理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

お祖父さまとお出かけ 4

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 石畳というより、煉瓦敷の街路を歩く。
 写真でしか見たことのなかった景色が、目の前に広がっていた。
 
(すっごいなー。ウチも外国風味豊かだけど、街は街で、また違うね)
 
 屋敷は貴族っぽい、というか貴族の屋敷と思える立派な建物だったが、やはり「家」ではある。
 祖父の屋敷も、いわゆるロッジを、豪華にした感じだった。
 
 いろいろな建物が街路を挟んで並んでいる街は、それとは違う印象がある。
 少し遠目には、高い尖塔が、いくつも見えた。
 赤や青をしたカラフルな屋根が続いていて、なんとも言えない趣がある。
 建物自体は、煉瓦でできているため、可愛いけれども重厚感があるのだ。
 
「レティ、お茶にしようか?」
「カフェ?!」
 
 祖父が、にっこりする。
 
 アリシアやテオ、それにパットからも、街について聞いていた。
 広い街路と細い路地がたくさんあり、少し拓けた、広場のような場所も点在しているのだとか。
 そこが、市場と呼ばれているという。
 市場には、カフェもあり、店を構えているところより「お安い」らしい。
 
(喫茶店やレストランより、カフェのほうが、気楽な感じはするもんね。市場っていうのは、露店とか出店みたいなイメージかな)
 
 現代日本では、最近でこそ増えてきたものの、オープンスペースのカフェというのは少なかった。
 店舗に設置された、テラス席というのはあっても、独立したオープンカフェは、まだめずらしかったのだ。
 
「ケーキの美味しい店があるらしくてね。ジョーのお勧めだから、間違いはないのじゃないかな」
 
 祖父が、前もって調べてくれていたことに嬉しくなる。
 これで2人きりで、自分が「囮」でなければ、完全にデートなのだけれど。
 
「大公が、甘いものを好むとは意外だな」
 
 隣で、頓珍漢なことを言う奴がいる。
 祖父は、甘いものが嫌いということはないが、積極的に好むほうでもない。
 ザカリーとは違うのだ。
 
「きみは、女性と食事に出かけたことがないのかね?」
 
 まったくだ、と言いたくなる。
 相手が自分のことを考えてくれている、と思うから嬉しいのではないか。
 行き当たりばったりも悪くはない。
 さりとて、行き先が定まっていなさ過ぎると、疲れることも少なくないのだ。
 
「むろん、いくらでもある。名の知れたレストランで、俺の行っておらぬところはないのだぞ」
 
 ああ、そうですか。
 
 そっけなく、そう思った。
 具体的には知らないし、知りたくもないが、ユージーンの「女性遍歴」は、本人が自慢げに話していたので、知っている。
 それと、今の話を掛け合わせると、ユージーンが、いかに女性に気を遣っていなかったかが、わかるというものだ。
 
(っとに、女性を物扱いなんだからなあ! たぶん、美人を隣に連れて高級レストランに行くっていうのが、たしなみくらいに思ってんだろ!)
 
 王族がどうかはともかく、貴族は体裁を気にする生き物のようだ。
 1人で外食など有り得ないのだろうし、連れているのが美人なら格好もつく。
 要は、彼らの見栄のために、女性は使われている、ということ。
 
「行くだけなら、誰でも行けるのだよ」
「だよね。行くだけならね」
 
 レティシアは、ツーンと、そっぽを向く。
 きっと祖父なら、そこが高級レストランだろうが、カフェだろうが、差が分からなくなるほど、恐ろしくスマートに、エスコートしてくれるに違いない。
 
「どういうことだ? 行くだけなら、とは?」
「ユージーンは、一緒に食事した女の人のコト、考えてなかったでしょ?」
「なぜ考えねばならん? 食事に不満があったとしても、食べてみねば、わからぬことだ」
「違うんだよなぁ。そうじゃなくてさぁ」
 
 祖父のほうを、ちらっと見る。
 ユージーンには、およそ「女心」なんてわかりそうにない。
 どう説明しても「なぜだ?」と言われそうな気がする。
 正直、面倒くさかった。
 
「仮に、いいかね、きみ、あくまでも仮に、だよ? 仮に、きみが振り向かせたいと思う女性がいたとする」
 
 祖父の言葉に、レティシアは、内心、少し笑ってしまう。
 ユージーンに「振り向かせたい女性」などいるはずがない。
 なにしろ彼には、いくらでも相手をしてくれる女性がいる。
 夜会でもモテモテだったのだ。
 あれでは「ナンパ」の腕を磨く必要はないな、と納得したのを覚えている。
 
「その女性の好みが、気にはならないかい?」
「……なる。それは、とことんまで調べ上げて……」
「やめておきたまえ」
 
 ぴしゃりと、祖父がユージーンの言葉を切った。
 レティシアは、そそっと祖父のほうに寄り、ユージーンと距離を取る。
 
(こっわ! ユージーン、こーいうトコ、怖いわ!! ウチから、悲鳴が消えないわけだよ……)
 
 正妃にこだわっていたせいだろうが、レティシアのことも「念入り」に調べ上げたと言っていた。
 この先、仮に、ユージーンに好きな女性ができたとしても、調べ上げたりしようものなら、確実に嫌われるだろう。
 
(知識欲の延長みたいに考えてるっぽいけど……恋愛って、そういうことじゃないじゃん。知識だけあっても、役に立ちませんから!)
 
「では、どうする? そうか。直接、聞けばよいのか」
「それもひとつの手だが、良い結果になるとは限らない」
「調べるのも、聞くのも悪手だというなら、いよいよ手がないではないか」
 
 ユージーンは、片想いなんてしたことがないのだろう。
 相手が自分をどう思っているのか。
 気になるけれど、聞けない。
 そんな心の機微の持ち合わせがあるようには、思えなかった。
 
「きみは、薪割りをガドから教わったのかね?」
「いや、ガドは聞いても教えん。俺は、まだガドと、ひと言も話しておらんのだ」
「それでは、どうやって薪割りを?」
「ガドのやり方を観察し、実践をしている」
 
 仕事に関しては、ものすごくまともだ。
 熱心過ぎるのが玉にきずだが、見習いの寿司職人のごとき言葉には感心する。
 見て真似をし、技を盗む、みたいな。
 
「なぜ、それを女性相手にはしないのかな?」
「必要がない」
 
(これだよ……このギャップ……本当に、自分の興味がないことには、不熱心だよなぁ。もはや、女の人に対して、怠惰過ぎだわ)
 
 思った時、ふつふつっとレティシアの腹の底が、軽く煮えた。
 ユージーンは、女性に興味も関心もないのだ。
 だから、不熱心で、好かれようという努力もしない。
 それは、すなわち。
 
「ユージーンのドすけべ! やらしい! エロ魔人!」
 
 女性との関係は、体のみ。
 肉欲に過ぎないと言っているに等しい。
 
「なぜ、好色だと、悪態をつかれなければならんっ?!」
「やらしいからだよ。あーヤだヤだ」
「まじん、とはなんだっ?」
「四六時中、やらしいことばかり考えてる人の、代名詞みたいなものだね」
「俺は、そのような好色家ではない! 断じて違うぞ!」
 
 ふぅん、とレティシアは冷たく受け流す。
 自分で気づいていないだけなのではないか、と思えたからだ。
 
「ユージーンとは、手を繋がないほうがいいかもしれないなー」
「なぜだ……?」
「ドすけべな人とは、手を繋ぐだけで、赤ちゃんできるって言うからね」
「そ、そのようなこと……ありえるのか……?」
 
 あるはずがない。
 
 が、あえて否定せずにいる。
 ユージーンは、女性に対しての考えを改めるべきなのだ。
 
「それは、私も全力で阻止しなければならないね」
 
 レティシアに微笑みかけてくる祖父を見て、思う。
 祖父は、女性を口説く方法など教えられないと言っていたが、ちゃんと教えられるではないか。
 さっきユージーンにヒントを与えていた。
 ユージーンが受け止め損なっていただけで。
 
「……屋敷に帰ったら、早速にグレイに問いたださねばならん……」
 
 ぽそっと、ユージーンがつぶやく。
 それが聞こえたレティシアは、心の中で「グレイ、ごめん」と謝った。
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