理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

お祖父さまとお出かけ 3

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 ユージーンは、久しぶりに王都の街にいる。
 レティシアを間に挟み、反対側を大公が歩いていた。
 
(大公の労力だと? そのようなもの……命まで取られかねんではないか)
 
 この策の提案者は、自分だ。
 だから、金くらい、いくらでも払ってやる、と言いたいところだが、現状、ユージーンは、ほぼ無一物。
 まだ初給金も貰っていないし、王宮に取りに戻ることもできない。
 加えて、大公の労力など、どのくらいの金額になるのか、想像もできなかった。
 本気で命の心配をしつつ、ユージーンは周りを見回す。

 王都は、城塞の街として造られていた。
 王宮を中心に、放射状の街路が伸びている。
 屋敷からは馬車で来たが、手前で降り、街まで歩いてきた。
 王宮との距離が遠くなるに従い、民の領域となるのだ。
 
 もちろん、街に馬車で乗り入れる貴族も少なくない。
 はっきり言って、王太子であった頃のユージーンも、そうだった。
 それが誰かの「邪魔」になるなどと、考えたことがなかったからだ。
 さっきレティシアに嫌な顔をされ、初めて知った。
 街中まちなかは、道沿いに店が出ていることも多いから、なのだとか。
 
 レティシアは、いつも街に買い出しに出ている、アリシアやテオから情報を仕入れていたようだ。
 人に言うだけのことはある。
 知らないことは調べてから、と湖でレティシアは言っていた。
 
「せっかく街に来たのになー、残念だなー」
 
 レティシアが、きょろきょろしながら、そんな言葉をつぶやく。
 こうして並ぶと、レティシアが小柄なのを、今さらに感じた。
 
「なにが残念なのかな?」
「なにが……」
 
 大公と、言葉が重なってしまい、しかたなく口を閉じる。
 湖の際にも思ったことだが、2人きりで出かけたかった。
 そうすれば、よけいな口を挟まれずにすむ。
 
「お祖父さまと、手が繋げないことだよ」
「散歩の時は、いつも繋いでいるからね」
 
 むむうと、ユージーンは顔をしかめた。
 2人の仲の良さは知っている。
 家族だからだとも、わかっている。
 それでも、どうしたって気に入らないものは、気に入らないのだ。
 
「今日のお祖父さまは、護衛騎士だから、手を繋ぐのは不自然だもんね」
 
 レティシアが、本気で残念そうに言う。
 ユージーンは、軽く咳払いをした。
 
「ならば、俺が、繋いでやろう」
「え? ヤだ」
 
 即答に、かなりの衝撃を食らう。
 が、自分と手を繋ぐのが嫌だ、ということではないかもしれない。
 ほかに理由があるかもしれないではないか。
 心を立て直し、レティシアに聞いてみる。
 聞かないほうがいいのに。
 
「では、グレイであればどうか?」
「グレイ? うーん……」
 
 レティシアは、少し悩んでいる様子。
 ホッとしかかるユージーンに、ひと言。
 
「サリーが右手、グレイが左手なら、いいよ」
 
 どういうことだ?と、少し混乱した。
 さりとて、男性とだけ手を繋ぐのははばかられる、ということなのだろうと、すぐに納得する。
 
「では、右手にサリー、左手で俺……」
「繋がないよ?」
「で、では……右手にアリシア、左手にテオ……」
「繋ぐ」
「右手にアリシア、左手でお……」
「繋がない」
 
 まだ最後まで言っていない。
 
 この話の流れからすると、結論はひとつ。
 それしか考えられなかった。
 
「なぜだっ? 理由を言え! それは差別ではないのかっ?」
「ぇえ~……だってさぁ……ユージーンの手、にゅるってなる気が、するんだもん……」
「にゅる……?」
 
 ユージーンは、自分の手を見てみる。
 にゅる、というのは汗で滑るといったような意味合いだと推測できた。
 けれど、時期的に、もう暑くはないし、むしろ涼しいくらいだ。
 歩いているだけで、汗なんてかいたりはしない。
 
 以前エッテルハイムの城で、レティシアに「不潔」だと言われたことがある。
 とはいえ、あれは確か「好色家」という意味の悪態だったはずだ。
 
(……もしや……あれだけは違っていたということか……)
 
 不衛生という意味で「不潔」だと言われたのだったとしたら。
 
 考えただけで、眩暈がした。
 生まれてこのかた、不衛生などとは、言われたことがない。
 
 世の中には、芳しき「匂い」と、そうではない「臭い」とがある。
 貴族は、たいてい「匂い」にこだわり、香水を好んでつける傾向があった。
 が、ユージーンは、自分にそんなものが必要だと感じたことはない。
 ユージーンの着替えを役割としていた侍従にだって「つけたほうがいい」と言われたことはなかったし。
 
「そ、それほどであったとは……」
 
 レティシアに、手も繋ぎたくないと思われるくらい「不潔」だったのか。
 思えば、侍従は、王太子である自分に言えなかっただけかもしれないのだ。
 
「ユージーンは平気でもさ。私にとっては、それほどだったんだよ」
 
 今日の任務のことも忘れ、ぶっ倒れてしまいそうになる。
 いや、今すぐ屋敷に戻って、湯に浸かりたい。
 体の隅から隅まで、洗い倒したい。
 
 思うユージーンの耳が、ぷっという笑い声に反応した。
 大公が、吹き出している。
 恥ずかしくて、いたたまれない気分になった。
 
「お祖父さまぁ、笑わないで~……ホント、あの時の感触を、思い出すだけで……うう~……っ……」
「感触……?」
 
 聞き返したとたん、レティシアが、じろっとユージーンを睨む。
 黒眼ではないが、それでも愛らしく感じられた。
 
「薪割りの初日だよ! 私、あなたの手を掴んだじゃん! その時、にゅるって……にゅるって、したんだよおっ!」
 
 そう言えば、と思い出す。
 あの時、レティシアは、自らユージーンの手を掴んだ、ような気がした。
 薪割りに夢中だったので、よく覚えていない。
 気づいたらレティシアの手が血まみれで、動揺したことは記憶にあるけれども。
 
「見てよ、これ!」
「どうしたのだ、これは! 羽をむしられた鳥のようではないか!」
 
 レティシアが、袖をまくっている。
 むき出しになった白い腕に、大量のポツポツが浮いていた。
 
「だから、鳥肌って言うんじゃんか! あれを思い出しただけで、これだよ!」
「い、痛むのか?」
「痛くないけど、ゾッとする!」
 
 がーん。
 ゾッとする、という言葉が、頭の中で木霊する。
 
(ならば、俺は一生、これレティシアと、手を繋げぬではないか……ゾッと……)
 
 意気消沈も、はなはだしかった。
 嫌われてはいないものの、これでは、好きにさせるなんて、不可能に思える。
 
「ユージーン、手の皮がべろんってなってるしさ、血塗れだしさ、私まで血塗れになるしさ……トラウマだよ、もう……」
 
 わからない言葉が出てきたが、聞き返す気力もない。
 ユージーンの頭の中は「一生レティシアと手を繋げない」ことでいっぱいだ。
 
「その恐怖で、心に傷を負った、ということかい?」
「そうだよ、お祖父さま。その傷が癒えるまで、ユージーンと手は繋げないね」
 
 レティシアの言葉に、ハッとした。
 ユージーンは、基本的に前向きで、物事を良いほうに捉える。
 
(心の傷が癒えるまで、待てばよいのか)
 
 心が上向いてきたユージーンに、レティシアが、さらに後押しをしてくれた。
 
「だから、これは差別じゃないの、いい? しばらくは無理ってこと」
「そうか。ならば、よい」
 
 しばらくというのが、どれくらいの期間なのかはわからない。
 それでも「一生」でないのも確かなのだ。
 いずれ、レティシアと手を繋いで歩くこともできる。
 ほんの少しの希望があれば、ユージーンは前を向けるのだ、いつだって。
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