理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

剣の腕前魔術下手 3

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 ユージーンが騎士として、かなりの腕前なのは、わかった。
 けれど、魔術師相手では歯が立たないのも、知っている。
 ユージーンは、ほとんど魔術が使えない。
 しかも、王族なので魔力も小さいのだとか。
 心配になって、レティシアは祖父を見上げた。
 
「ここは人気ひとけがないとはいえ、1本通りを向こうに行けば、大勢の人が行き交っている。街中での魔術が禁止されている理由を知らない、ということはなさそうだがね」
 
 祖父の口調は、落ち着いている。
 声に、レティシアも、ホッとした。
 
 元々、襲われることは想定内。
 だとしても、本当に戦いが始まると、気持ちが揺れる。
 生きている人間同士なのだ。
 なにかあれば、どちらかが命を失うことになる。
 
 いざとなれば、祖父が、ユージーンを助けてはいただろう。
 見殺しにしたりはしない。
 わかっていても、剣がぶつかる音に、冷や冷やした。
 結果は、相手が一方的にやられていたのだけれども。
 
 そして、今度は魔術師だ。
 ただ、騎士との戦いよりは、まだ落ち着いていられる。
 レスターにサイラスと、魔術師とは、何度か、ぶつかっていたからだ。
 サイラスの時と比べると、現れた3人は「それほどではない」と感じられる。
 
 魔術師たちが、一斉に動いた。
 いつも不思議に思う。
 魔術は、発動されても音を立てない。
 剣とは違い、とても静かなのだ。
 なのに、一瞬で危険が迫ってくる。
 
「しかしねえ、きみ。私は、レティのそばを離れたくないのだよ」
「離れずとも、やれるはずだ」
「きみだって、多少は、やれるだろう?」
 
 祖父の言葉に、ユージーンが苦い顔をしている。
 が、祖父は微笑むばかりだ。
 
「せっかく覚えたのだから、使ってみちゃあどうだい?」
「俺の魔力量は、3人を相手にするには不足している」
「どうだろうね。そうでもないかもしれないよ?」
 
 よくわからないが、なにか意味があって、引き延ばしている気がする。
 実際、祖父は、話しながらも、魔術師たちの攻撃を弾いていた。
 目の前に迫る炎や氷が、すぐ手前で消えていくのだ。
 相手を攻撃しない、というだけで、防御は完璧だった。
 祖父の隣にいると、危険を感じずにいられる。
 
「俺は、思うのだが」
「なにかな?」
「ウィリュアートンを始末したほうが良かったようだ、とな」
「物騒なことを言うねえ」
 
 唐突なユージーンの言葉に、レティシアは驚いていた。
 今回の囮作戦は、あのライラという王宮魔術師を追いはらうためだ。
 
 彼女を追いはらってしまえば、レイモンド・ウィリュアートンも諦める。
 
 ユージーンは、そうとは言っていない。
 が、レティシアは、そういうことだと思っていた。
 
「騎士まで出してきたのだぞ? あの女を排するだけではすまぬだろ?」
「次は、一個師団を用意してくるかもしれないね」
「ならば、元を絶たねば意味がない」
 
 祖父は、魔術師の攻撃を、ことごとく跳ね返している。
 2人の会話を聞いていると、何も起きていないような錯覚に陥りそうだった。
 祖父もだが、ユージーンも平然としているのだ。
 微塵も慌てる様子がない。
 
「あ、あの……始末するって……」
「むろん、始末するというのは始末する、ということだ」
 
 それは「殺す」という意味なのではなかろうか。
 明確に言われなくとも、それくらいは想像がついた。
 
 ジョーの安全を考えるのなら、そのほうがいいのかもしれない。
 この世界での「中途半端」は、死を招く。
 相手に同情したり、お人好しをやっていたりする間に、大事な人が殺されることだってあるのだ。
 だから、ユージーンの言うことも、わからなくはなかった。
 いつだって、どちらかを選ばなければならない。
 
「で、でもさ……あの人にも家族とか……いるんじゃない?」
「だから、なんだ?」
「だから……始末する、ほどじゃないかも……ってことは、ないんだよね?」
「そうだ」
 
 ぴしゃりと、言い切られる。
 それで、気づいた。
 ユージーンは、その覚悟を持って、剣を握っているのだ。
 
(そっか……私が近くにいたから……殺さなかっただけなんだ……)
 
 結局のところ、自分は、まだ甘ちゃんから抜け出せていない。
 知らなければ、見えなければ、受けるダメージは少なくてすむ。
 祖父にだけ手は汚させないと、サイラスに大見栄を切ったくせに。
 
(グレイの時も、サリーの時だって……私は、実際には、人が死ぬところは、見てない……お祖父さまが、全部……かぶってくれたから……)
 
 祖父もユージーンも、とっくに覚悟をしている。
 覚悟ができていないのは、自分だけだった。
 目の前で人が死ぬところなんて見たくない。
 それは当然の感覚だろうと思う。
 とはいえ、選択だけして、あとは人任せでは、なにも決めていないのと同じ。
 
「あまりレティをいじめないでくれないか?」
「……いいんだよ、お祖父さま。ユージーンは、間違ってない、と思う」
 
 いつも、そうだ。
 ユージーンは、間違ってはいないのだ。
 ユージーンの言うことを、すべて良しとできるかどうかはともかくとして。
 
「レティ、お前は、とても強くて、いい子だ」
 
 見上げると、祖父が、にっこりしてくれた。
 頭を繰り返し、撫でてくれてもいる。
 
「だがね、あまりに、まともに受け止めようとし過ぎれば、心が壊れてしまうよ? 頑張るのは、ほんのちょっとでいい」
 
 胸が、きゅうっと苦しくなった。
 逃げ場を与えてくれようとしているのが、わかったからだ。
 
 レティシアは、祖父の胸元を、ぎゅっと掴む。
 唇が震えていた。
 
 人が殺されるのも、殺すのも嫌だし、戦争だって嫌だ。
 綺麗なところだけを見て、生きていたい。
 正しいと信じられることだけを、やっていたかった。
 胸を張っていられなくなるのが怖かった。
 現代日本に帰ることがあったとしたら、今の自分を肯定はできない。
 人を殺すことを容認し、あまつさえ、それを選んだ。
 
 そんな話は、誰にもできないだろう。
 たとえ「仮」の話としてであっても。
 
(でも……私は帰らないんだ。帰れないんじゃなくて……お祖父さまも、帰さないって言ってくれた……)
 
 レティシアは、祖父を見上げる。
 いくつもの「善悪」が、彼女の中には混在していた。
 それでも。
 
 人は守りたいものしか守れないのだ。
 
 現代日本でも、似たような選択をしてきたに違いない。
 人殺しという極端さがなかったから、気づかなかっただけで。
 
 誰かを選び、誰かを切り捨てる。
 何かを手にし、何かを手放す。
 
 レティシアは、祖父をじっと見つめ、口を開いた。
 2人ほど覚悟はできていなくても、言えることは、ある。
 
「私は、お祖父さまが……なにをしたって、絶対に、嫌いになったりしない」
 
 覚悟のしれきていない甘っちょろい自分であっても、祖父の無償の愛を手放したりはしないのだ。
 それが、どれほど重かろうが、かまわない。
 祖父に、置いていかれるのだけは嫌だった。
 
 祖父が、レティシアの肩を抱いていないほうの手を軽く振る。
 とたん、魔術師3人が、ばたりと倒れた。
 
「殺してはいないよ。伸びているだけさ」
 
 軽く肩をすくめてから、祖父は、レティシアの額にキスを落としてくれる。
 そして、やわらかく瞳を細めた。
 
「私は幸せ者だね。私の愛しい孫娘、十分過ぎるくらいだよ」
 
 胸の奥にあった、ひりつくような痛みが、少し和らぐ。
 この痛みとも、つきあっていく必要があるのだ、と感じた。
 返事をしようとしたレティシアの耳に、足音が聞こえてくる。
 
「騎士が増えたぞ」
「そのようだ。きみの手には負えないかい?」
「ふざけたことを。俺は……」
 
 言いかけたユージーンの向こうに、何かが見えた。
 
 石?
 
 思った時には、それが、すぐ真上に落ちてくる。
 3人を押し潰す、というより、レティシアだけを狙って落ちてきた、というふうだった。
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