理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

剣の腕前魔術下手 4

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 彼は、孫娘の横顔を見つめ、口元に笑みを浮かべる。
 その頭上には、岩が浮いていた。
 当然、彼が落下を止めている。
 
(彼女は逃げると思っていたのだが。レイモンドに、しっかり手綱を掴まれているらしい)
 
「あれっ?」
 
 レティシアの足元に、丸い円が描かれていた。
 赤く地面を、じりじりと焦がしている。
 
「公道に落書きとは、感心しないね」
 
 言うそばから、赤色が緑に変わっていった。
 ぽんぽんと、青いカンパニュラの花が咲き、レティシアを囲む。
 
「勝手に花壇を作ってしまったが、これは怒られるかい?」
「いや、誰かが手入れに来るかも怪しいくらいだな」
 
 レティシアは、きょとんとしていた。
 足元から火柱が上がりそうになっていたとは、気づいていない。
 彼は、宙に浮かせていた岩を、手元に引き寄せる。
 彼の手におさまる程度の大きさにして。
 
「ほら、レティ。お前は、これが気にいっているのだろう?」
「わぁ! ウサちゃんだ! すごいね、お祖父さま!」
「ぐは……っ……」
「おや? きみは動物が苦手なのかな?」
 
 レティシアは、ウサギの形に綺麗に整った石を、胸に抱いている。
 ユージーンにとっては嫌味だろうが、レティシアが喜んでいるのだから、それでよかった。
 
(彼女の場所もわかったことだ。ほかの者は全員、昏倒させるかな)
 
 そんなことを考える。
 が、彼は、考えをすぐに変えた。
 
「やれやれ。ああ、きみ、気をつけたまえ」
「なんのこと…………この気配……っ……ざ……っ……」
 
 彼の忠告が効いたのか、ユージーンは、名を言いかけて、やめる。
 姿は消しているが、彼にとっては見えているも同然だ。
 彼は、魔力痕からでも「個」を特定できるのだから。
 
「お前、このような場所に……っ……おっ! そ、そうか! に、庭師と、懇意にしている魔術師がいたな! お前は、その魔術師であろう! そうだなっ?」
「え……はぁ……はい……」
 
 レティシアも声で、気づいたのだろう。
 ウサギを抱いたまま、彼を見上げてきた。
 名を出さなかったのは、さすがの勘どころだ。
 彼は、レティシアに、軽く肩をすくめてみせる。
 
「し、しかし、今は取り込んでいるのでな。お前の相手はしておれん」
「ジ……っ……に、庭師から街に出ておられると聞いて、こちらにまいりました。私も無関係ではないのですから、黙って帰るなどできません!」
「そういうわけには……」
「ですが、私も魔術なら腕に覚えが……」
 
 彼には造作もないのだが、それにしても、王族兄弟が揉めている間、ずっと防御し続けるのも面倒だった。
 ほかにやることもあるのだし。
 
「ああ、きみたち。少し、いいかね?」
 
 声をかけると、2人が会話を中断する。
 ユージーンは目視で、ザカリーは気配で、こちらを向くのがわかった。
 まずは、ザカリーに言葉を投げる。
 
「庭師と懇意なきみ、防御と補助を同時に扱えるかな?」
「はい。加えて治癒までなら、同時に扱えます」
 
 彼は、ひょこんと眉を上げた。
 複数の魔術を同時に発動するのは、かなり難しいのだ。
 
 なにしろ魔術は、動作を必要とする。
 制約も頭に入れて、発動する順序も考えなければならない。
 相手があることなので、当然に瞬発力もいる。
 つまり、その魔術師個人の持つ素力により、同時発動の数に限界が生じるのだ。
 
 たとえば、いくらユージーンが、こだわりの強い性格だからと言って、動く者を捉える目の力や、瞬時に相手の動きに合わせる力がなければ、あれほどの腕前にはならないのと同じ。
 それは「才能」と呼ばれるものだった。
 鍛錬で培った能力だけでは、けして得られないものでもある。
 
「それなら、きみは彼を、その3つで支援してはどうかね?」
「かしこまりました!」
「いや、だが……」
 
 反論しかけたユージーンを、目で制した。
 ユージーンも、わかっているはずだからだ。
 
「……わかった。こちらは、こちらでやる」
「問題ないさ。庭師と懇意な魔術師殿は、腕が立つようだ。きみと違って」
 
 ムっとするかと思いきや、ユージーンは、少し誇らし気な顔をする。
 ザカリーを褒められたのが、嬉しかったらしい。
 
(よくわからないね。家族に、こだわりはないと思っていたのだが)
 
 ユージーンは、そもそも利のために、レティシアを正妃にしようとしていた。
 家族として作る気などなく、自分のためだけに世継ぎをもうけたがっていたのも知っている。
 国王である父に、愛情をいだいていないのも確かだった。
 
「お祖父さま? あの2人、大丈夫なの?」
 
 レティシアは、心配そうにしている。
 そうか、と思った。
 レティシアが「そう」だから、ユージーンも感化されているのだろう。
 家族というものを、悪くないものだと捉え始めているに違いない。
 
 そして、ザカリーの性格も幸いしている。
 そもそも王位に就く気などなかったせいか、ザカリーには欲がなかった。
 ユージーンは、それを敏感に察知して、自然にザカリーを信頼しているのだ。
 理由はどうあれ、自分の手を離した両親よりもずっと。
 
「心配いらないよ。2人ならね」
 
 彼は、両腕でレティシアを、ひょいと抱き上げ、花壇から連れ出す。
 そして、少し離れた場所に降ろした。
 
「私が、ここから離れている間、ここで待っていてくれるかい?」
「ライラ?」
「彼女に話をつけてくるよ。遠くに行ってくれってね」
 
 こくっと、レティシアがうなずく。
 彼が「何か」しようとしているのは察しているのだろうが、それ以上は、聞いてこなかった。
 胸の奥が、小さく痛んだ。
 レティシアを守るたび、彼女を傷つけていると感じる。
 
(私は、本当にろくでもないね)
 
 思いつつも、自嘲をおもてに出さないように、気をつけた。
 レティシアは、それすら気にする。
 
 『私は、お祖父さまのことが大好きなんだよ? そのお祖父さまを否定するっていうのは、お祖父さま本人でもダメ』
 
 彼を叱れるのは、レティシアだけだろう。
 気づかれないようにしていたからでもあったが、エリザベートだって、そういうことは言わなかった。
 
「私、邪魔にならないように、隅のほうにいるね。お祖父さまが帰ってくるまで、ちゃんと待ってる」
「すぐに戻るよ、私の愛しい孫娘」
 
 レティシアの額に軽く口づけてから、彼は2人に声をかけた。
 
「レティに守られることのないよう、奮闘してくれたまえ」
 
 きょとんとした顔のレティシアの頭を、軽くぽんぽんとする。
 そして、彼は転移した。
 最も高い尖塔の上に立ち、街を見下ろす。
 
(待たせたかな?)
(そーだな。こっちは、とっくだぜ)
 
 あの女性魔術師は複数の魔術師を連れていた。
 その魔術師たちの気配が消えている。
 自分の位置を気取られないように、仲間を分散して配置していたようだったが、その労力は無駄なのだ。
 ジークは、上空から魔力感知している。
 消えていく魔術師たちの気配を感じながら、彼は適度に時間を引き延ばしていたのだけれど。
 
(ま、あれがいるなら、アンタがやることもねーだろ)
 
 ジークは、ザカリーの腕を間近で見ていたはずだ。
 王宮までレティシアを連れて行ったのはザカリーで、その際、ジークも一緒に、点門を抜けている。
 魔術の発動を見れば、どの程度の腕を持っているのか、だいたいわかるのだ。
 
(それで? 具合のいい場所はあったかい?)
(アンタが来るのが遅いからサ。そっちに向かって適当に“流し”てたトコ)
(もう少し、追いかけごっこを楽しみたければ、待っていようか?)
(やめろよ、面倒くせえ。もう着かせるから、早く来いよな)
 
 彼は、本当に面倒そうに言うジークに、小さく笑った。
 彼女では、ジークの追いかけごっこの相手にもならなかったのだろう。
 
(すぐに行くよ、ジーク)
 
 立っていた尖塔から、とんっと足を踏み出す。
 まるで階段を1段降りる、といった調子で。
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