理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
223 / 304
最終章 黒い羽と青のそら

お祖父さまとお出かけ 3

しおりを挟む
 ユージーンは、久しぶりに王都の街にいる。
 レティシアを間に挟み、反対側を大公が歩いていた。
 
(大公の労力だと? そのようなもの……命まで取られかねんではないか)
 
 この策の提案者は、自分だ。
 だから、金くらい、いくらでも払ってやる、と言いたいところだが、現状、ユージーンは、ほぼ無一物。
 まだ初給金も貰っていないし、王宮に取りに戻ることもできない。
 加えて、大公の労力など、どのくらいの金額になるのか、想像もできなかった。
 本気で命の心配をしつつ、ユージーンは周りを見回す。

 王都は、城塞の街として造られていた。
 王宮を中心に、放射状の街路が伸びている。
 屋敷からは馬車で来たが、手前で降り、街まで歩いてきた。
 王宮との距離が遠くなるに従い、民の領域となるのだ。
 
 もちろん、街に馬車で乗り入れる貴族も少なくない。
 はっきり言って、王太子であった頃のユージーンも、そうだった。
 それが誰かの「邪魔」になるなどと、考えたことがなかったからだ。
 さっきレティシアに嫌な顔をされ、初めて知った。
 街中まちなかは、道沿いに店が出ていることも多いから、なのだとか。
 
 レティシアは、いつも街に買い出しに出ている、アリシアやテオから情報を仕入れていたようだ。
 人に言うだけのことはある。
 知らないことは調べてから、と湖でレティシアは言っていた。
 
「せっかく街に来たのになー、残念だなー」
 
 レティシアが、きょろきょろしながら、そんな言葉をつぶやく。
 こうして並ぶと、レティシアが小柄なのを、今さらに感じた。
 
「なにが残念なのかな?」
「なにが……」
 
 大公と、言葉が重なってしまい、しかたなく口を閉じる。
 湖の際にも思ったことだが、2人きりで出かけたかった。
 そうすれば、よけいな口を挟まれずにすむ。
 
「お祖父さまと、手が繋げないことだよ」
「散歩の時は、いつも繋いでいるからね」
 
 むむうと、ユージーンは顔をしかめた。
 2人の仲の良さは知っている。
 家族だからだとも、わかっている。
 それでも、どうしたって気に入らないものは、気に入らないのだ。
 
「今日のお祖父さまは、護衛騎士だから、手を繋ぐのは不自然だもんね」
 
 レティシアが、本気で残念そうに言う。
 ユージーンは、軽く咳払いをした。
 
「ならば、俺が、繋いでやろう」
「え? ヤだ」
 
 即答に、かなりの衝撃を食らう。
 が、自分と手を繋ぐのが嫌だ、ということではないかもしれない。
 ほかに理由があるかもしれないではないか。
 心を立て直し、レティシアに聞いてみる。
 聞かないほうがいいのに。
 
「では、グレイであればどうか?」
「グレイ? うーん……」
 
 レティシアは、少し悩んでいる様子。
 ホッとしかかるユージーンに、ひと言。
 
「サリーが右手、グレイが左手なら、いいよ」
 
 どういうことだ?と、少し混乱した。
 さりとて、男性とだけ手を繋ぐのははばかられる、ということなのだろうと、すぐに納得する。
 
「では、右手にサリー、左手で俺……」
「繋がないよ?」
「で、では……右手にアリシア、左手にテオ……」
「繋ぐ」
「右手にアリシア、左手でお……」
「繋がない」
 
 まだ最後まで言っていない。
 
 この話の流れからすると、結論はひとつ。
 それしか考えられなかった。
 
「なぜだっ? 理由を言え! それは差別ではないのかっ?」
「ぇえ~……だってさぁ……ユージーンの手、にゅるってなる気が、するんだもん……」
「にゅる……?」
 
 ユージーンは、自分の手を見てみる。
 にゅる、というのは汗で滑るといったような意味合いだと推測できた。
 けれど、時期的に、もう暑くはないし、むしろ涼しいくらいだ。
 歩いているだけで、汗なんてかいたりはしない。
 
 以前エッテルハイムの城で、レティシアに「不潔」だと言われたことがある。
 とはいえ、あれは確か「好色家」という意味の悪態だったはずだ。
 
(……もしや……あれだけは違っていたということか……)
 
 不衛生という意味で「不潔」だと言われたのだったとしたら。
 
 考えただけで、眩暈がした。
 生まれてこのかた、不衛生などとは、言われたことがない。
 
 世の中には、芳しき「匂い」と、そうではない「臭い」とがある。
 貴族は、たいてい「匂い」にこだわり、香水を好んでつける傾向があった。
 が、ユージーンは、自分にそんなものが必要だと感じたことはない。
 ユージーンの着替えを役割としていた侍従にだって「つけたほうがいい」と言われたことはなかったし。
 
「そ、それほどであったとは……」
 
 レティシアに、手も繋ぎたくないと思われるくらい「不潔」だったのか。
 思えば、侍従は、王太子である自分に言えなかっただけかもしれないのだ。
 
「ユージーンは平気でもさ。私にとっては、それほどだったんだよ」
 
 今日の任務のことも忘れ、ぶっ倒れてしまいそうになる。
 いや、今すぐ屋敷に戻って、湯に浸かりたい。
 体の隅から隅まで、洗い倒したい。
 
 思うユージーンの耳が、ぷっという笑い声に反応した。
 大公が、吹き出している。
 恥ずかしくて、いたたまれない気分になった。
 
「お祖父さまぁ、笑わないで~……ホント、あの時の感触を、思い出すだけで……うう~……っ……」
「感触……?」
 
 聞き返したとたん、レティシアが、じろっとユージーンを睨む。
 黒眼ではないが、それでも愛らしく感じられた。
 
「薪割りの初日だよ! 私、あなたの手を掴んだじゃん! その時、にゅるって……にゅるって、したんだよおっ!」
 
 そう言えば、と思い出す。
 あの時、レティシアは、自らユージーンの手を掴んだ、ような気がした。
 薪割りに夢中だったので、よく覚えていない。
 気づいたらレティシアの手が血まみれで、動揺したことは記憶にあるけれども。
 
「見てよ、これ!」
「どうしたのだ、これは! 羽をむしられた鳥のようではないか!」
 
 レティシアが、袖をまくっている。
 むき出しになった白い腕に、大量のポツポツが浮いていた。
 
「だから、鳥肌って言うんじゃんか! あれを思い出しただけで、これだよ!」
「い、痛むのか?」
「痛くないけど、ゾッとする!」
 
 がーん。
 ゾッとする、という言葉が、頭の中で木霊する。
 
(ならば、俺は一生、これレティシアと、手を繋げぬではないか……ゾッと……)
 
 意気消沈も、はなはだしかった。
 嫌われてはいないものの、これでは、好きにさせるなんて、不可能に思える。
 
「ユージーン、手の皮がべろんってなってるしさ、血塗れだしさ、私まで血塗れになるしさ……トラウマだよ、もう……」
 
 わからない言葉が出てきたが、聞き返す気力もない。
 ユージーンの頭の中は「一生レティシアと手を繋げない」ことでいっぱいだ。
 
「その恐怖で、心に傷を負った、ということかい?」
「そうだよ、お祖父さま。その傷が癒えるまで、ユージーンと手は繋げないね」
 
 レティシアの言葉に、ハッとした。
 ユージーンは、基本的に前向きで、物事を良いほうに捉える。
 
(心の傷が癒えるまで、待てばよいのか)
 
 心が上向いてきたユージーンに、レティシアが、さらに後押しをしてくれた。
 
「だから、これは差別じゃないの、いい? しばらくは無理ってこと」
「そうか。ならば、よい」
 
 しばらくというのが、どれくらいの期間なのかはわからない。
 それでも「一生」でないのも確かなのだ。
 いずれ、レティシアと手を繋いで歩くこともできる。
 ほんの少しの希望があれば、ユージーンは前を向けるのだ、いつだって。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。 ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。 ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。 竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。 *魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。 *お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。 *本編は完結しています。  番外編は不定期になります。  次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...