを、歓待しているのだな。良い心がけだ)
などと、少し良い気分になっている。
ユージーンは、己を中心に物事を考える性分だった。
前向きに捉えられるのは良いことだ。
けれど、悪い部分として、自分の都合で、状況をわかったつもりになるところがある。
「じゃあ、その……まずは、ウチのみんなを紹介するね」
「紹介などいらんぞ。皆のことは知っている」
「なんで、知ってるの?」
きょとんとしているレティシアに、ユージーンは当たり前に言った。
「お前のことを、念入りに調べ上げたからだ」
とたん、悲鳴が上がる。
今度は、ユージーンが、きょとんとなった。
なんの悲鳴か、理解できなかったからだ。
悲鳴に気を取られ、レティシアの顔が引き攣っているのにも気づかない。
(そうか……皆、紹介されるのを、楽しみにしていたのだな。そういう機会は滅多にない。悲嘆にくれることもあろう)
と、また自分都合で良いほうに考える。
ユージーンは真面目だが、世間知らずなのだ。
そして、外見だろうと、中身だろうと、周りが自分をどう見るかなど、気にも留めない。
もとより、人を気にする習慣がなかった。
レティシアの反応を気にするのは、特例中の特例。
好きな女性だからこそ、気にしているだけだ。
「しかし、念のため、紹介してもらおう」
「あ……うん……」
心なし、レティシアとの距離が、さっきより遠くなっている気がする。
とはいえ、紹介のため屋敷の者の近くに寄ったのだろう、と解釈した。
「じゃあ……こっちから。庭仕事をしてくれてるガド。で、外仕事をしてくれてるトニー、ヒュー、ヴィンス。メイドのチャーリー、アリシア、マリエッタ、マギーね。で、料理人のラリー、パット、テオ、それにジョーは知ってるよね。この端の人が、料理長のマルク」
列の端っこに、赤毛で大柄な男が仏頂面をして立っている。
料理長との言葉に、たちまちユージーンは反応した。
「この間の魚料理を作った者か! あれは、本当に美味かった!」
王宮では味わえない料理に、ユージーンは、いたく感服している。
そのまま、王宮に連れて帰りたいくらいだったのだ。
「お前のために作ったわけじゃねぇぞ」
料理長が、不機嫌に言う。
周囲は緊張感につつまれているが、ユージーンには関係がない。
人の反応を気にするほど、繊細な神経の持ち合わせはなかった。
「俺のためであろうとなかろうと、美味いものは美味かろう? 王宮料理人も、お前を見習って、腕を磨くべきであろうな。まったく、あいつらときたら、同じ料理しか出さんのだから、怠慢としか言いようがない!」
ユージーンは、本気でそう思っている。
いずれ王宮の料理人も、腕を磨く気がない者は馘首にしようと考えていた。
王太子だった頃の経験から、主に王宮料理を食べなければならないザカリーが、不憫に思えるからだ。
「え、えーと……マルクの腕をかってくれてるのは嬉しいよ」
うむ、とユージーンは鷹揚にうなずく。
というように、我が道を行くユージーンに、嫌味など通じない。
「最後に、メイド長のサリー、それから執事のグレイ」
この2人は、とくにレティシアと仲がいいらしかった。
いつも一緒にいる、と報告書に書かれてあったのを覚えている。
だからこそ、エッテルハイムの城の際、即移に巻き込まれたのだろう。
その時、ユージーンは、レティシアに花瓶で殴られ、昏倒していた。
だから、2人が地下室で、どんな目に合っていたのかを、知らずにいる。
ユージーンの中では、すでに終わったことにもなっていた。
当然、2人の厳しい視線も、まるで気にならない。
「てゆーか……荷物は、どうしたの? あとから届くのかな?」
「荷物? どういう荷物だ?」
「や……あなたの荷物だよ」
「そのようなものはない」
レティシアが、目を、ぱちくりさせる。
なんとも愛らしい、と明後日の方向に、ユージーンの思考は向いていた。
「ないの? なんにも?」
「なぜ荷物が必要か? 屋敷勤めでは衣食住は、主が施すのだろ? ならば、何もいらんではないか」
ユージーンは、まだ勤め人として働いたことがない。
そのせいで、報告書から得た知識だけで動いている。
王宮には王族用の服しかなかったので、今は、濃紺のフロックコート、白いシルクのシャツにズボンという姿。
堅苦しいが、これが最も軽装だったのだ。
「む。そうか」
「なに? 忘れもの?」
「違う。サハシーで着ていた服があれば、と思ったのだ」
「そういえば、あの時は、もっと大人しめな……」
サハシーには、お忍びで逗留していた。
服も、上流貴族並みのものを着ている。
民服よりは高級だとしても、王宮でユージーンが身につけていたものより、遥かに質は悪かった。
「あれ、持ってくれば良かったじゃん」
「もう、ない。おそらくサハシーに置いてきたのであろうな」
「えー! もったいない! 王族だからって、そんな使い捨てみたいなさー」
「そうではない! そこの黒縁が禄でもないことをしたせいで、俺は、急ぎ王都に戻らねばならなくなったのだ!」
「あ…………」
そう、審議に駆り出されたせいで、服どころではなかったのだ。
ユージーンだって、本当には「記念」に持ち帰ろうと思っていたのに。
「え、えーと! ふ、服は、ちゃんと用意してあるからさ。後で着替えればいいんだし、気にしなくていいんじゃないかなー」
「そうか。ならば、良い」
サハシーに置いてきた服は惜しいが、過ぎたことだと諦める。
服が用意されているのであれば、問題はない。
そこで、ふと、ユージーンは気づく。
気づかなくてもいいのに。
「菓子職人というのは、料理人の扱いではないのか」
「へ? なんで?」
「そうでなければ、並びがおかしかろう」
ずらりと並んだ屋敷の者の名と、報告書に書かれていた情報を、頭の中で素早く突き合わせた。
ユージーンは、頭はいいのだ。
要、不要にかかわらず、1度、入れた情報は、いつでも取り出せる。
取り出さなくてもいい時にまで。
「もしジョーが料理人という扱いであれば、テオとパットの間に並ばねば、歳の順にならん」
またも悲鳴が上がった。
いちいち騒がしい屋敷だ、と思う。
騒いでいる理由も、わからずにいた。
「レティシア様、紹介は済みましたし、みんなを下がらせてもよろしいでしょうか?」
「そ、そうだね。みんなも仕事があるしね」
執事が、持ち場に戻るように指示を出していた。
あっという間に、玄関ホールは4人だけになる。
少し寂しい雰囲気だが、静かになったのは良いことだ。
ようやく落ち着ける。
(あれほど急いで仕事に戻るとは……ここの者たちは働き者ばかりなのだな。感心なことだ)
まさか自分に怯えて逃げ去った、とは思いもしない。
とことん己の目線で、物事を判断する。
それが、元王太子、ユージーンなのである。
0
あなたにおすすめの小説
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~
百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!?
男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!?
※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる