理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

どうにもこうにも 1

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 今朝も、ユージーンは、元気に薪割りに出かけて行った。
 あの「血まみれ」事件の夜、帰ってきた祖父に、こんこんと説教をされたのが、少しは効いているらしい。
 夕方になったら、仕事は切り上げる。
 なぜそうしなければならないか、ということを納得させるために、ずいぶんと祖父は、時間を費やしたようだ。
 あれから3日が経っている。
 
「仕事熱心なのは、いいことのはずなんだけどなぁ」
 
 レティシアは、溜め息ついた。
 朝食後、小ホールに祖父、グレイ、サリーとともに来ている。
 小ホールのほうなので、グレイとサリーは足置きに座っていた。
 休憩室ではイス、小ホールでは足置きというのが、習慣になっている。
 
「彼は、自分のやりたいことしか、見えていない。目的があるのは、悪いことではないがね。極端に過ぎるのだよ」
 
 その通りなのだ。
 レティシアは、つくづく「中庸」の尊さを感じる。
 
 何事も、ほどほどが1番。
 
 頑張らないのも駄目だが、頑張り過ぎるのも駄目、ということ。
 ユージーンは、周りと足並みを揃えることができない。
 そういう感覚がないのだろう。
 だから、祖父の言うように、自分のやりたいことに、まっしぐら。
 猫に猫缶状態。
 
「夕方には帰って来るようになったのですが、まだ、あちこちで、悲鳴があがっています」
 
 グレイの報告に、レティシアは肩を落とす。
 ユージーンは、本当に、ほどというものを知らない。
 そして、仕事には「繋がり」があることも、わかっていない。
 厨房から、薪を持って来いと言われたら、じゃんじゃん運んで、厨房を薪だらけにしてしまう始末なのだ。
 それで、マルクにどやされると「何がいけなかったか」を、追及しはじめる。
 原因を理解し、同じ失敗をしないようにするのは、悪いことではない。
 
 そう、ユージーンには、そういうところがあった。
 
 あながち「悪い」と言い切れないので、説明が難しいのだ。
 単に間違えたり、してはいけないことをしたりしたのなら、簡単に叱れる。
 が、そうではなかった。
 薪を運べと言われたから運んだ、と言われれば、確かに間違いではない。
 ただ、言われたからと言って、厨房を薪だらけにしてもいい、ということにもならないのだ。
 
「加減というものを、知らなさ過ぎるのですわ」
 
 サリーが、呆れたように言う。
 ユージーンは「だいたい」とか「およそ」とかが、わからないのだろう。
 足並みを揃える癖がないので、しかたがないのかもしれないけれど。
 
「わからないままでも、なんとなく、そういうものだろうで、すませることもあるわけですが……」
「あ~……あの人には、それ、ないね」
「そうなのです。わからないままにしておけないんですよ、奴は……」
「相変わらず、捕まってんの?」
 
 グレイが、うなだれるようにして、うなずいた。
 やはり、グレイを助けるのは無理、だと思う。
 
「レティシア様に、お教えするのとは違って、飲み込ませるのが、困難極まりなく……私まで、どこに向かっているのか、わからなくなります……」
 
 レティシアも、この世界に来た時、グレイやサリーに、あれこれと聞いていた。
 今も勉強の際には、聞くことも多い。
 とはいえ「この世界では、そうなんだな」と、納得することも少なくなかった。
 たとえば、魔術が存在していることや、体質のこととかが、それだ。
 そんな「あいうえお」の「あ」は、なぜ「あ」なのか、というようなことを聞かれても、グレイだって困るだろう。
 
「私も、彼にばかり、かまってはいられないのでね。大変だろうが、頼んだよ、グレイ」
 
 祖父の言葉に、グレイが、衝撃を隠しきれない、といった顔をする。
 サリーには、すでに見捨てられており、最も影響力のある祖父からも見捨てられた、と感じたのかもしれない。
 まさに「がーん」といった感じ。
 
(わかる……誰だって逃げたくなるって、あれは……うん、お祖父さまは、正しい……私も、できれば逃げたいもん……)
 
 今日は、ユージーン初の「昼当番」なのだ。
 どうなることか、今から心配している。
 割り当てですら、大揉めに揉めたらしい。
 
 仕事の関係で、基本的には男性と女性の組み合わせ。
 が、男性陣のほうが多いため、男性同士になることもあった。
 つまり、どうしたって男性陣が「割を食う」ことになる。
 女性陣は、当然、知らん顔だ。
 誰も身代わりになろうなんてしない。
 この屋敷では仲間意識が強く、統制も取れているのだが、ユージーンのことに関してだけは、身内争いが勃発。
 
「悪い人じゃないんだけどさぁ……」
 
 面倒くさいんだよね、と言おうとした時だ。
 祖父が、表情を変えた。
 すくっと、立ち上がる。
 
「どうしたの?」
「お客が来たようだ」
 
 グレイとサリーが立ち上がった。
 レティシアも、一緒に行こうと立ち上がる。
 
「お前は、ここで、グレイやサリーと話していてかまわないよ。たまには、私が、相手をして来よう。とくに、グレイは疲れているだろうからね」
 
 手で3人を制し、祖父は笑って、そう言った。
 それから、小ホールを出て行く。
 その背中が、ちょっぴり気になった。
 いつも通りといった様子でも、レティシアには、わかるのだ。
 祖父の周りの空気が、ピリついている時は。
 
「やっぱり、ちょっと行って来る!」
 
 すたっと立ち上がり、祖父の後を追う。
 後ろから2人もついてくるのが、わかった。
 追いついた時には、すでに玄関ホールの扉は開かれていた。
 外に出る祖父の姿が見える。
 
(お祖父さま、外に出てる……絶対、変なお客だ!)
 
 そうでなければ、祖父は外に出たりはしない。
 扉を開けたまま、話すはずだ。
 レティシアが、ザカリーと話した時のように。
 
(おかしな客……危ない人なのかな……ついてくと迷惑かけるかも……だけど)
 
 やはり、どんな客か、気になる。
 レティシアは、祖父がいるのだから大丈夫だろうと、祖父について外に出た。
 そこは、甘えているのだ。
 
「おや? 友軍が来たね」
 
 にっこりされて、少し苦笑い。
 そのレティシアの肩を、祖父が抱く。
 後ろの2人は、扉の向こうで控えていた。
 
「それで?」
 
 祖父は穏やかに、けれど、とてもそっけなく相手に声をかける。
 目の前に立っているのは、小柄な女性だった。
 肩までの透けるような金髪に、緑の瞳。
 レティシアより、少し背は低いが、全体的に、ふっくらとした女性らしい体つきをしている。
 ローブを着ていても、それはわかった。
 
(ん? ローブ……ってことは……)
 
「私はアリアと申します。王宮魔術師にございます」
 
 王宮魔術師との言葉に、レティシアは祖父を見上げる。
 祖父の知り合いでなければ、危ない相手かもしれないからだ。
 サイラスのこともあり、王宮魔術師には、良い印象がない。
 
「彼に、会いに来たのかね?」
 
 アリアに問う祖父の言葉に、あ!と思う。
 ユージーンが「あんな」調子なので、忘れていた。
 彼は、元王太子で、王宮魔術師との関係が深い。
 
「ユージーン殿下の警護にまいりました」
 
 レティシアは、首をかしげる。
 そんな話は、聞いていなかった。
 だいたいユージーンは、祖父の治癒すら拒んだと聞いている。
 特別扱いが嫌いなのだ。
 そんなユージーンが「警護」を要請したとは、とても思えない。
 
「歓迎されないのではないかな?」
 
 レティシアも、心の中で、うなずく。
 勤め人として薪割りに励んでいる最中さなか、警護がやって来た、なんて言えば、ユージーンが怒るのは、目に見えていた。
 そもそも望まれてもいないのに、勝手にやって来たりするものなのだろうか。
 
(でもなぁ……この世界、勝手に来ちゃう人、多いから……)
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